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天までとどけ2013

2014年3月20日 (木)

天までとどけ2013/第81号:特別授業「○○先生の話」

P3190174_r   今年一年間、四年一組で研究してくれた鹿児島大学院生のIさんが、昨日、特別授業をしてくれました。

・なぜ、先生になろうと思ったか
・支えてくれた母

という二つの話で、とても心に響く授業となりました。
 子どもたちの感想文をご紹介しますので、くわしい内容については、お読みとり下さい。この一年間のIさん自身の学びが、子どもたちにしっかりと伝わったのではないかと思います。

  I先生の授業  う・じ
 今日、3時間目にI先生の授業がありました。最初は、先生になろうと思ったきっかけでした。先生は、小学二年生の時から、学校の先生になりたかったそうです。先生は、勉強が好きだったそうです。先生は、友達に答えを教えるのが楽しくなり、先生になりたくなったそうです。
 次にやったのが、支えてくれた母というのをしました。先生は、四月一日にお母さんを亡くしたそうです。先生は、最初、お母さんが亡くなったとは思っていなかったと言っていました。けれど、火葬場に行って、骨を入れるとき、I先生は泣いてしまったそうです。すると、一番下の6年生の弟が泣きはじめ、本当にお母さんが亡くなったんだと思ったそうです。僕は、I先生の授業をして、一日一日を大切にしたいです。

  I先生の話  き・こ
 今日の四時間目にI先生が来て、先週に書いた質問に答えてくれました。一番多かった質問は、先生になろうと思ったきっかけです。I先生が、先生になろうと思ったきっかけは、勉強が大好きで、みんなにテストの答えを説明するのが楽しかったからだそうです。
 I先生のお母さんは、癌だったので、入院をして治るくらいまでよくなったけど、再発して、最後にはがんは全体に入ったそうです。I先生は、最初はすぐに治るだろうと思っていたけど、すごくひどくなって、最後はなくなってしまうなんて、すごくかわいそうだなと思いました。ぼくも、お母さんの友達ががんで亡くなったので、わかるような気がします。
 ぼくは、人がいつ亡くなるのかわからないので、一日一日を大切に生きて行きたいです。今日の学習で、いろいろなことを知れてよかったです。

  命、そして、感情  い・れ
 ぼくは、最初に言っておきたいことがあります。それは、僕がこの授業を受けたことにより、また新しい人生を踏み出すのではないかということです。ぼくは、I先生の授業で、とてもとても感動しました。ぼくは、感動しすぎてちょっと泣きました。I先生が言ってくれたように、ぼくもお母さんが亡くなってしまったら、とても寂しいと思います。そのことを教えてくれたI先生にとても感謝したいです。I先生、今日の授業、本当にありがとうございました。

  I先生の授業  な・ゆ
 今日3時間目にI先生の授業がありました。まず最初に、「先生になろうと思ったきっかけ」を話してくれました。I先生は、私たちの頃は頭がよくて、テストは百点と言っていました。友達がI先生のところに間違いを聞きに行って教えたのがきっかけで、先生になろうと思ったそうです。
 次は、「支えてくれた母」を話してくれました。I先生のお母さんは、四月一日に亡くなってしまいました。I先生のお母さんは、癌になってしまい、がんができ、がんができたところを取ると、またがんが他のところに移って、最後には、がんが体全体にうつってしまいました。
 I先生のお母さんが亡くなる直後、入れ先生は何も言えなかったそうです。私も後悔したことがあります。それは、もう亡くなったけれど、その亡くなったおじいちゃんに何もしてあげられなかったことです。今でもずっとそのおじいちゃんを忘れられません。私はもう、後悔したくありません。だから、一日を大切に過ごして行きたいです。

