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天までとどけ2014

2015年3月25日 (水)

天までとどけ2014/第81号:四年生修了、おめでとうございます。

 四年一組の子どもたち、保護者の皆さん、一年間本当にありがとうございました。子どもたちとの生活は、50を過ぎた者にとって、さすがに気合いとエネルギーの必要な一年でしたが、とても楽しく本当に心に残るものになりました。

 それぞれの子どもたちがとても個性的であり、思考力も豊かで、子ども同士の学び合いを中心に学習を進めたいと考えているわたしにとって、やりがいのあるとても面白いクラスでした。

 一年間を通して、「いのち」をテーマに追求してきましたが、いのちへの危機が様々な形で露呈し、押し寄せる時代にあって、本当に大切にすべきものは何なのか、子どもたちにしっかりとつかみとってほしいと考えたからです。まだまだ学ぶべきことは数多くありますが、子どもたちが真剣に学習に取り組み、つかんでくれたことを「礎」にして、これからまた更に学びを進めていってもらいたいと思っています。

        ※※

 さて、私事ではありますが、七年間の伊敷台小勤務を終えて、四月から鹿児島市立桜丘西小学校に転勤することになりました。本当にお世話になりました。子どもたちと出会ってから、異動のことは薄々わかっていたことでしたが、いざ本決まりになってみると、とても寂しく大きな不安を感じています。

 23日の「お楽しみ会」の時に、子どもたちが準備してくれたサプライズの歌を聞きながら、「ありがたいなあ、成長してくれたなあ…」と、思わず涙がこぼれそうになりました。

 元気で、明るくて、楽しくて、賢くて、まあ、ちょっとはうるさいけれど…、本当に素晴らしい子どもたちでした。感謝です。そして、そんな素敵な子どもたちが、この世界に生まれ出ることを手助けして下さった保護者のみなさんにもとても感謝しています。みなさんがいらっしゃらなかったら、今年度の伊敷台小四年一組は存在しなかったのですから…。もちろん、一年間の学級づくりへのご協力も、ありがとうございました。

          ※※※

 一昨日、最後のいのちの学習で子どもたちに語りましたが、人は「出会い」によって成長し、新しい自分を作って行くことができます。子どもたちが、これからの新しい出会いと出合いを求めて、また一歩前に踏み出してくれることを願って、今年度、最後の「天まで」としたいと思います。一年間、本当にありがとうございました。また、どこかでお会いできる日を楽しみにしています。さようなら。

◆最後の「いのち」の学習・感想文◆
 

  出会い・出合い              な・れ
 私は、この授業をして、人は変われるということを知りました。本物・まじめということで変われなかった一二人の六年生が、お笑い・コントということを通じて変わったということを聞いてビックリしました。
 その六年生は、内出血するくらいのけがをさせたり、聞いているだけでも怖かったです。先生は、奈良の大仏を新聞にかかせたり、車いす体験をさせたりしたのに、変わらなくて、南中ソーランで変わったのもびっくりしました。この授業で、出会いと変わるということを学んだので、題名は、出会い・出合いだと思います。

  過去の自分と今の自分              あ・ゆ
 最後のいのちの授業の感想は、「今までの出会いや学習の積み重ねのおかげで、いのちの大切さや、生きている幸せがある。それを感じられるのは、村末先生のおかげ」です。
 そして、あのやんちゃな子たちをしっかりさせたり、当たり前のことができるようにさせたのも、すべて村末先生のおかげだということを知った時にはもう、いのちの大切さ、生きる喜び、こんなにも自分の大切さをわからせてくれたのも、村末先生のおかげです。私は、改めて、「村末先生は、かっこいいし、すごい先生だな~。」と思いました。

 人や物との出会い、出合い                ふ・み
 私が、今日の授業で1番心に残っていることは、先生が担任になった6年生が、「朝のコント」で何をやるにもやる気がなかった人達が変わってきて、南中ソーランを練習して、種子島ロケットマラソンで踊ったことです。今までは、どういじめたり、いつもやる気がなかった人達が、「朝のコント」を通して、だんだん変わっていったのはとてもすごいことだと思います。
 この授業で、私は「人は出会い・出合いがあって変われる」ということを知りました。これからは、人や物との出会いや出合いを、大切にしながら生きて行きたいと思います。

  大切ないのち                な・ゆ
 今日のいのちの授業のまとめに、ぼくが題名をつけるとしたなら、ぼくは、「大切ないのち」とつけます。理由は、この1年間、先生にいのちの大切さ、そして、死は生という字のいつも隣り合わせになっているということを学んだからです。
 ぼくは、3年生の時は、生きるのは当たり前、それに嫌なことがあったらすぐ死にたいと思う時もあったけど、4年生になって、先生のいのちの授業を受けてから、生きているだけでもありがたいということを学びました。先生、1年間、ありがとうございました。

  いろいろな出会い              ふ・ほ
 今日の、一、二時間目は、最後のいのちの授業でした。私は、今日の話を聞いて、あの6年生はすごい大変なクラスだったんだなと思いました。
 私が1番びっくりしたのは、どんなことをしても変わらなかったのに、朝のコントでどんどん変わっていたところです。なんで百人一首や大仏の絵を描いたのに、どうして変わらなかったのかなとかいろんなことを思いました。私は、題を「いろいろな出会い」とやります。理由は、6年生も私たちもいろいろな出会いがあるから生きていると思うからです。私は、いろんな先生と出会って、いろんな人達と出会って生きていると改めて思いました。
 私は、もっとまじめに真っすぐ生きて行きたいと思います。最後のいのちの授業、ありがとうございました。

  出会いで変わる                  む・り
 私は、「出会いで変わる」という題名をつけました。
 なぜかというと、今日の話で聞いた小学校のことは、どうしても荒れているクラスで、いくら「ゲスト」を呼んでも「いのちの授業」をしても変わってくれなくて、でも、コントをしている顔を見るとすっごく生き生きして楽しそうでした。
 そこで、南中ソーランで学習発表会に出たら、上手にできて、老人ホームでやったり、ロケットマラソンで踊ったりして、みんな変わりました。
 今では、すごいパティシエになるという人もいて、その人は東京に出るのに親から通帳をもらい、そしていんかんをもらったけど、手を付けないで返したいと思って、何円あるかもわからなかったけど、とうとう使わないといけなくなった時に見ると、○百万円入っていて、そのお返しに、一流のパティシエになるそうです。
 私も、先生と出会えていろいろ変わりました。ありがとうございました。

  たくさんの出会い                た・み
 私は、今日の授業で、2つのことが心に残りました。1つ目は、村末先生が受け持った生徒たちのことです。最初は、ガラスを割るようなクラスでした。村末先生は、本物のまじめを生徒に教えていました。でも、何回も教えても何も変わりませんでした。それで、先生は、朝にコントをさせていたら、すごく変わりました。すごいと思いました。
 わけは、最初はガラスを割るようなプラスだったのに、コントをするだけで変わったからです。
 2つめは、先生には3人の恩人がいたからです。1つ目で話したように、本物のまじめを教えるために、3人の恩人の話をしてもらったことです。私は、先生がすごいと思いました。わけは、どんなに聞かなくても一生懸いのちお話をしているところです。

 出会って変わる私とみんな                み・あ
 私は、今日のいのちの学習で、改めて出会いは大切だなと思いました。先生が、4の1の担任の先生で、先生が山田泉さんなど、いろいろな人と出会わなければ、こんな大切なことを学ぶことができないからです。私は、先生と出会って、たくさん変わることができました。でも、お母さんとお父さんがいないと変われなかったので、人と人とのつながりや出会いは、無限にあるんだなと思いました。私は、これからも、いろんな人と出会うと思います。けれど、出会いをまつだけではなく自分からいろんな人と出会いたいです。私は、自分が得する出会いやそんする出会い、自分と気が合う人との出会いや気が合わない人との出会い、すべて大切だと思います。これからも、いろんな出会いをしたいです。

                い・ゆ
 今日、一時間目から二時間目に、村末先生からの最終のいのちの授業がありました。ぼくは、変われるようにたくさんの人と出会っていけたらいいと思いました。

2015年3月20日 (金)

天までとどけ2014/第79号:4年1組オリジナルソングを作ろう

 昨日は、「4年1組オリジナルソングを作ろう」を通して、1年間の振り返りをしてもらいました。グループ毎に作詞をし、その中で最もお気に入りの作品を選び曲をつけてみんなで歌おうという企画です。6つの歌詞の中から選ばれたのは、3班作詞「わすれないあの日々を」に決まりました。

heart一班「ありがとう」  (優斗・清人・玲桜奈・いろは・航成)

1.楽しかった 四年一組
  笑顔あふれる 一年間
  いのちの授業も 忘れない
  思いでたくさん ありがとう

2.いつも元気な 四年一組
  けんかすることも あったけど
  なぐさめあって 仲直り
  笑顔たくさん ありがとう

3.みんながみんなで 伸びてきた
  あっという間の 一年間
  四年一組 ありがとう
  四年一組 ありがとう

heart二班「四年一組の一年」  (優来・継之郎・風符・飛華・亮太)

1.四年一組 元気で明るい仲間たち
  でも 男女の仲が少し悪い
  先生によくおこられるけど
  にぎやかで楽しい いいクラス

2.四年一組 思い出たくさんいい経験
  でも 読み聞かせではうるさいし
  干し柿作りでけがするけれど
  みんなが助け合う いいクラス

3.四年一組 ありがと先生感謝する
  でも 宿題たくさん出されたし
  おこられた時びびったけれど
  ギターが上手な いい先生

4.四年一組 楽しかったな 
  でも 四年生はもう終わっちゃう
  五年生になっても頑張ろう
  これからだって 友達さ

heart三班「わすれないあの日々を」(遥那・健太朗・香蓮・悠太・美優・朝大)

1.さくらの花が さくころは
  わたしたちはもう 5年生
  目を閉じれば 思い出す
  わすれられない あの日々を
  だけど もうもどっては来ない
  だから 前を見よう
  明日への一歩を 踏みだそう

2.さくらの花が 散るころも
  あの日の出来事 思い出す
  くじけたときも 泣かないで
  あの青空を 見上げよう
  もう もどっては来ないけれど
  新しい 仲間がいるさ
  明日への一歩を 踏みだそう
  これからの日々を きずいていこう

heart四班「四の一サイコー」  (柊生・健吾・翠子・優梨那・聖奈)

1.みんな仲良し 四の一
  太陽のように明るい
  その中で おしゃべり立ち歩き
  ばらばらだけど
  このふぞろいが 四の一

2.いつもにぎやか 四の一
  ぶどうのようにはじけてる
  いろんな思い出 詰まってる
  一致団結
  負けず嫌いの 四の一

heart五班「思いでいっぱい四の一」(憲伸・義瑛・凜・祐太・真陽・莉奈)