  I先生の授業の感想  た・も
 私は、I先生の授業を受けて、一番心に残ったお話は「支えてくれた母」というお話です。私は、はじめてI先生のつらい過去を知りました。がんで亡くなられたお母さん。I先生は、お母さんに何もできなかったことをとても後悔していました。私の家族が、もしなくなったら、私はぼう何も考えることができなくなり、絶望してしまうでしょう。なので、「もしなくなったら」という時のために、日頃から家族への感謝の気持ちを伝えたいと思います。I先生、私たちに大切なことを教えていただき、本当にありがとうございました。
 一年間を、I先生と過ごし、とても思い出に残りました。絶対に忘れません。I先生は、お母さんが亡くなられましたが、私は、おじいちゃんが亡くなりました。普段は病院に入院していて、あまりしゃべったことがありません。だけど、おじいちゃんが亡くなったとき、すごく泣きました。人がなくなるということは、とても悲しいことなんだなと、その時はじめて思ったのを覚えています。私は、二度とこんな思いをしたくないと思うので、あまり触れあうことのない人にも、積極的に話しかけて、親しくなり、あまり後悔をしないようにしたいです!

  I先生の授業  ひ・の
 今日、3時間目に、I先生の授業がありました。I先生は、先生になろうと思ったきっかけと、死んだ母のことを話してくれました。
 先生になろうと思ったきっかけは、I先生は、勉強が好きで、みんなに教えているうちに先生になりたいと思ったからです。
 I先生の母は、I先生が大学生の時にがんで死にました。I先生は、今後悔しているようです。I先生は先生になって、恩返しするつもりだったけど、こんなに早く死ぬんだったら、ありがとうくらい言っておけばよかったと言っていました。
 ぼくは、このお話を聞いて、いつ家族が死ぬかわからないから、感謝の言葉をいっぱい言って喜ばせることを学びました。とてもいい授業になりました。ありがとうございました。先生になるために頑張ってください!

  I貴大先生の授業  し・し
 ぼくは、I先生の授業を楽しみにしていました。最初、I先生が黒板に、
・先生になったきっかけ
と書きました。ぼくは最初、お母さんがやっていたからやろうと思いました。そしたら、小学二年生の頃勉強が好きで、友達に教えるのも好きだったから、学校の先生になろうと思ったそうです。次に、
・支えてくれた母
と黒板に書きました。ぼくはすぐに、亡くなったと予想しました。予想通りその話でした。I先生のお母さんはがんで、体全体に腫瘍ができていったそうです。そして、I先生がこう言っていました。普段会っている人に、いつも感謝をして、ありがとうやごめんなさいを言っていた方がいいよと言っていました。

  I先生、命の大切さを教えてくれてありがとう!  う・は
 I先生は、先生になるために、一年間私たちを見てくれました。
 二つのことについてお話してくれました。まず一つ目は、「先生になろうと思ったきっかけ」です。それは、小学校二年生から勉強が好きで、なろうと思ったそうです。
 二つ目は「支えてくれた母」です。大学3年生の時、父から電話が来て、「お母さんががんになった」という連絡が来ました。毎日、I先生はお見舞いに行って、最初は喋れていたのが、最後には喋れる元気もなくなったそうです。全身にがんができたそうです。
 I先生は、後悔でいっぱいだそうです。I先生は、大学3年生の時に亡くなったなんてかわいそうだと思います。人がなくなるって悲しいんだなと思いました。
 私は、後悔しないように、一日一日を大切に生きていきたいと思います。

  I先生の授業を聞いて  お・な
 今日の3時間目に、「I貴大の話」という題名で、二つのことについて話してくれました。
 一つめの話は、先生になろうと思ったきっかけ。小学校二年生の時に、勉強が好きで、教えてあげて、そこから先生になろうと思ったそうです。
 二つ目の話は、支えてくれた母です。
 I先生が、大学3年生の時に亡くなられたそうです。先生は、お母さんを燃やして、骨になって、見たときに、先生は泣いたそうです。お母さんが亡くなられたときに、すごく後悔をしたそうです。
 私も、人やペットなどがなくなりました。ペットがなくなったときには、お父さんが大なきをしていました。その次に私、その次に妹とお母さんが泣きました。
 私は、人が亡くなるともう二度と会えないので、とても悲しかったです。今日授業をしてもらって、とってもなくなると後悔する気持ちがわかりました。人やペットなどがなくなることは、とてもつらくて悲しいことなんだなと思いました。
 私も、人が亡くなって後悔したことがあります。けれど、後悔しても、毎日を大事にしていきたいと思いました。