1.楽しくにぎやか 四の一
  明るい教室
  たまにおこられ
  いじけたことも あったけど
  やっぱりみんな 元気出す
  イェイ
  運動会も 持久走も
  最後まで がんばったぜ
  イェイ
  学習発表会も おみこし作りも
  がんばったぜ
  イェイ

2.先生 あざっす
  イェイ イェイ イェイ
  この一年間
  うるさいときも がまんしてくれて
  ありがとう
  いのちの授業も ありがとう
  イェイ
  はじめていのちの
  ことも知ったぜ
  イェイ
  どろんこサッカーや 半成人式が
  思い出に残ったぜ
  楽しかった
  イェイ

heart六班「四の一の思い出」(千佳・晴真・穂乃佳・美月・啓太・美咲)
1.明るく楽しい四年一組
  どんな時にもにぎやか
  ドキドキわくわく四年生
  泥んこサッカー 楽しかった
  ガラスを割った時もあったけど
  ニコニコ笑顔で笑い合う
  初めての いのちの授業
  もう夏休みだね

2.みんなで頑張った運動会
  かけっこ リレー チェスト
  みんながにぎやか四年生
  ワッショイワッショイ おみこし
  頑張った 持久走大会
  渋柿食べて おおはしゃぎ
  またもやガラスをわっちゃった
  みんなが大騒ぎ

3.もう十歳だ 半成人式
  たぬきさんが来てくれた
  いのちのことを教えてくれた
  たぬきさん これからも頑張れ
  学習発表会で
  「愛の風車」歌ったよ
  四年生は後少しだね
  クラスで協力

4.四年生はやっぱり楽しいな
  もうすぐお別れだけど
  春夏秋冬 楽しかった
  五年生でも仲良くしよう
  クラス替えがあって悲しいけれど
  みんなの絆はこわれない
  いのちの授業 忘れない
  先生ありがとう

2015年3月16日 (月)

天までとどけ2014/第78号:あれから4年…子どもたちと見つめる東日本大震災

  2011年3月11日の東日本大震災から四年が経ちました。小学校入学前だった子どもたちも、もうすぐ五年生。おそらく、当時は、その意味さえ分からないまま、テレビ画面に映し出される惨状を眺めていたことだろうと思います。

 震災復興は、まだまだこれからです。そういう震災発生4年目の3月11日は、子どもたちと被害状況をなぞりながら、福島の子どもたちの手紙の読み聞かせをし、この鹿児島から被災地のことをしっかりと見つめ、これから何ができるのか考えていく事が大事だと語りました。

 では、その日の課題とした生活日記文をご紹介します。子どもとともに、また語り合ってみて下さい。

  しんさい              お・け
 今日、3月11日、東日本大震災が起きた日です。4年前に起こった震災で亡くなった人は、1万8000人以上だと聞いてびっくりしました。
 地震や津波というのは、自然災害なので、いつ地震などが起こるかは予想できません。だから、鹿児島で、いつ地震や津波が来るかわかりません。それだけ震災は怖いという事がわかりました。またそういうことについても知っておく事はとても大切だと思います。

  4年前                よ・せ
 4年前の今日、東日本大震災がありました。幼稚園の頃でした。幼稚園から帰ってきた時に、お母さんが、東日本大震災のテレビを見ていました。だけど、ぼくは幼稚園生だったのでよく分かりませんでした。今思うと、いろいろな人のいのちを奪った最悪な震災だったんだなと思います。

  3.11                た・し
 この日は、とても被災者、その年に福島などに住んでいた人にとって忘れられない日だと思います。まだ見つからない人が、何千人もいるなんて、と思います。もう4年も経っているのに…。死んでいてもいいから、見つかってほしいです。行方不明者。

  東日本大震災について考えた事              な・れ
 今日で、東日本大震災が起きて、丸4年が経ちました。4年前の午後2時46分に地震があったので、私たちは、もくとうしました。私のお母さんが働いている幼稚園では、カンパンを食べて、被害時にはこれしかないという事を伝えたそうです。
 私は、2時30分ごろに、4年前の今はどうだったんだろうな、こんなことになるとは思っていなかっただろうなぁなどと考えていました。もし、この東日本大震災がなければ、こんなに多くの人のいのちが奪われなくてすんだのになとも考えていました。2時50分ごろ、もう一度私は時計を見て、4年前の東北の人達はどんな事をを持ったり、考えたりしているのかなと思いました。地震のせいで津波が起こり、そして津波のせいで放射能が出て…といろんな危ないことが重なって。大人でもつらいことを、それを子どもまで被害を受けたということがあって、私は、またひとついのちの大事さを覚えたと思いました。

                な・ふ
 4年前の今日、2時46分に、津波、地震が東日本を襲いました。その時、何人もの人がいのちを落としました。4年たった今でさえ、まだ行方不明の人達もたくさんいます。そんな人達に、今日の5時間目の途中に、もくとうをささげました。私は、心の中で、「つらかっただろうな。苦しかっただろうな。」と思いました。この津波で、親を亡くした子どもたちもいます。私と同じ4年生の子もいると思います。もっと小さいかもしれません。かわいそうです。亡くなった人達は、天国から自分のすんでいたところの復興を祈っているんじゃないかと思います。だから、東日本の復興を応援したいです。

  東日本大震災              こ・け
 今日で、4年目です。テレビで見たのを覚えています。最近のテレビで、震災の特集がよくあります。津波によって、たくさんのいのちが奪われた事は、とても怖いことだと思います。このようなことが、二度と起こらないでほしいです。

  震災                ま・け
 今日で、あの日から4年がたちました。
 ぼくは、あの時を思い出します。病院でテレビを見ていた時に、いきなり番組が変わって震災の映像などが流れてきました。患者全員が見とれて(※見入って)いました。行方不明者の人達は、1人でも多く見つかってほしいと今でも願っています。

  東日本大震災から4年              ひ・い
 今日、東日本大震災から4年が経ちました。新聞を読むと、まだ2584人が行方不明だと書いてありましたその行方不明の方々の家族や、親戚の方々は、私には想像がつかないような気持ちなんだろうなと思います。
 1時間前、10分前、1秒前は、普通の生活をしていたのにそれが一瞬ですべて消えて亡くなってしまうと考えると、とても怖くなりました。
 そして、もくとうした時、避難している方々、なくなってしまった方々、行方不明の方々、そしてその家族や親戚の方々、とてもかわいそうだと思いました 私は、震災にあった方々を助けたいと思います。

  東日本大震災                か・り
 4年前、東日本大震災がありました。その時、ぼくは幼稚園生でした。東日本大震災があってから、どのテレビ番組も東日本大震災の津波か地震の写真でした。福島県や宮城県などが大きな被害でした。
 東日本大震災が起きた時は、小さかったからよく分からなかったけれど、今考えたり、1万人以上の人が死んでしまって、4年経ってもまだ4年前の3月11日より前の日の生活ができていなくて、とてもかわいそうです。東日本大震災で死んでしまった人の分まで、元気に生きたいです。ぼくは、とても幸せなんだと改めて感じました。

  もくとう                お・は
 今日は、体育の途中に、東日本大震災にあった人々に、もくとうをささげました。私は、行方不明になっている人や、暮らしに困っている人が、幸せになれるといいと思いました。震災にあった方々、頑張ってください。将来、こういう人々を助けられる大人になりたいと思います。

  1万8000人以上のいのち                お・せ
 今日は、東日本大震災から4年目の日でした。東日本大震災では、1万8000人以上のいのちがうばわれました。私は、そのことを考えました。自分は何もしていないのに死ななきゃいけないのかな?と天国で思った人もいるということです。自分はただ、幸せに生活していただけなのに、いきなり津波に襲われて嫌な思いをしたんだと思います。亡くなられた人は、とても多く、4年たった今でもいまだに行方不明の人だってたくさんいます。
 亡くなられた家族の方は、本当に悲しいと思います。そして、亡くなった方がくやしいと思います。
 4年たった今、まだ津波が来た地域は4年前の暮らしに戻ることができません。津波のせいで、すごく苦労している人がたくさんいます。早く元の暮らしに戻ってほしいと思います。
 私は、これから生きていることに幸せを感じ、一日一日を大切にしたいと思います。これからは、平和であってほしいです。

  東日本大震災                た・み
 今日は、東日本大震災があった日でした。私はこの大震災で、多くの方がなくなってしまい、私もとても悲しいです。もくとうをしながらも泣きそうになりました。私は、こんなに幸せなのがすごくうれしいです。亡くなった方の分も私が精一杯長生きをしたいです。

  東日本大震災                よ・け
 今日は東日本大震災から4年の日です。震災から今日で4年経ちますが、いまだふっこうが進んでいないから、すすんでほしいです。早くふっこうされてほしいと思います。

  東日本大震災から4年              ふ・ほ
 今日から4年前に、東日本大震災がありました。私は、かえってこの日記を書く時に、父にもう一度どんなだったか聞いてみました。
 すると、改めてとっても大きな大変なことだったんだと思いました。
 私は、自分は福島の人で生きていたら、とっても悲しい気持ちで、今日とかを思い出すたびに泣いているかもしれないと思いました。とても大切な人が、もしかしたらなくなっているかもしれないからです。私は、福島の子どもたちの手紙を聞いて悲しい気持ちになりました。このことがなければ、みんな無事だったのにそんな気持ちがどんどんあふれてきました。どうして福島の人に、こんな悲しい思いをさせたんだろうか。そのことをもくとうの間、ずっと心の中で思っていました。私は、こんな悲しいことが起こってほしくないです。

  3.11の出来事                み・あ
 今年も3月11日が来ました。毎年みんなでこの日にもくとうをしています。私は、地震や津波などが怖いです。いつ来るのかわからず、どこに来るのか、自分は知らないか、家族や身内の人は死なないか、それが怖いです。
 または、ひなんした人達も、家がない人がたくさんいるようです。帰る家があるのは幸せなんだなと改めて思いました。東日本大震災という、悲しいことが残りましたが、避難した人達には元気でいて欲しいです。

  東日本大震災                と・あ
 東日本大震災はなぜ起きたのか?それに巻き込まれた人はどんな感じなのか。たくさんの疑問がわいて来る。
 だけど、悲しくなった人もいると思う。助かったことはうれしいと思う。悲しく、自分からなくなって行く人もいる。
 そんな状態で生き残った人達はどんな感じか。そんな疑問がわいてきました。
 私が、東日本大震災にあっていて、母や父、弟が死んでしまったら、私はどんな気持ちになっているか。
 私たちみんなは平和な日々を過ごしている。だが、東日本大震災にあった人達は、とても悲しくつらい日を過ごしていたと思います。もう4年も経ち、みんな楽しく平和な日々を過ごしていると思ったら、そうではなかった。まだ家が建っていなく、数人の人しか家で過ごせていない。
 私は、その状態がとても悲しい。東日本大震災にあった人は、「なぜ起きたの」と思っていると思います。

  東日本大震災                あ・み
 今日、4年前にあった東日本大震災でのもくとうがありました。
 東日本大震災は、怖いと思いました。理由は、もし自分の家族が震災にあっていなくなってしまったら、嫌だからです。このことで、平和になってほしいと思います。