  しておけばよかったI先生の心のこり  ば・は
 今日は、初めてのI先生の授業でした。先生になろうと思ったきっかけを聞きました。I先生は、勉強が好きで、「教えて~」と言われたとき「あ、教えるの楽しい」となって、先生になろうと思ったんだそうです。
 I先生のお母さんは、四月一日に亡くなったそうです。がんでした。
 胃から腸からと、どんどんいろんなところに移動して、切り落とさなければなりませんでした。I先生は、毎日病院に通っていました。日に日に弱っていて、しゃべるのも息するのもつらくなっていったそうです。
 私は、だれかが死んだという経験はありません。I先生が泣いたとき、私ももらい泣きしました。死んだという実感はないけど、これから先、いろんな人を見送ると思います。今まで、いろんなこと教えてもらっていましたが、今日教えてもらったことによって、一日一日を大切にしようと思いました。そしてお母さん、お父さん、いろんな人に一つ一つありがとうと言いたいです。
 これからは、一生懸命に生きてほしいと、必死に思います。

  I先生の授業  ほ・か
 今日は、3時間目にI先生の授業がありました。今日は、支えてくれた母の話をしてくれました。そして、お母さんが、癌になってしまってなくなってしまったそうです。そして、I先生は小さい頃は遊べなかったけど、大学に入ってからすごく遊んだそうです。そしてあまり家に帰っていなくて、突然お父さんから「お母さんが癌になった」という報告ができたそうです。I先生はすぐに治るだろうと思ったけど「もう手遅れです」と言われたそうです。だんだんと悪化して行き、ついにはしゃべれなくなったそうです。そして、とうとうなくなってしまったそうです。
 I先生は、今、後悔しているそうです。その理由は、今まで御飯を作ってもらったりしていたので、そのお返しに何かしてあげたかったのにできなかったからです。そして、I先生が「今まで、後悔したことはありますか?」と言いました。ぼくは後悔したことあるけど、言うのがつらくて手をやられませんでした。もしも僕の大切な人がいなくなったらどうしようと思いました。ぼくは、この授業をして、とてもいい授業だと思います。ぼくは、これからの命を、一秒一秒を大切にしたいと思いました。「先生、ありがとうございました。」

  I先生の授業  わ・た
 今日、I先生が話をしてくれました。まず、なぜ先生になろうと思ったのかは、勉強が好きだったからと言っていました。
 次は、母の話をしてくれ。I先生は、大学の頃、家が遠くてあまり帰っていなかったそうです。そして、大学3年生の頃、父からメールが来たそうです。そのメールは、母が癌になっていたというメールだそうです。その顔が、一~5で言うと四の時で、その時はもう手遅れだったそうです。そして、I先生の母は、胃にがんがあり、手術を受けて元気になったと思うと、また再発してしまって、次は腸にできて、その次は全体など、いろいろなところが癌になったそうです。
 そして、手術にはたくさんの体力が必要だったそうです。
 そして、母が危険ですと聞いたI先生は、病院に急いでいたそうです。そして、心電図がどんどん弱くなって、その心電図が0になったとき、母は死んだそうです。
 その時、I先生は産んでれてありがとう、いつも御飯を作ってくれてありがとう、習い事の送り迎えをしてくれてありがとうと言えず、後悔しているそうです。でも、その言葉は生きている人には伝わるけど、もう死んでしまった人には伝わらないから、後悔しているそうです。
 なので僕は、一日一日、大切に過ごして行き、お母さんやお父さんに「ありがとう」と言って、後悔のない人生を歩んで行きたいと思いました