  映像でもこわい                ひ・か
 私は、東日本大震災の映像をテレビで見ました。人が逃げているところの真後ろで、波が襲ってきていてとても怖かったです。その映像に写っていたおじいさんが逃げ遅れてしまって巻き込まれていて、心がとってもいたくなりました。
 車も家も丸ごと飲み込まれていて、こんなことが現実にあるのかと思いました。波で、建物の柱だけになっている家もありました。このとき、今日の子どもたちの手紙の一言一言が心にじんときました。
 私は、その人達と同じ立場だったら、どんなに寂しいか、苦しい、ニュースの映像で4年前のまだ幼かった時の自分の痛みとは違う痛みがわいてきました。津波にあった人達は、何年経っても忘れられない悲劇だったと思います。
 ニュースを見ていると、被害にあって、鹿児島に今住んでいる人もいるそうです(この人は原発から2㎞のところに家があったそうです)。私は、こんなことが2度と起きてはいけないと、この人達の話を聞いて思いました。
「現実を乗り越えた先には、希望があると思います。死者は帰ってこないけれど、それでも立ち上がって、また新しい一歩を踏み出して頑張って欲しいです。」

  東日本大震災                ひ・こ
 今日は、東日本大震災から4年だったので、もくとうしました。先生が見せてくれた新聞には、死者の数や行方不明者の数が書いてあって、とってもかわいそうでした。

  東日本大震災                い・ゆ
 今日は、震災から4年です。4年前の今日、14時46分に、震災が起こりました。たくさんの人が死に、いまだに行方不明の人が何人もいます。早くふっこうしてほしいです。

  東日本大震災                ま・ま
 今日の午後2時46分に、学校全体でもくとうをしました。理由は、その時の4年前、東日本大震災があり、岩手や宮城など、近くの県に被害が出て、筆者の行方不明者もたくさん出たからです。
 私は、その時種子島にいました。そして何も知らず、家に帰りそのことを知り、大丈夫かなあなどと思うだけでした。
 あれから4年経っても、まだ行方不明者はたくさんいます。今日、先生が新聞を見せてくれて、まだ東日本大震災のせいで大変なことがあるのだと改めてわかりました。
 東日本大震災で起こったことや、死者行方不明者なども復旧してほしいと思いました。

  東日本大震災から4年                 む・り
 今日は、3月11日4年前の今日、東日本大震災がありました。
 4年前は、福島なども、今の私たちと同じ暮らしをしていて、外でも遊べたし、いろいろな友達とも一緒でした。
 でも、4年前の津波で、放射性物質が出て、外で遊べなくなったり、長袖、長ズボンを暑い時もきたり、マスクをつけなきゃならなかったり、他の県に引っ越さないといけなかったりして、友達と離れ離れになったり、今は、子どもも大変な状態に陥ったりしています。私は、何日でも何分でも、早く、すぐふっこうしてほしいです。
 そして、この震災で亡くなった人のためにも、いち早くふっこうしてほしいです。今の子どものためにも、大人の人にすごく頑張って欲しいです。こんなことが、2度と起こらないようにしたいです。でも、自然災害なのでどうすることもできません。なので、今は、私たちができることをやったり、できるボランティアには参加したいです。
 今、私がやりたいことは、子どもたちを元気づけることです。できるように頑張りたいです。

  あれから4年経っても                さ・ち
 今日は、東日本大震災から4年経ちました。私は、先生が見せてくれた新聞を見て、死者が1万人以上もいて、行方不明者もたくさんいるそうです。まだ世の中には家族と巡り合えない人々がいるのだなと思いました。私は、改めて、いのちの重さ、大切さ、そして何もないいつもの日々が幸せだと思いました。

  東日本大震災                さ・よ
 ぼくは、今日、もくとうの時に2度とこのようなことが起こらないようにお願いしました。ぼくは、四年前の今日、あんなことがあったなんて信じられません。家に帰った後にももくとうをしました。

  東日本大震災              な・け
 3月11日、東日本大震災が起こりました(4年前)。
 たくさんの人が亡くなり、まだ行方不明者がたくさんいます。もう2度と起こってほしくないです。これを機会に、非常食なども用意しておきたいです。

  東日本大震災から4年                す・と
 今日の2時46分ごろに、東日本大震災のことで、亡くなった人達や、まだ行方不明の人達などの為のもくとうをしました。ぼくは、福島はいつも地震が起こっているので、福島の人達はいい生活ができないから、どこかに引っ越すこととかをしているのかもしれません。だけど、ぼくはこう思いました。なんで地震は起きるの? なんで津波が来て、みんな死んでしまうの? なんでこんな生活をしないといけないの? ぼくがもし、福島にいったら、こんな生活はしていられない。どこかに引っ越ししたい。いい生活をしたい。と思いました。小学校のみんなも、手紙を書いていたけど、ぼくはこう書きます。
「ぼくは死にたくない。津波のない世界が欲しい。地震のない生活が欲しい。いい生活を迎えたい。なんでみんなを巻き込むことをするの? なんで津波は人を殺していてうれしいの?」とぼくは書きます。
 ぼくは、津波や死ぬのが怖いです。もし津波に流されても、上から、お墓からみんなを守って、みんなにいい生活ができるようにしたいです。ぼくもいい生活がしたいです。理由は、いい生活をすると、みんなとおしゃべりをできるし、遊んだりして御飯を食べたり、一緒に途中まで帰ったり、一緒に授業をしたり、友達を作れたりできるので、いい生活をしたいのです。
 いろいろな場所でも、地震や津波が起きるけど、それを防ぎたいです。それがぼくの夢です。それはみんなが思っていることなのです。東日本大震災を終わらせたいです。

2015年3月11日 (水)

天までとどけ2014/第77号:今生きている自分のいのちを見つめてみよう(3)

★保護者の皆さんから2

  最後の授業参観                  Mさん
 今日は、4年生最後の授業参観とPTA、そして、あの「愛の風車」をもう一度やっていただけると聞いていたので、絶対参加しようと楽しみにしていました。先月の学習発表会を観に行くことができずに、その後の「天までとどけ」で皆さんの感想を読み、とても残念な思いをしていたからです。歌詞だけは読んでいて、正直、何とも言えない重い気持ちになってしまったのですが、今日初めて聞いた音楽劇に、心が震えました。
 先生の力強いギターの音色と、子どもたちの澄んだ優しい歌声、本当に素晴らしかったです。この歌を通して、またひとつ生きることの素晴らしさをきっと学んでくれたと確信しました。今日の子どもの姿を見て、この1年、4年1組のみんなと村末先生のもとで学ばせてもらったことに、心から感謝しました。ありがとうございました。

  さ・よちゃん ありがとう            Sさん
 さ・よの小学4年生としての1年間がもうすぐ終わります。4年1組の友だちや村末先生とたくさんの楽しいことや、学習、泥んこサッカー、干しがき作り、そしていのちの授業を通して成長して行く姿を見るにつけ、子をもつ母親であるがゆえの楽しさやうれしさを、たくさん味わうことができました。
 今日も聞かせてもらった「愛の風車」の歌詞の中の被爆した人々の苦しみ、家族ばらばらになり、故郷に帰れない東北の被災者、思いがけない事故で命を落としてしまった子どもの思いを考えると、何でもない毎日が送れることって、本当に幸せなことなんだと気付かされます。いのちの授業参観して、私もいのちについて深く考えることができました。これも子どもがいてこその出会い。こんな素敵な出会いを与えてくれた息子に、ありがとうと言いたいです。

  授業参観                  Oさん
 4年生最後の授業参観、まず最初に驚いたのは、こどもたちが前から比べると随分落ち着いたなと思いました。授業に対する態度がしっかりしていて、1年を通して成長したところの1つなんだと感じました。
 「ぼく」という詩から、自分は宇宙から見ると小さな人間だけど、身近なもの、人たちの中での1人はとても大きい存在であると同時に、小さなことにくよくよしない、優しく接するなど、広い心、大きい心を持つようにというメッセージが込められていて、子どもたちも十分に感じ取っていたようでした。
 先生が1年を通して教えてくださった「いのち」の授業、まだまだ聞きたかったです。先生の涙、忘れません(笑)。

  授業参観                  Fさん
 短い文章でありながら、一人一人がかけがえのない存在だということがよく伝わる素敵な詩を知ることができ、とてもよかったです。また、同じ詩なのに□に入れる言葉はそれぞれで、子供たちの豊かな心が感じられ、とても楽しかったです。
 体調不良のため、参観できなかった学習発表会の「愛の風車」もとても感動しました。子供たちの歌声からは、悲しい現実と向き合いながらも強く生きて行こうとするいのちの力を感じました。
 村末先生、一組の皆さん、素敵な授業ありがとうございました。

  授業参観              Tさん
 最後の授業参観でしたが、遅れてしまいました。
 飛華が、自分の母親が来ているのかと後ろを振り返り、ニコッと笑いました。自分の小学校の授業参観を思い出しました。
 来ると恥ずかしい気持ちだけれど、来ていないと不安な気持ちで…。飛華もそんな気持ちだったのでしょうか?
 授業の内容は、学習発表会の再現でした。村末先生のギターと子供たちの歌がとても素晴らしく、1年間のみんなの気持ちのようにすがすがしくも聞こえました。最後に、先生の涙でなぜか私も涙ぐみそうでした。1年間楽しい授業をありがとうございました。

  授業参観について                  Yさん
 今日の授業参観は、6年生の兄の方が小学校最後の参観で、そちらの方で見ていて時間が長かった為、4年生の方があまり見られず残念でした。でも、歌が聞けてよかったです。4歳の妹も、歌を覚えていて、家に帰ってからも歌っていました。
 PTAでの先生のお話、面白かったです。ストレスは髪にきます。きっと主人もそうなのかなと共感してしまいました。後、先生のビデオも、毎回楽しみにしています。子どもの様子が見られてうれしくなります。男の子もやる時はやりますね。
 1年間ありがとうございました。

「いのち」の授業        Mさん
「自分」という存在。いろいろな団体の中の1人である。広い宇宙の中でも「自分」というものは1人しかいない。でも、どこかに所属していて、1人では生きていけないということも言える。
 今まで何回か授業参観に参加しましたが、今日みたいに真剣に授業に取り組んでいる子供たちを見たことはありませんでした。「いのち」の意味や大切さを、1年通して向き合ってきた結果なのでしょうか。
 頭や心の中では、大切さを理解していても、なかなか実際ぶつかることもあると思いますが、成長して行くうえで、この1年間で学んだことを体現、表現していってほしいと思います。4年1組村末先生のクラスで学んだことは、一生の宝物、心の糧だと思っています。1年間ありがとうございました。

                Nママさん
 とても素晴らしい道徳の授業でした。友達の事、家族の事、自分の事、いろいろな悩みが出て来るこの時期、自分を大切にし、そして自分を大切にするのと同じように、周りにいる人達の事を思える子になってほしいなと思いました。
 そして、「愛の風車」を歌う姿に、また歌声に、うるうるしました。子供の成長をうれしく思うとともに、今まで以上にいとおしく感じた時間でした。

  いのちの学び                  Sさん
 いつも大変大変お世話になっております。この用紙を…(ほとんど受け取ったことがないような…)
 授業参観、仕事の関係もあり最後の方しか見る事ができませんでした。朝大、そして先生、申し訳ありません。「いのち」の学びを1年を通して考えさせ、経験させ、身につけさせてくださった先生に、感謝の気持ちでいっぱいです。10歳、4年生のこの時期だからこそ、「いのち」についての知識をすーっと頭や心に入れて行く事ができると思います。この1年の学びが、朝大にとっての心の成長につながってほしいと思います。ありがとうございました。

◆保護者の皆さんへのインタビュー◆

  インタビュー              あ・ゆ
Q.授業参観はどうでしたか。
A.よかったと思います。
Q.お母さんは、□の中に何が入ると思いましたか。
A.ん~。むずしいよね~。命かな~。(命の授業だから)
Q.授業を見て思った事や感想はなんですか。
A.1年間を通して、いのちの授業は、自分たちが生きていく上でしっかり向き合って考える大切な事だと思いましたね~。
Q.○○さん、ありがとうございました。

  祖母の授業参観の感想                な・ふ
1.活発に手を挙げ、発言するはつらつとした子どもに感動
2.自分勝手に発言しまくる何人かの子のため、みんなは先生の話が聞けていますか?
3.生徒に均等に発言させているのはさすがですね!
4.最後の戦争に関するみんなの歌に感動
5.風符は、ちゃんと手を挙げ、本読みもよかった~

  インタビュー                よ・け
Q.歌の感想は。
A.大きな声で歌えていてよかった。

2015年3月10日 (火)

天までとどけ2014/第76号:今生きている自分のいのちを見つめてみよう(2)

★子どもたちの感想文(2)

  授業参観                お・せ
 昨日、授業参観がありました。わたしは、自覚のところに「人」と書きましでも、正解は「宇宙」です宇宙は大きかったから、わたしは小さな人です。学級→学校→市→県→日本→世界→宇宙と、場所が広がって行くたびに、わたしは小さな人ということを学びました。宇宙に比べたら、わたしはたったの・です。
 授業参観、楽しかったです。

  □に入る言葉の意味                な・ふ
 昨日の授業参観の内容は、木村信子さんが作った「ぼく」という詩の□を埋めたり、その詩の意味を考えたりするものでした。
 わたしは、□に1人の人間と書きました。なぜなら、詩には、数にならないくらいの1人と書いてあるけど、1人1人が大切だからです。本当に□に入る言葉は、宇宙だそうです。わたしは、宇宙のように世界に1つしかない存在だからかなと思いました。
 たった1人の人間にも、ちゃんと価値がある、大切なんだ、ということを学びました。

                ま・け
 今日、命の授業をしました。ぼくは、詩の□に命と入れました。なぜかというと、命は大切なものだからです。この詩の作者は、宇宙と書いていました。すごいなと思いました。
 これからは、この授業を生かして、過ごして行きたいと思います。

  授業参観              お・け
 今日の授業参観のいのちの授業の材料の「ぼく」は、□にぼくは、「たから」と入れました。
 りゆうは、一人のぼくは、とても大切だからです。

  感想                と・り
 今日、5時間目に「ぼく」という詩を読みました。それで、こういうことを学びました。宇宙は、とてもとても大きいけど、私たちは貴重だということです。これからも命を大切にしたいと、改めて思いました。

  感想                よ・け
 昨日は、授業参観でした。今回の命の授業で使った資料は、「ぼく」という詩で勉強しました。
 ぼくの資料の「ぼく」の詩の空欄に入れた言葉は、「いのち」です。理由は、「人にいのちは1つしかないので、大切にして」という気持ちで書きました。
 ぼくは、この授業で、「いのちは大切なもの」と改めて思いました。

  感想文                た・つ
 金曜日、プリントの書き入れるところに、人と書きました。それは、みんな人だからちょっと書きました。この授業で、大切なことを知りました。書き入れるところに書くのは、宇宙と聞いて、何でだろうと思ったけど、宇宙って入る意味を聞いて、なるほどと思いました。

  授業参観              あ・ゆ
 3月4日に、授業参観がありました。授業は、1枚の詩から始まりました。詩の最後らへんには、□がありました。
 先生は、「□の中に何が入るか考えてください」とみんなにいいました。わたしは、□の中に「人間」と入れました。なぜ人間と入れたかというと、ぼくという人間というと、存在、人という意味にもなるからです。
 すごく楽しい授業参観でした。

                な・ゆ
 ぼくは、今日の勉強で、信子さんの詩を読んで、□にいのちと書きました。なぜかというと、いのちは大切だからです。だけど、答は「宇宙」でした。
 小さいいのちでも、とても大切ということが改めてわかりました。

                い・ゆ
 授業参観、楽しかった。何とか入れるやつも思い浮かべたけど、ほとんど思い付かなかった。
 結局入れるやつは、ぼくは、的はずれだったけど、ほとんどあっている人がいなかった。で、答は「宇宙」だったけれど、それで、自分の存在が宇宙と同じぐらいということを学んだ。
 これから、自分らしく生きて行こうと思います。

★保護者の皆さんから(1)

 4年生の最後の授業参観       み・あさんのお母さん
 4年生最後の授業参観でした。6年生もあり、行ったり来たり、落ち着いて見られませんでしたが、後半20分を参観できました。
 授業も、いつも楽しみにしているのですが、先日子どもたちの祖父がなくなり、学習発表会が見られなかったので、もう一度発表してもらえるということで、すごく楽しみに見に行きました。
 子どもたちの詩の朗読や、映像、それに合わせての先生のギター、歌を歌うこどもたちの声や表情まで素晴らしく、学習発表会で見た人達は、本当に感動しただろうなと思いました。
 この1年、いろいろな機会をくださり、本当にありがとうございました。「考えた」1年でした。

  授業参観より     ふ・ほさんのお父さん
 これから将来へ向かうこどもたちにとって、自分の価値を見出すこと、他人の価値を尊重することはとても大切だと改めて感じました。悲しい事件が多い最近は、特にそう思います。

  最後の授業参観、PTA              Aさん
 4年生最後の授業参観、途中から観させていただきました。廊下の方からだったので、授業内容があまり聞き取れなかったのですが、帰る途中「私、手を挙げて発表したんだよ」と聞きました。今まで手を挙げることさえ恥ずかしがっていたのに、頑張っている姿を見ることができなくて、とても残念に、申し訳なく思いました。
 PTAでも、皆さんの1年間の感想を聞いて、村末先生への感謝の気持ちが伝わってきて、とても同感しました。
 私の心に残ったことは「鉛筆削り大会」です。運動等ではなかなか1位を取ることができませんが、金賞をいただけたことがとてもうれしかったです。いろいろな経験をさせていただき、本人もとてもいい自信がついたと思います。1年間、温かく見守っていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

2015年3月 9日 (月)

天までとどけ2014/第75号:今生きている自分のいのちを見つめてみよう(1)

0304_r 四日の授業参観、学級PTAには、多くのみなさんに参加いただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。

 子どもたちも全員揃って、最後の参観授業を頑張ってくれたと思います。「ぼく」という詩から、ここにいる自分自身、そして自分につながる家族や友だちの一人ひとりの存在について、しっかりと考え欲しいと準備した授業でした。

 また、学習発表会本番で、インフルエンザ等により全員揃わなかった「愛の風車」も、教室バージョンで実施し、見ていただくことができました。「ぼく」の内容とつないで読み取っていただけたら幸いです。

 それでは、子どもたちの感想文をご紹介致します。

★子どもの感想(1)

  命                あ・み
 今日、5時間目で命の授業をしました。
 私が思ったことは、クラスや学校、世界、宇宙の中でもわたしは1人しかいないのだと思いました。なので、自分という者は1人しかいなくて、とても大切と思いました。これからは、もっと自分を大切にしたいと思います。

 授業参観                  む・り
 今日の授業参観では、「ぼく」という詩を考えました。わたしは、「ぼくという[人間]なんだ」と書きました。
 わたしは、こんな1人なのです。「音楽が好きな人の1人」。
 本当は、「ぼくという[宇宙]なんだ」です。
 でも、どんなことでも、みんなが書いたのは、間違いではなく、正解です。
 もっと命の授業をしたいけど、もうすぐ上の学年に上がります。そして、今日の命の授業も面白かったです。

  授業参観の感想                ひ・こ
 今日は、5時間目に授業参観がありました。命の授業をしました。小さな命でも、自分の命を大切にしないといけないんだと思いました。

  どんなに小さな命でも                ひ・か
 今日の、命について考える授業で、「ぼく」という詩の最後に、「宇宙」ということに、なるほどと思いました。
 どんな小さな人でも、大切な1人ということを「ぼく」という詩で学びました。これからも小さな命を大切にして行きたいです。

  授業参観              ふ・ほ
 今日の5時間目は、授業参観でした。命は改めて「大切なんだ。」と思いました。最後に、「愛の風車」を歌いました。上手に歌えたので、うれしかったです。楽しかったです。また命の話をしてください。

  命の授業の感想                み・あ
 今日、授業参観があって、命の授業をしました。今日の授業では、詩を読んで、いくら宇宙が大きくて、その中の見えないくらいの1人でも、宇宙と私たちの存在はいっしょで、貴重な命だということが学べました。
 お母さんたちにも来てもらって、一緒に学べてよかったです。これからも、貴重な命を持って生きて行きたいです。

  今日の授業              ひ・い
 今日、詩を読んで、その詩について考えました。□に入る言葉を考えたり、その詩の意味について考えました。
 そして、自分の存在など、しっかりと知ることができました。

  最後の授業参観                お・は
 今日は、4年生で最後の授業参観がありました。今日は、詩の空いているところに言葉を入れました。わたしは、「そんざい」を入れました。でも、本当は「宇宙」でした。わたしは、初めてこの授業で、自分は大きな存在だと思いました。

   授業参観              こ・け
 今日、授業参観がありました。ぼくは、宇宙、人間の奥深さがわかりました。あと、鼻血が出なくてよかったです。

  授業参観                さ・よ
 ぼくは、昨日の授業参観で「ぼく」という詩を読みました。ぼくは、□の中に、「人間」という言葉を入れました。理由は、ひとりという言葉で、「ひとりということは人間なんだな」とと思ったからです。でも、最初は命と迷いましたが、「地球の上の数にならないくらいのひとり」という言葉で、1人は地球でものすごく小さいから、人間にしました。ぼくは、「ぼく」という詩から、命が大きくても小さくても、大切にしなきゃいけないのでなんだということを学びました。そして、改めて、命を大切にしないといけないなと思いました。