  I先生の感謝と思い  に・あ
 今日の3時間目に、I先生の授業をしました。主に二つ話してくれました。一つ目は「先生になろうと思ったきっかけ」です。小学二年生の時から、先生になろうと思っていたそうです。中学、高校でいっぱい勉強し、ここまで来たそうです。これからも、夢をあきらめずに頑張って欲しいです。
 二つめは「支えてくれた母」という話です。I先生のお母さんは、がんで亡くなったそうです。胃から腸、そして体全体にまで広がって行ったそうです。
 I先生は、毎日病院に行ったものの、心電図が弱くなり、四月一日に亡くなったそうです。I先生が、涙を流しているとき、私はとてもつらい思いをしたんだなと思いました。
 I先生は最後に、「毎日の日常を大切に」と言いました。
 最後に、I先生へ。
 一年間ありがとうございました。I先生はとても楽しい方でした。これからも、学校の先生を目指して頑張ってください! 

2014年3月18日 (火)

天までとどけ2013/第80号:一年を振り返って~PTA資料再録

  いよいよゴールが目前。PTA資料に載せた、今年一年の振り返りです。記録として残しておきたいと思います。

■私は,今年,成長したなと思いました。そして,いろいろな行事でいい結果を出すことができました。かき氷大会などのように,楽しいことも多く,いい1年になったと思います。しかし,えんぴつけずり事件や焼きおにぎり事件など,悪いこともたまにありました。それでも,ドッジボール大会など嬉しいこともたくさんあります。これからも,楽しくしっかりした5年生になれるように頑張りたいです。(ま・ゆ)

□長かった4年生も,もうすぐで終わります。振り返ったら,あっという間だったなと改めて感じました。これまでに,いろんなことがあり,いろんなことを学んできました。私たちは,少し成長できたんじゃないかなと思います。4年生で学んだことは,一生忘れません。仲間と一緒に協力するという心を身につけられたと思います。そして,ずっと心に残る命の授業,私たちは,命の大切さを知ることができました。本当にありがとうございました。5年生でも,4年生で学んだことを生かし,しっかりと5年生の道を歩んでいきたいと思います。(た・も)

■1年を振り返って,命の授業,社会科見学,泥んこサッカー,かめ石先生,井手先生,運動会,清掃工場見学,学習発表会,岡崎さん,おみこしパレード,干し柿作りなど,たくさんのことがあったと思いました。中でも命の授業は,命の大切さを知ることができて,1番いい授業だったと思います。1年間とても楽しかったです。(と・り)

□1年をふり返ると,いっぱいありました。わんぱく伊敷台,社会科見学,カメちゃんのお別れ会,遠足などたくさんのことがありました。特に心に残ったのは,カメちゃんのお別れ会が残りました。2学期は,運動会,社会科見学,干し柿作り,えんぴつけずりコンテストなどたくさんありました。心に残ったのは,運動会です。かけっこでも,1位になれたのでよかったです。3学期は,社会科見学,岡崎さんの特別授業,種村先生の講演,持久走大会などがありました。岡崎さんの授業が心に残りました。これを振り返って,いろいろなことがあったなと思いました。(た・こ)

■ぼくの1年間の思い出は,持久走大会です。9位に初めて入ることができました。練習の時より,順位を上げることができたのでうれしかったです。1年間で残念だったことは,運動会の全員リレーです。最初は1番だったのに,2位に落ちてとても残念でした。それでも,楽しい思い出をたくさん作ることができ,残念な思い出もできました。もう5年生になります。そろそろ心を入れ替えたいと思います。(や・よ)