  授業参観                い・ゆ
 水曜日は、授業参観でした。父、母、祖父、祖母、全員来ていたので少しきんちょうしました。手を挙げようと思いましたが、なかなか挙がりませんでした。
 ぼくは、命の授業の材料の詩の□に「命」と書きました。その理由は、ありそうな言葉をどんどん言っていたら、「命」が1番あって、考えても「命」だなと思ったからです。本当の詩は、「宇宙」と書いていました。先生がそれを説明したら、「なるほど!」と思いました。
 とても楽しい授業参観でした。

  授業参観の感想                ふ・み
 昨日、授業参観がありました。まず最初に「ぼく」という詩の□を埋めました。わたしは□に「人」と書きました。なぜなら、「ぼく」は人だからです。けれど、細かいところを見て行くと、だんだんわかってきました。なぜわかってきたかというと、「クラス」、「学校」、「地球の上」とだんだん範囲が広くなっていたからです。そして、最後にわたしが書いた答は、「宇宙」です。
 わたしは、この授業をして、作者の木村信子さんの伝えたいことが分かった気がします。たぶん木村信子さんが伝えたかったことは、人はみんな宇宙と同じぐらい大きな価値を持っているということだと思います。昨日は、人はみんな大きな価値を持っているということが知れてよかったです。

  授業参観の感想                け・ま
 この前、授業参観がありました。命の授業でした。□の中に、何かに入れました。(言葉)□の中に、「生き物」と書きました。理由は、生き物と同じくらいすごい存在で、たった1人、たった1つの命があるからです。(それ程すごい)みんなは、「ぼく」とか書いていました。その時、ちょっと答えがわかってきたような感じがしました。答え言う時、ドキドキしました。先生が、「宇宙です。」と言った時、すぐになぜ宇宙なのかわかりました。わたしは、こう考えました。「宇宙より存在が小さいけれど、宇宙と同じくらい大事なぼくだから」と考えました。理由は、宇宙は大きいけれど、人は小さい。だが、1人の命は宇宙と同じくらい大切だからです。先生もそう考えたのかもしれないとわたしは思いました。

  命の授業の感想                た・み
 今日、授業参観日がありました。その時に、「ぼく」という詩を勉強しました。詩に、文字が□でかくされていました。わたしは、□に「1つの命」と書きました。理由は、最後は、「ぼく」と言うときたら、絶対に1つの命とくると思って、ぼくというのは1つしかない大切な命だと思って、「1つの命」と入れました。
 そのあとに、保護者の前で、「愛の風車」の歌を歌いました。すごく上手に歌えたと思いました。先生が、得意なギターなどを弾いてくれたので、すごく気持ちよく歌えました。終わったら、お母さんが「上手だったね。動したよ。」と言ってくれて、すごくうれしかったです。
 この授業で、1つの命がどれだけ大切なのかすごく思いました。

  命の授業                ま・ま
 昨日の授業参観は、命の授業でした。「ぼく」という詩を使って、授業をしました。□の中に人間と書きました。理由は、1人の人間だからです。答は宇宙でした。
 わたしは、どんなに範囲が広くても、大切な大切な命を持った1人なんだと改めてわかりました。
 最後には、「愛の風車」を歌いました。帰ると、お母さんがほめてくれたのでうれしかったです。

  授業参観                よ・せ
 授業参観がありました。命の授業をしました。木村信子さんの詩について授業をしました。
 ぼくは、今年がすごくいいと思っています。理由は、命のことについていろいろ書いているからです。
 命を大切にしようと改めて思いました。最後の、「愛の風車」もよかったと思います。

  授業参観                と・あ
 昨日、授業参観がありました。「ぼく」という詩に、□があり、その中に言葉を受けました。
 その中には、「宇宙」が入りました。世界にたった1人のぼく、わたしたちだから、命を大切にするということで□の中には、宇宙が入ったんだと思いました。
 授業参観、ありがとうございました。

  今日の感想                さ・ち
 今日の5時間目に、授業参観がありました。今日の材料は、「ぼく」という詩を使いました。「ぼく」の詩の中に□があって、その中にわたしは「命」と書きました。□の中の答は、宇宙でした。わたしは最初、驚きました。けれど、よく考えてみると、ぼくの中に書いてある場所は、だんだん大きくなって宇宙になるし、1人の命でも宇宙のように大きいことを表しているのかなと思いました。わたしは改めて、命は大切だとと思いました。「一寸の虫にも五分の魂」は、このことだなと思いました。

  授業参観                か・り
 授業参観がありました。命の授業で「ぼく」という詩を読みました。最後の「ぼくという□なんだ」というところに、宇宙が入りました。なぜ□の中に入る文字が、宇宙なのかわかりました。どんな人でも、みんな命があり、生きていることだと思います。最後の命の授業だったけど、改めて命が大切なんだと思いました。

  授業参観             な・れ
 水曜日に、授業参観がありました。「命の授業」をして、その材料となったのは、「ぼく」という1つの詩でした。わたしは、その「ぼく」という詩の□に、「人」という字を書きました。最初は、友達かなと思っていたけど、人にしました。理由は、最初に詩を聞いた時から、「これぜんぜんぶぼくなんだ」の「ぼく」というところで、物じゃないなと思ったりしていたけど、人という字にしてみました。でも、答が「宇宙」だったので、びっくりしました。でも、よく考えたらそうだなと思えたのでよかったです。

  授業参観の感想                た・し
 今日の授業参観では、ぼくという詩の最後に当てはまる言葉を考えました。ぼくは、最初、「そんざい」と書きました。でも、授業を進んで行くと、だんだん答が見えてきました。ぼくという詩では、クラス、学校、地球…と、どんどん見つめる世界が広くなって行きます。なので、最後に入る言葉は「宇宙」でした。
 そして、授業の終わりに、「愛の風車」をみんなで歌いました。成功してよかったです。

  感想              な・け
 3月4日(水)に、命の授業をしました。ぼくは、□のところに命と入れました。なぜかというと、みんな命は1つあるからです。信子さんは、「宇宙」と書いていました。これからは、時間を(命を)大切にしようと思います。
 

2015年2月20日 (金)

天までとどけ2014/第74号:「大切な人が亡くなること」の意味を考え,自分の「いのち」をみつめてみよう…「ありがとう、知己」の作文を中心に(2)

pencil 子どもたちの感想(2)~作者への手紙

  ありがとう、知己                お・せ
 わたしは今日、知己君のお姉さんが書いた作文を読んで、涙があふれてきました。知己君が一生懸命生きようとしているところや、病気だとわかっても明るく笑顔を見せているところなど、いろんなところに感動しました。つらい治療にも耐えて、一度も泣かず本当にすごいと思いました。7歳2カ月という短いいのちでも、知己君は一生懸命生きたんだなと思います。病気だとわかっても、友達とあばれたり、親子リレーにも出たいと言い、笑顔を見せていた知己くんは、わたしのあこがれです。わたしは、これから知己くんみたいに前向きに生きていきたいです。

  今日の授業の感想                な・ふ
 今日の授業では、いつもと違い「死」について学びました。西村彩さんが書いた作文は、とても心に残りました。彩さんの悲しさが伝わってきました。大好きな家族が亡くなって悲しむということがあまりないわたしも、作文を読んでつらくなりました。
 前のいのちの授業から、ずっと先生は、死は生と隣り合わせにあると言っていましたが、今回の授業で、そのことがよくわかった気がします。知己君が大好きだった学校。でも、いつも体育は見学で、運動会でも親子競技しか参加できなかった知己君。とてもかわいそうです。でも、わたしは、普通に学校に行けます。なので、体育や運動会は精一杯頑張って楽しみたいです。
 人間はいつ死ぬかわからないので、少しの時間も大切にしたいです。

  感想文                お・は
 わたしは、彩さんの作文を読んで泣いてしまいました。知己さんがなくなって、彩さんが「わたしも知己のように何事にも負けず前向きに生きていきたい」と書いていたことがすごいと思いました。
 わたしはもし、自分の家族が亡くなったら、彩さんのように思えるようになりたいです。
 今日は、「いのちの授業」で、改めて、「いのちはとても大事」なことと、「死は、いつも近くにある」ということを考えました。ありがとうございました。

  知己君から学んだこと               ま・け
 知己君は、小さい頃にしゅようがあって、いたくて大変だったと思います。小さい頃に2度の大手術も乗り越えられたのがすごいと思います。ぼくだったら、がまんできないと思います。
 やはり、生と死は隣り合っているとわかりました。知己くんは、7歳の時に亡くなったそうです。かわいそうと思いました。ぼくも、人生どんなに苦しくても、頑張っていきたいと思います。

  西村彩さんへ              あ・ゆ
 今年は知己君の話を聞いて、みんなは、普通に「殺す」とか「死ね」とか言っているけど、知己君はつらいのをがまんして死んでしまったから、かわいそうだけど偉いな~と思いました。こんな風に思った理由は、知己君の写真と彩さんの文章を読んだからです。わたしの心は、今も、「ぜったい死にたくない、悲しみたくない」と、ずっと残っています。なので、これからは何もかもを大切にしていきたいです。

  西村彩さんへ                た・み
 あやさんの弟は、頑張り屋ですね。まだ2歳なのにしゅようができて、2回大手術を乗り越えられたのはすごいことです。大手術が成功したのは、家族の励ましと、知己さんの頑張りの元だと思います。あやさん、わたしはあなたのことを応援しています。

                         こ・け
 今日、作文を読ませてもらいました。ぼくは、改めていのちの大切さがわかりました。
 最近は、いのちのことを考えていなかったけど、この話を聞いたらいのちのことをちゃんと生きたいと思います。

  西村さんへ                    無記名
 西村さん、二月一七日に、西村さんの書いた作文を読みました。そしてぼくは、いろいろなことを学ぶことができました。一つは、生きる大切さです。生きるというのは、友達や家族と一緒にいられること、それは、とても楽しいことなので、いのちは大切です。2つ目は、「生」と「死」はいつも隣り合わせにあるということです。生きるということは、死ぬということだと思いました。これからもいのちを大切にしていきたいです。

  感想               た・つ
 ぼくは、この話を聞いて生きる大切さを知りました。知己君は、友達と遊んだり学校に行くのを楽しんでいましたが、病気のせいで行けなかったり、友達とも遊べなかったりしてかわいそうだと思いました。ぼくは、本当に頑張って生きようと思いました。

                     と・り
 今日は、いのちの授業をしました。授業で、西村彩さんの作文を読みました。
 西村知己さんは、最後まで一生懸命生きていて偉いなと思いました。わたしも、知己さんみたいになりたいです。
 あやさん、体に気をつけてください。

  西村彩さんへ                  む・り
 わたしは、知己君の話を聞いて、泣いてしまいました。知己君は、7歳2カ月という短い時間を、一生懸命生きて、でも、「入学式の前日、ピカピカのランドセルを背負い、制服をいつまでもぬごうとせずにげ回ってばかりいた知己。」と書いているところは、普通の子と変わらないなと思いました。
 彩さんは、弟思いのお姉さんだとこの作文を読んで思いました。
 わたしは、知己君のおかげで、一秒一秒、一生懸命しっかりと生きていこうと思います。