□ぼくは,1年を振り返って,いろいろなことがあったなと思いました。ぼくが心に残っていることは,一学期あったお楽しみ会です。かき氷を,学校で初めて食べたので,1番心に残っています。ぼくが悔しかったなと思ったことは,運動会の全員リレーとドッジボール大会です。全員リレーは,最後の最後で追い抜かれて2位になってしまったからです。ドッジボール大会は,休んで参加できなかったからです。よく1年を振り返ってみたら,いろいろなことがあったなと思います。たまに思い出してみます。(ひ・の)

■ぼくは,4年生でいろいろなことがあったなと思います。運動会や持久走大会や伊敷台祭り,社会科見学,講演会など,いろいろありました。すごく楽しかったです。ぼくが特に心に残ったのは,伊敷台祭りです。5年生も楽しい思い出ができるといいです。(と・ゆ)

□ぼくは,この1年で様々な授業や行事をしてきたんだなと感じました。運動会や持久走大会や遠足などがありました。この中で1番僕の心の中で印象に残っているのは,持久走大会でした。なぜかというと,ぼくは,ゴール直前にぜんそくが出て,4人か5人に抜かれて,14位になってしまい,とっても悔しかったです。5年生になっても,10位以内には入れるように頑張りたいです。(お・せ)

■ぼくは,この1年を振り返っていろいろなことがたくさんありました。カメちゃんのお別れ会や,プールや,泥んこサッカーがありました。1学期のお楽しみ会は,かき氷大会がありました。2学期は,運動会や図工の高級マンション作りをして,そこで給食を食べました。干し柿作りもしました。3学期は,半成人式や,ドッジボール大会で1位を取ったことや,岡崎さんの特別授業などがありました。ぼくは,この1年を忘れないようにしたいです。(ほ・か)

□今日の朝の時間に,先生がビデオを見て感想を書きなさいといわれたので,ビデオを見ました。そのビデオは,この1年のことを詳しく書いたビデオでした。ぼくは,あっという間の1年だったなと思いました。またあと少し学校に行く日があるので,たくさんの思い出を作りたいと思います。(き・こ)

■私は,この1年を振り返って,まず1学期には,初めての命の授業がありました。そして,かめいし先生の授業もやりました。とても楽しかったです。2学期は,鉛筆けずりコンテストもありました。うまく削れなかったけど,楽しかったです。干し柿作りもして,とてもおいしかったです。おみこし作りも,みんなで協力して作りました。3学期は,半成人式もあって,詩のボクシングもありました。1番の思い出は,みんなで一生懸命練習した学習発表会です。今までの発表で1番よかったと思います。(む・ゆ)

□この1年を見ると,いろんなことがあったなと思います。普通な1日でも,こうやってみると「あ,こんなことあったな」と思い出します。水泳も,泥んこサッカーも,伊敷台まつりも,1つずつ写真を見ていくたびに,つらかったことや楽しかったことのいろんな経験が,ふわっとよみがえった気がします。(ば・は)

■1学期は,友だちの体の音を聞いたり,川遊びに行ったり,かめ石先生のお別れ会をしたり,泥んこサッカーをしたり,いろいろなことをしました。2学期は,運動会,持久走大会,干し柿作り,鉛筆削り大会,伊敷台まつり,芸術鑑賞会などいろいろな行事がありました。3学期は,半成人式,学習発表会,社会科見学,ドッジボール大会,岡崎さんの特別授業など,いろいろな楽しいことがありました。本当にこの1年で,いろいろなことがあったと思いました。(に・あ)

□私は,1年間をふりかえって,1学期から3学期はとてもたくさんの思い出ができました。1学期は,わんぱく伊敷台,自分の顔を描いたり,春の1日遠足で川で遊んだり,かめ石先生の授業,社会科見学のいろいろなことがありました。2学期は,運動会,伊敷台まつり,鉛筆けずりコンテスト,おみこし作り,持久走大会などありました。この1年間は,とても楽しく,いい1年間でした。(し・ゆ)

■僕はこの1年を振り返って,,いろいろなことがありました。1学期は,泥んこサッカーや社会科見学,2学期は運動会や持久走大会がありました。3学期は,学習発表会がありました。ぼくは,この1年,いやなことやいいことがたくさんあったので,この1年を忘れないようにしたいです。(わ・た)

□4年生を僕は振り返ってみました。まずは,1学期は避難訓練でした。避難訓練は,学校から火事が出たという設定でやりました。次は,自転車体験です。信号とかのおり方を習いました。2学期は,運動会です。運動会では,リレー,かけっことたくさんの種目もやり,楽しかったです。次は,持久走大会です。ぼくは,ビリでした。ぼくは,とても悔しかったです。3学期は,半成人式です。種村先生のお話も聞けてよかったです。次は,岡崎さんのゲストです。岡崎さんに目の見えない生活の仕方とかを教えてもらいました。この1年間,とってもいい記念になりました。(わ・こ)

■先生が,パソコンの中にあるエピソードを見せてくれました。ぼくは,うろ覚えみたいにはっきりとは全部覚えていませんでした。でも,はっきりと覚えているのも結構ありました。いろいろと思い出ははっきりと覚えていなくても,心の中に残っているのでよかったです。(し・こ)

□1学期とか,忘れたことがあったけど,ほとんど思い出されたけど,まだ忘れているのがありました。ぼくは,1年とても面白いことがあったなと思い出せて,本当によかったなと思いました。今度は忘れないようにしたいです。そして,やっぱりいいものだなと思いました。(あ・れ)

■ぼくは,この1年を振り返っていろいろなことがありました。1学期は,着衣水泳,泥んこサッカー,社会科見学がありました。2学期は,運動会,清掃工場見学,高級マンション作りなどがありました。そして,3学期は,学習発表会などがありました。この4年生の思い出の中で,心に残ったのは運動会です。リレーも,かけっこもあとちょっとだったからです。いい思い出ができてよかったです。(と・こ)

□1学期は,わんぱく伊敷台や水泳や嫌なことなどがあってなつかしいと思った。2学期は,悔しいことなど楽しいことを思い出せてよかったです。3学期はつい最近のこともあって,これをしっかり思い出にしたいです。(す・れ)

■ぼくは,先生が1年間を振り返るDVDのようなものを見せて,いろいろ忘れていたことを思い出しました。4年生で楽しかったことは,泥んこサッカー,運動会,学習発表会など,楽しい思い出がたくさんありました。これからも頑張りたいです。(て・り)

□1学期から3学期までいろいろありました。1学期は自分の顔の絵を描いたり,友達の体の音を聞いたり,川遊びに行ったり,かめ石先生のお別れ会をしたり,泥んこサッカーをしたり,いろいろのことをしました。2学期は,運動会へ持久走大会など,行事がたくさんありました。3学期は,半成人式や学習発表会や岡崎さんの特別授業や,ドッジボール大会や,社会科見学など,様々な行事がありました。1年間はあっという間でした。けれど,いま振り返ってみると,様々な行事がありました。この1年間,楽しいこともあれば,悔しいことの繰り返しで,この1年を歩んできました。それも,4の1の友だちの思いやりのおかげだと思いました。(う・は)

■私は,この1年を乗り換えていろいろな経験が出来ました。けんかもありました。1学期は,わんぱく伊敷台,かめちゃん先生の授業,社会科見学。2学期は,運動会,おみこしパレード,伊敷台まつり,持久走大会。3学期は,岡崎さんの授業,学習発表会などなど,いろいろな行事がありました。この1年を振り返ると,いろいろありました。途中の道で壁があったけど,それを乗り越えて今の自分がいると思います。この1年間は,楽しいことがいっぱいでした。(な・ゆ)