  感想                あ・み
 今日、4時間目に、西村知己さんがなくなったことから、お姉さんが作文を書いたのを読みました。
 わたしは、かわいそうだと思いました。
 そう思った理由は、7歳2カ月で亡くなってしまったからです。
 でも、このことから、一人一人のいのちはとても大切なんだと思いました。時間も、一秒一秒を大切にしたいです。

  西村彩さんへ              な・れ
 わたしは、「ありがとう、知己」を読んで、彩さんは、すごいなと思いました。知己さんがなくなってからは、さびしいという気持ちもあったと思うけど、そのあとは、気持ちを切り替えて、「わたしも頑張っていこうと思います」と書いていたのがすごいと思いました。わたしも、ひいおばあちゃんがなくなってさびしいけど、彩さんみたいに頑張っていきたいです。

  本当に知己君、残念でしたね                さ・よ
 ぼくは、あやさんの作文を読んで、あやさんの気持ちは分かりませんが、「つらかっただろうな」と思いました。この時は、たぶん彩さんは絶望に落ちたような気分だったとぼくは思いました。なぜかというと、他人ではなく、自分の家族だからです。このことを考えたら、つらくて胸が苦しくなります。知己君は、本当に頑張ったと思います。白血病に苦しみながら、つらい治療に耐え、泣かずに笑って、ぼくはすごいと思いました。そして7歳と2カ月でお亡くなりになって、本当につらくて悲しい思いをしたと思います。これからも頑張ってください。

                        た・し
 ぼくは、「ありがとう、知己」という作文を読んで、彩さんはものすごくつらい思いをしたと思います。でも、それとは別に、ぼくもそうですが、「いっしょうけんめい生きる大切さ」について、作文に書いてあった通り、学びました。それを大切にして生きていこうというあやさんはすごいと思います。

  西村あやさんへの手紙                か・り
 西村彩さん、自分の弟、西村知己君がなくなった時、とても悲しかったと思います。ぼくも、自分の知り合いの人や、家族が亡くなったらとても悲しくなります。ぼくは、西村知己君はとても頑張って生きたと思います。西村彩さん、前向きに生きて、心の中の知己君を喜ばせてください。ぼくも頑張って、前向きに生きていきたいです。

  生きていることの大切さ                ふ・み
 あやさん、わたしは彩さんの書いた「ありがとう、知己」という作文を読んで、生きていることの大切さを学びました。知己さんは、7歳と2カ月というとても短いいのちでしたが、その短いいのちを精一杯生きていたと思います。わたしも、彩さんと同じで、知己さんにお礼を言いたい気分です。これからは、知己さんを見習って、前向きに生きていこうと思います。そして、わたしにも生まれつき病気を持った弟がいますが、もしその弟が、病気で亡くなってしまったら、彩さんのような態度がとれるかわかりません。とにかく悲しくて、どうしていいのかわからなくなると思います。今日は、生きていることの大切さがよく分かりました。

  西村彩さんへ 作文を読んで                み・あ
 わたしは、この作文を読んで、わたしも治りょうにがんばりぬいた知己くんのように、前向きに、精一杯生きていこうと思いました。
わたしのおじいちゃんも、最近なくなりました。全く知らない他人の死とわたしの身近な人達の死では何か違いました。おじいちゃんは、交通事故で亡くなりました。まだまだ生きると言っていたおじいちゃんの生と死がはり合わさった紙が、いきなり死に裏返ってしまいました。わたしも、彩さんと同じように、おじいちゃんを心の中に住まわせて生きていきたいです。

  あきらめない知己                よ・せ
 ぼくは、作文を読んですごくかわいそうな話だと思いました。だけど、知己君は何事にもあきらめないで、すごいなと思いました。
 ぼくも、知己君みたいに、何事にも負けず、前向きに生きていきたいです。これからは、知己君のためにも生きていきたいです。
 死は、生ととなり合っていると改めて思いました。

  大切な家族               と・あ
 わたしは、西村知己さんの話を聞いて、大切な人がいなくなると、さびしくなり、世界に一人の弟が、この世界からいなくなってしまうと、とても悲しくなると思いました。西村彩さんは、弟のことを作文に書いて、どのような感じになりましたか。世界に一人も大切の弟がいなくなってしまって、悲しくなったと思います。けれど、わたしは彩さんの弟は見ていると思います。なので、悲しいと思うけど、頑張ってください。

「ありがとう、知己」を読んだ感想                な・ゆ
 ぼくが、この「ありがとう、知己」を読んだとき、自分もかなしい気持ちになりました。でも、ぼくは、たった7年という短い時間でもも知己君は本当にがんばったと思います。なぜなら、元気になったあと、おやこきょうぎでもがんばって、四〇度のねつが出ても、学校に行こうとするなんてすごいです。ぼくは、学校がきらいです。だけど、知己くんのように学校に行きたくても行けないというはなしをきいたら、学校をがんばろうと思いました。知己くんのためにも…。あと、命の大切さをあらためておしえてくれて、ありがとうございます。

2015年2月19日 (木)

天までとどけ2014/第73号:「大切な人が亡くなること」の意味を考え,自分の「いのち」をみつめてみよう…「ありがとう、知己」の作文を中心に(1)

  十七日は、九月に行った「死の疑似体験」授業に続いて、「死」をテーマにした「いのち」の学習を行いました。前回は、自分自身の死という視点(一人称の死・わたしの死)から大切なものを一つずつ失っていくという学習でしたが、今回は、資料にある作文を中心に、大切な人を亡くすという視点(二人称の死・あなたの死)から考えてもらいました。

 作文の内容については、後ろに補足資料として添えておきますので、ぜひお読み頂きたいのですが、わたしが種子島の学校に勤務していたときに出会った一人の少年の死を巡っての家族の姿を描いたものです。

 この授業では、子どもたちの「生」と「死」のイメージを、対極にある別々のものとして捉えさせるのではなく、それが表裏の関係として一体になっているということに気付いて欲しいと思いました。死を意識することにより、生は貴重で輝くものになるし、しっかりと生きることで、死の悲しみはより大きく深くなるのではないでしょうか。それに気付くことによって、「今」を大切に生きていく力を獲得して欲しいと願っています。

 では、子どもたちの感想文を二回に分けてご紹介します。

pencil 子どもたちの感想(1) ~作者への手紙

  西村 彩さんへ                ま・ま
 わたしは「ありがとう、知己」という作文を読んで、知己君は、7歳2カ月という短いいのちでなくなってしまったのですが、私たち、今生きている人に大切なことを教えてくれました。それは、いのちは1つしかないので何かできる時に一生懸命生きるということです。西村彩さんも、私たちも、知己君のように生きている時は一生懸命していきたいと思います。

  あやさんへ               さ・ち
 わたしは、知己君がなくなった時は、すごく悲しかったと思います。あやさんの作文を見て、自分の大切な存在がいなくなるということは、とてもつらいことなんだなと改めて思いました。自分に頼ってきた人が、もういない、もう頼ってこないということは、とてもつらいと思います。でも、いのちの大切さ、一生懸命生きるということを教えてもらったということなので、あやさんも、何事にも負けず前向きに生きていってください。

  知己君から学んだこと                い・ゆ
 ぼくは、今日彩さんが小学5年生で書いた作文「ありがとう知己」を「いのちの授業」で読みました。全部読み終わった時は、悲しい気分になりました。知己君は、何も悪いことをしていないのに「どうして」と思いました。
 知己君は、病気でもへこたれずに運動会でも親子競技に出たり、熱が高くても「学校に行きたいよう」など、すごいなと思いました。たった7歳2カ月という短いいのちになってしまいましたが、知己君は一生懸命無駄なくいのちを使ったと思います。
 ぼくも知己君みたいに、前向きな人になりたいです。そして、このお話を聞いて、人生は死と隣り合わせているということを、改めて感じました。ぼくは、他の人にもこの話をして、いのちの大切さが世界中の人に広まってほしいと思いました。

              な・け
 二月十七日、道徳の時間に、知己君の姉の作文や知己君の写真を見ました。
 ぼくは、知己君はすごいと思いました。何がすごいかというと、なんでもチャレンジしようとしていたことです。国語の本読みや、親子リレーなどにもチャレンジしていました。ぼくは、親子リレーなど、自分から参加しません。これからは、知己君を見習って何事にもチャレンジしたいです。

  西村彩さんの作文を読んで              ひ・い
 今日、西村あやさんの作文を読みました。わたしの心に残ったところは、知己君は熱になっても学校にいきたいと言っていたところです。本当に学校が大好きだったんだなと思いました。
 わたしは、病気と闘っていても、一生懸命生きた知己君のように、しっかりと生きていきたいと思いました。

  西村彩さんへ                ひ・か
 知己君のことを、作文に書いてくれてありがとうございます。私たちに「いのち」という大切さ、知己君の力強さ、大切な人が死を迎えるという悲しさ、さびしさ。私たちのクラスでは、作文の題名をかくしてみんなで考えました。わたしのつけた題名は、「メガレンジャー知己」です。なぜこの題名にしたかというと、知己君がメガレンジャーのように強く元気に毎日を頑張っていたからです。これから、知己君のために生きていってください。

  知己君のことを聞いて              ふ・ほ
 わたしは、知己君がなくなり、そのことを彩さんが書いた作文で聞いて、知己君は一生懸命頑張ったんだなとか、知己君はすごい子なんだなとかいろいろ思いました。
 わたしは、死について勉強して、だれかすごく大切な人がいなくなったら、すごーく悲しいんだろうなと思いました。知己君は一生懸命頑張ったえらい子で亡くなってしまって、7歳2カ月で亡くなってしまって、わたしだったら思い出したらすごく泣いてしまうんだろうな、すごく落ち込むんだろうなと思いました。
 わたしは、知己君のおかげでいろいろなことを教えてもらってよかったな。ありがとう知己君。と、思いました。

  病気とたたかう                よ・け
 ぼくは、今日の授業で西村知己さんのことをすごいと思います。理由は、2歳の時にお腹に腫瘍ができて、そのしゅようが治ったら、次は白血病にかかったけど、運動会の親子リレーに出たり、学校に行って元気に友達と遊んだりしたことが、すごいと思います。
 彩さんや西村知己さんのおかげで、いのちの大切さを改めて感じました。

  西村彩さんへ                け・ま
 彩さんの弟の知己君がなくなったとき、どんな思いをしたのか、わたしはそればかり考えていました。自分の小さい頃に、おじいちゃんとおばあちゃんがなくなってしまいましたが、まだ小さい頃だったので、人の亡くなった悲しみを知らないからです。自分でも、家族のだれかが亡くなったらと思うと、わたしはそれだけで不安になってしまいます。けれど、彩さんは、お父さんの「彩、知己の分まで強く生きていかないとな」と言っていたことを守ってすごいと思います。人が亡くなると、その悲しみで生きたくないと思う人もいるからです。知己君も、ゆめ、友達、いろいろな体験もこれからというのに、すべてなくなってしまい、すごくかわいそうです。作文で「学校に行きたいよう」という言葉が印象に残りました。理由は、みんな「行きたくない」とか言っているけど、知己君は友達と遊びたいとか、勉強がしたいと思っていたとすごく感じるからです。学校に熱があっても行きたいという願いは、とても学校が好きだったんだなと思いました。

  作文を読んだ感想                ひ・こ
 ぼくがこの作文を読んで、知己君は7歳で死んでしまうなんてかわいそうだと思いました。
 知己君は、2つの病気と闘って、よく頑張ったんだなと思いました。ぼくが作文につけた題名は、「負けるな知己」です。知己君は、2つの病気にかかって、よく負けずにいられたなと思いました。知己くんは、すごく頑張ったんだと思いました。

〔資料〕

 ありがとう、知己         西村 彩(当時小5)

「知己、メガレンジヤーが助けてくれるよ。」
父の声に、知己は息をふき返し、ピーッ、ピーッという機械の音が、再び鳴り始めました。
「知己いいぞ。目を覚ませっ。」
「がんばれ、絶対負けるなっ。」
知己の小さな手をぎゅっとにぎりしめたまま父と母とわたしはさけび続けました。
 知己は、二才の時にお腹にしゅょうができ、それから二年半もの間、大学病院に入院していました。二回の大手術を乗りこえ元気になったと喜んでいたのもつかの間、今度は、白血病にかかっていたのです。体の抵こう力がなく、走り回ることもできません。週に一度の輸血と月に二度のずい液をとるという治りょうにも一度も泣かずにたえてきました。
「神様、どうか知己を助けてください。」わたしは、あふれてくる涙をふきながらいのり続けました。
 知己が、種子島へ帰ってきたのはちょうど二年ほど前です。家族がやっとそろって、家の中が急に明るくなったようでした。
「お父さん、お姉ちゃん、見て、見て。」
 入学式の前日、ぴかぴかのランドセルを背負い、制服をいつまでもぬごうとせずにげ回ってばかりいた知己。わたしは、毎日手をつないで学枚に行きました。薬のふく作用でかみの毛がうすく、せが低い知己がいじめられたりしていないか、具合いを悪くしていないか心配で心配で休み時間ごとに様子を見に行きました。私の心配とは逆に、知己は友達といつもあばれていました。母がむかえに来ても、友達と帰ると言って聞きませんでした。
「お姉ちゃん、国語の本読み教えて。」
ある日、知己は学級のみんなにあわせて本が読めないとがっかりして帰ってきました。
「よし、お姉ちゃんと練習しよう。」
わたしは、知己と二人で夜おそくまで何回も何回も大きな声で読みました。      
「親子リレーに出たいよう。」
運動会が近づいてきたある日、知己がとつ然いいだしたときは、みんなびっくりしました。
「申し込みの日が過ぎているからだめだよ。」
と父がこまった顔をして言いました。無理をしては学校を休む知己の体のことを心配していることが分かっていたので、わたしは何も言うことができませんでした。でも、いつも体育服に着がえて一人ぼっちで見学している知己を見ると胸がぐうっと苦しくなりました。運動会当日、ただ一つだけ許された親子競技に父と参加した知己のそれまで見たことのないようなうれしそうな顔は忘れられません。
 家族が心配していたとおり、運動会が終わってすぐ、知己は熱が四十度から下がらなくなったのです。それでも、
「学校へ行きたいよう。」
といってきかない知己。わたしは
「すぐよくなるよ。がまんがまん。」
と言ってなだめるしかありませんでした。その日から、母は病院に泊まり込んでかん病を続けてきたのです。
 息をふき返したはずの知己の息づかいがだんだんとあさくなっていきます。
「知己っ、知己っ、がんばれえっ。」
みんな、なみだ声でさけびました。しかし、家族の必死の願いも、神様にはどうしても届きませんでした。十一月十七日、七才と二か月の短い命でした。母は、知己をだき上げて、
「よくがんばったね。お家へ帰ろう。」
と、何回も何回も知己の額にほおずりをしました。わたしは、もう針をさす所もないくらいに青くはれた手足をさすりながら、
「もういたい思いはしなくていいよ。本当にがんばったね」
と心の中で話しかけました。父は、だまってなみだをこぼしていました。
 家に帰ると、母は知己に制服を着せました。
「知己は、学校が大好きだったからね。」
わたしは、そう言うとなみだがあとからあとから出てきて止まりませんでした。
 知己が亡くなって二か月が過ぎ、家の中に閉じこもりっきりで外に出ようとしなかった母も、やっと仕事に出られるようになりました。父は、わたしたちに悲しい態度を見せず明るくふるまっていますが、ねる前によく、知己の写真に話しかけています。
「知己は、自分の命をせいいっぱい生きようと努力していた。彩、知己の分まで強く生きていかないとな。」
と、父から言われたとき、わたしは知己から、一生けんめい生きることの大切さを教えてもらったような気がします。
 今、新しい机に向かう知己の姿はありません。「お姉ちゃん、教えて」と言って、わたしをよぶ声ももう聞こえません。でもどんなにつらいことにもたえてがんばった知己は、わたしの心の中でずっと生き続けています。わたしも、知己のように何事にも負けず、前向きに生きていきたいと思います。

2015年2月17日 (火)

天までとどけ2014/第72号:3分52秒から考える~「いのちは時間」

  12日の道徳では、子どもたちの姿を撮ったビデオを観て考えてもらいました。そのビデオには、子どもたちが廊下に整列して、理科室、音楽室、給食準備に行く様子と教室から出て行った後の子どもたちの机や椅子の様子を写していました。日頃意識してない自分たちの様子から、「時間」を大切にすることの意味と整理整頓ができていない現実に気づいて欲しかったからです。

 その中の「給食準備」のビデオの中に隠れていた時間が、この3分52秒です。「隠れていた時間」…とは、最初に着替え終わった子どもが、最後に着替え終わった子どもを、廊下に立って、ずっと待っていた時間のことです。これをストップウォッチではかり、子どもたちに伝えると、どよめきが起こりました。

 そして、もう一度、この時間をじっとして体感させ、どれだけの長さであるかを味わってもらいました。皆、もじもじと苦痛に耐えているような感じでした。

 着替え終わるのが遅かったのが、「一生懸命」着替えようとしての結果であれば、話はぜんぜん違うのですが、給食着を振り回しての一騒動の間に流れた3分52秒というわけですから…。

 そこで、一学期に読み聞かせをして学んだ日野原重明さんの絵本『いのちのおはなし』から、「いのちは時間である」という話を思い出してもらいました。そして、「人が亡くなろうというとき、『一分でも一秒でも長く生きて欲しい…』と皆考えるはず。この給食準備の待ち時間の3分52秒は、その時の時間と意味とは違うかも知れないが、それと置き換えて考えてみたらどうなのだろうか」「ぼーっと待つ時間として使ってしまった三分五二秒は、もっと違うことに使えた時間だったかも知れない」「日野原さんが言うように、いのちが時間だとすれば、何か別のことに使えた貴重な時間、つまり『いのち』が誰かに奪われてしまったこととも考えられる」…というような話をしたのです。

  子どもたちは、はっとしたような表情をしながら、わたしの話を聞いていました。

 生活日記から、匿名で何人かの感想をご紹介します。

  3分52秒
 今日のことで、みんなが一度に(給食着を)着れば3分52秒のむだはなくなると思いました。だから、時間のことやいのちのことを考えようと思います。

  3分52秒
 今日、六時間目に四つのビデオを見ました。そのうちの一つは、給食時間の時のものでした。そのビデオは、廊下で給食当番が着替えているところをとっていました。
 見ていると、一番最初に着替え終わった。○○さんと、一番最後に着替え終わった○○さんの「差」が、3分52秒もあったので、とても驚きました。
 そして、そのビデオを見た後に、先生が前読んでくださった「いのちのおはなし」という本の作者が言うには、「いのちとは時間だ」といっていたから、つまり時間を無駄にするということは、いのちを短くするということだと言っていました。
 そのあとに、3分52秒何もせずにいすに座っていました。すると、思っていたよりもずっと長くてとても驚きました。
 今日、わたしが学んだことは「時間の大切さ」です。これからはいつも、「時間=命」と思いながら生活していきたいです。

  3分52秒あれば…
 わたしは、今日の四つのビデオを見て、○○さんはすごいと思いました。自分が着替え終わってから3分52秒も黙っていたからです。わたしも、実際に試してみると、相当きつかったです。死ぬ前に3分52秒あれば、お別れの言葉なども言えるので、たった一秒、たったの3分52秒でも、時間を大切に、今というこの時間を大切に生きていきたいと思います。先生の言う通り、「時間はいのち」ということがこの勉強でわかってよかったです!

  3分52秒
 六時間目に、今日、四回とった動画を見ました。一回目と二回目は、理科室と音楽室にいく時のならぶときでした。三回目は、だれもいない教室の机をとっていました。四回目は、給食当番がコンテナ室に行くときに、ならぶときです。
 それで、動画を見終わったら、どんな風だったかを紙に書きました。そして、それを班ごとに言いました。そうしたら、先生ができている人とできていない人の差があると言いました。そして、四回目の動画の一番最初に着替え終わった○○さんと、一番最後に着替え終わった○○さんの間の時間を計りました。そしたら、なんと3分52秒間もありました。だから、○○さんは、3分52秒間もずっと立っていたということです。
 先生は、できている人はできていない人にいのちを奪われていると言いました。3分52秒の間じっとしていると、とても長く感じました。3分52秒あれば、いろいろなことができると思います。これからは、できる人になって命を無駄にしないようにしたいです。

  3分52秒の感想
 わたしはビデオを見て、3分52秒も待っている人がいると知ってびっくりしました。3分52秒の時間で、帰りの準備やトイレに行ったりできるのに、時間をうばわれるのはひどいし、嫌だと思いました。わたしは、時間を奪ったり奪われたりしている方だと思います。これからは、自分が人の時間を奪っていると意識して早くする人のペースについていきたいです。

2015年2月 9日 (月)

天までとどけ2014/第71号:学習発表会、保護者のみなさんの感想です

G2014  お忙しい中、保護者のみなさんにお寄せいただいた感想文をご紹介いたします。
ありがとうございました。

                  Nさん
 学習発表会、お疲れさまでした。原爆について、なかなか家で子どもに話をし、伝える機会がなく、学習発表会で学んでくれて、とてもよかったと思います。音楽劇、とてもよかったです。感動しました。

  戦争のない世の中に                  Oさん
 こどもたちの美しい声と、優しい旋律に心が吸い込まれていきました。原爆の悲惨な映像と、最初の悲しい歌詞に辛くなりましたが、最後の方では、希望を持って生きていくことが感じられて、涙が出そうになりました。
 こどもたちがこの歌詞のメッセージを知ることで、平和について考えることができただろうなと思います。「愛の風車よ、永遠に回り続けておくれ」と願わずにはいられません。とても素晴らしい発表でした。りんちゃんとよしあきくんの独唱も素晴らしかったです。先生のギターも! 舞台の下で「主役はあくまでもこどもたち」のスタンスが、また素敵でした。ありがとうございました。

  学習発表会「愛の風車」                  Mさん
 今日の学習発表会を楽しみにしていました。子どもから何をするかも聞かぬままの本番当日。4年1組の発表が始まりました。「原爆」を体験した方の歌だった。わたしも中学の頃、原爆資料館で大理石に焼き付いた影の写真を見て、恐怖という言葉では表せない感情を思い出しました。時間が経っても薄れていくことのない戦争で失った大切な人たちや、物たちだったと思います。子どもたちには、こういうことが起こらない未来に続いていって欲しいです。今日は、感動をありがとうございました。
 村末先生のギターも、最高によかったです。

                  Hさん
 子供たちが、思いを込めて歌っており、映像を見ながら、戦争の悲惨さやいのちの大切さ等々、いろいろ考えさせられながら聞くことができ、とても素晴らしかったです。また、先生のギターもとても上手で、最初、曲がスピーカーで流れていると思って聞いていたのですが、よく見てみると、先生の生演奏でびっくりしました。子供たちの歌声と、先生の音楽が重なって、本当によい発表会でした。

 参加できなかったけれど…                  Iさん
 今日の学習発表会、Yは残念ながらインフルエンザの出席停止中で、家で元気にしているのに参加することができませんでした。6年生の姉の発表があり、またYに「ビデオ撮ってきて」といわれていたので、全部のクラスの発表を見ました。どのクラスもそれぞれ趣向を凝らして面白かったですが、4の1の発表にはとても感動しました。みんなとても大きな聞き取りやすい声でせりふを言い、歌も上手でした。村末先生が奏でるギターに乗ってみんなが1つになっている!という感じで素晴らしかったです。
 4年1組かっこいい!と思うと同時に、Yが参加していないことが残念でした。でも、こんなクラスで学ばせてもらっているのだと思い、見ることができてとてもよかったです。ありがとうございました。

  子供たちの発表を見て                  Yさん
「愛の風車」とても考えさせられました。
 歌の歌詞は、戦争の悲惨さがよく分かり、考えるだけで苦しくて悲しくてつらかったんだろうなと胸につまるものがありました。
 悲しすぎると涙も出ない…子供たちにこんな思いは絶対させたくない、そう感じました。
 歌ってるし、堂々と発表していた子供達とても上手で立派でした。先生のギターもよかったです!ありがとうございました。

  学習発表会の感想                  Tさん
 村末先生のギターに合わせて、4年1組の皆さんが歌う姿がとてもよかったです。子供たちも、戦争や平和について考えるよい機会になったと思います。4年1組で過ごす残りの日々を楽しく過ごしてほしいです。

  学習発表会                  Yさん
 いつもにぎやかな4年1組。どんな歌なのか楽しみにしていました。大きな声で、のびのびと歌う歌は、少ししんみりとしていてゆっくりとしみてくるような歌で、じっくりと聞けました。子どもの声だからこそ、ストレートに心に入ってくるような気がしました。
 風車も、一番後ろの席からもとてもきれいに見えて素敵でした。シンプルで、とてもよかったと思いました。

  思い出に残る1曲                  Sさん
 何やらソロで歌うらしい…と先生から教えていただいたものの、はて?家で練習するでもなく、自分からは何も言わず、大丈夫なのだろうかと不安半分、期待半分で迎えた学習発表会。
 4年1組の子供たちの声はとてもきれいで、また、先生のギターの生伴奏も心地よくて、すっかり聴き惚れてしまいました。心配していたソロパート…あら義瑛ってこんなに上手に歌えるんだと新発見。そういえば、よくお風呂でいろんな歌を歌ってたっけ。あれがいい練習になってたのかな。本人は「めっちゃ緊張した!」らしいけど。『愛の風車』いろんな曲を教えてもらって歌っているけど、思い出に残る曲がまた1つ増えました。先生のご指導ありがとうございました。

  愛の風車を見て                  Iさん
 村末先生がギターを肩にした時、「オオオオ」と思っていると「愛の風車」が始まった。
 ステージ上に戦争の映像が流れ始めると、わたしは40年ほど前の修学旅行で長崎を訪れた際覚えた「死んだ女の子」という歌を思い出し、涙があふれてきました。
 飯塚宏さんの死があまりにも印象深く、40年経った今でも耳に残っています。
 子供たちは、この音楽劇の意味がわかっているのか?実を言うと我が子でさえ、何故このテーマになったかわからないと言っていました(笑)。
 音楽劇と映像、先生のギター、どれをとっても素晴らしいものでした。村末先生のコンサートかな?と思うほど…。本日は、家庭で「戦後70年」を話し合うよい機会を与えていただき、ありがとうございました。
 少々クレームを言うと、6年生が早口過ぎて聞き取れなかったということぐらいです。

  学習発表会を鑑賞して                  Tさん
 都合により、4年1組までの発表を鑑賞しました。トップバッターの2年生は、一生懸命さがかわいらしく、6年生の修学旅行劇は下学年のメッセージも込められていてさすがだなと感心したし、4年2組のみんなの心の声は子供の頃の気持ちが思い出されました。
 そして、4年1組の発表は、とてもよかったです。今の国際テロ問題がより平和を願う気持ちにつながり、戦争は悲しみでしかないと感じました。
 歌声もせりふもはっきり聞こえましたよ!みんなが選んだというスクリーンの背景も、最後の風車もとてもきれいでした。

  学習発表会を鑑賞して                  Aさん
 4年1組の音楽劇、とても感動しました。
 一人ひとりの言葉が心に響き、みんなの歌声に涙が出ました。
 戦争を知らない私たち、子どもたちですが、この歌を通して、戦争の恐ろしさや哀しさ、いろんな感情を感じることができたと思います。とても心に残る学習発表会でした。

    学習発表会を観て                  Sさん
「愛の風車」を聴き、子供達の歌う姿を見て、感動しました。私を含め、戦争を知らない世代が増え、この平和が当たり前のような風潮がありますが、この国の過去にしっかりと目を向け、同じ過ちを二度としないと改めて誓うことが大切だと思います。
 戦後七〇年の節目の年に、平和について子供達に考えさせる機会にもなったと思います。
「過去に目を閉ざすものは,未来にも盲目」の言葉どおり、これからも授業等を通して戦争と平和、そして家族の大切さを教えていただければ幸いです。感動を与えていただき、ありがとうございました。

学習発表会・母の感想(インタビュー)                な・ふ
Q、今日の4年1組の発表でいいなと思ったところは?
A、せりふを1人一人が自信を持って言っていたのがよかった。
Q、今日の4年1組の発表で、もう少しだなと思ったところは?
A、しいていえば、歌いはじめの声が小さかった。
Q、来年も学習発表会にきたいですか?
A、もちろん!
Q、4年1組以外のクラスの発表で、何年何組のがよかったですか?
A、2年生の発表が堂々としていて声を大きくてよかった。

                  Nさん
 すばらしい! パチパチバチ
 お休みが何人かいたと娘から聴きましたが、ピンチヒッターだとわからない完成度でした。
 一人一人の声が、しっかりと聴いている側に伝わりました。(ソロの歌も花◎)
 そして、先生の生演奏もすごくよかったです。

 インタビュー              あ・ゆ
Q、4の1の発表でよかったと思うところはどこですか?
A、声がよく出ていたところですね!
Q、どの学級の発表が好きですか?
A、4の1です! よかったよ~。
Q、4の1の発表で、感動したところやすごいなと思ったところはどこですか?
A、すごいなと思ったところは、1人1人の声が大きくてよく聞こえたところです。
Q、4の1の発表を聞いてどう思いましたか?
A、お母さんが中学生の時の修学旅行で、長崎県の平和公園に行ったのを思い出して、みんなにもぜひ平和公園にいって、もっと詳しく知ってほしいなと思いました。

ありがとうございました。

  インタビュー                と・あ
Q、「愛の風車」を聴いてどう思いましたか?
A、とても切ない気持ちになりました。
Q、みんなが上にあげた風車はどうでしたか?
A、すごくきれいで繊細でした。
Q、先生がひいていたギターはどうでしたか?
A、演奏家のようで素敵でした。
Q、歌を聴く前にどんな歌だと思いましたか?
A、楽しい歌かと思いました。

ありがとうございました!

  インタビュー                か・り
Q、愛の風車はどうでしたか?
A、初めて聞きました。みんなが作った風車を見ていると、幸せな気持ちになったよ。
Q、みんなの歌声はどうでしたか?
A、大きな声で歌っていて上手だったよ。
Q、先生のギターはどうでしたか?
A、ギターを弾いている村末先生はかっこよかったです。
Q、心に残りましたか?
A、4の1のみんなと村末先生で1つのものを作った感じがとてもよくて、感動しました。やればできる子どもたち。よく頑張ったね。

pencil 子どもの感想

  学習発表会              た・し
 今日はちょっときんちょうしました。始めるタイミングがちょっとわからなくなりましたが、友達が教えて思い出しました。そこ以外はしっかり大きな声で歌えました。

  学習発表会             す・と
 ぼくは、学習発表会に出ると、きんちょうしました。お客さんがいっぱいいて、ぼくは歌えませんでした。けれども、おばあちゃんが、
「頑張れ。」
と言ってくれたので、上手に歌えました。うれしいし、よかったです。

 

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フォト

本日の1枚

  • ウォーキングで見つけたもの 2017
 /05/11
    日々の教育実践、わたしのくらしの中から、最も心に残った場面を切り取って紹介していこうと思います。

初めてみた光景・風景・撮っと景

  • もみじのたね
    世の中便利になりました。これまでは、びっくりするようなシーンに出合っても、言葉でしか伝えられないことが多かったのですが、持ち歩く携帯電話でパチリと写しておけば、画像を見ながら話せます。 このアルバムは、わたしが出合った初めての風景を紹介したいと思います。あくまで、わたしが初めて見た風景ですので、「知ってるよ」ということもたくさんあるかも知れませんが…。

お薦め教育本

  • ‘人間と性’教育研究協議会編: 新版 人間の性の教育 全6巻
    子どもたちの事実を見つめ、そのニーズに応える性教育の実践。「どこでもだれでも取り組める性教育」をめざして、理論と実践を分かりやすくまとめてある。
  • 種村エイ子: 「死」を学ぶ子どもたち
    種村先生の出前「いのち」の授業。光栄にも、執筆協力させていただいております。
  • 金森俊朗: いのちの教科書
    わたしの目標とする教師の一人・金森俊朗さん。実践構想の土台の広さ、子どもを見つめる視点の豊かさと確かさ…。教師として生きるものに、エネルギーを与えてくれます。
  • 金森俊朗: 希望の教室
    金森先生の実践づくりの発想・方法が、具体的な授業実践を通して学べる。

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