□私の1学期の思い出は「泥んこサッカー」です。なぜかというと,最初は汚れるから…と言って避けてたけど,やってみたら,泥んこでサッカーはすごく楽しかったです!もう1つは,「かめちゃんのお別れ会」です。それは,いつも仲良くしてくれて,とっても面白かった亀ちゃんとお別れしないといけない日だからです。そのときは,本当に悲しかったです!でも,楽しく過ごせてよかったです。2学期の思い出は,運動会です。みんなの力を合わせたり,1人だけの力を出したり,楽しかったです!3学期は,岡崎さんの話を聞いたことです!来年も頑張ります。(か・ま)

■これまで,4の1で過ごしてきたけど,やっぱり4の1は最高ーです。今考えると,これまでいろんなハプニングや行事,楽しかったこと,悲しかったことなど,いろいろありました。そんなことがあっても,やっぱり4の1は最高です。ちょー最高です。まだ4の1がいいでーす。(いれ)

□ぼくは,1年を振り返って,楽しかったことを思い出しました。それは,運動会と川遊びです。運動会の理由は,リレーで1位はとれなかったけど,一致団結をしてやったから,楽しかったです。川遊びの理由は,みんなで川の中に潜ったり,水を掛け合ったりしたから楽しかったです。もうすぐで4年生は終わりだけど,これからもみんなと仲良くしたいです。(は・た)

■1学期は,泥んこサッカーです。しょう君と面白いポーズを取ったりして楽しかったです。足も痛くなったりして,本当に心に残りました。2学期は,持久走大会と運動会でしょう。持久走大会はよい結果ではなかったけど,一生懸命に走れてとてもいい行事でした。運動会は,応援団やよさこいソーランなどして,心にとっても残りました。3学期は,半成人式と学習発表会と岡崎さんの話です。半成人式は,金村先生の話など聴けて,とっても一生残る式でした。学習発表会は,「れい」などの合図など,セリフもいっぱい言えて,楽しかったです。岡崎さんの話や特技などを聞けて,「すごい」「やべ,人間か」など,特技を見てびっくりしました。1年間はいろいろ心に残ったりして面白かったです。(か・き)

□私の1学期の思い出は,春の1日遠足です。みんなでいっぱい遊べてとても楽しかったです。特に,川遊びが楽しかったです。理由は,びしょぬれになって水を掛け合っては遊べたからです。2学期の思い出は,たくさんあります。でも,その中でも心に残っているのは運動会のリレーとマーチングです。リレーは接戦が多くて心に強く残っています。マーチングは,演奏直前に雨が降り出して,やらないのかと思いました。でも,雨が止んでみんなでいい演奏ができたのでよかったです。3学期は,半成人式が心に残っています。たくさんのお母さん,お父さんが来て,歌を歌ったりしました。この1年で,たくさんのことがありました。みんなで楽しくできたのでよかったです。4の1はうるさいけれど,とても楽しくて,優しいクラスだと思います。助けてくれるし,いつもスマイルないいクラスになれてよかったです。(し・ひ)

■この1年間は,とても短かった気がします。1学期のことで1番印象に残っているのは,命の授業とかめ石先生といっしょに算数の授業と体育の授業をしたことです。2学期のことで,1番印象に残っていることは,運動会の全員リレーで,惜しくも2位だったことです。本当にあれは惜しかったと思います。3学期のことで1番印象に残っていることは,学習発表会です。何回も練習して,本番で1番いいのができたと思います。このように,たくさんの思い出がありました。あと少ししかないけれど,しっかり頑張っていきたいです。(ほ・た)

□この1年を振り返って,1学期うるさくてひどかった僕は休んでばかりでした。けど,2学期は,1回も休まず学校に行くことができました。それに,1学期や2学期は宿題を忘れてばかりいましたが,3学期になると宿題を忘れることが減りました。ぼくは,1学期から3学期までで,少しは成長できたと思います。(う・じ)

■私は,この1年を振り返って,いろいろな経験をしました。運動会へ持久走大会や遠足,様々な授業がありました。命の授業では,おなかにいる赤ちゃんのことがいろいろわかったり,体育の授業では走ったらなぜ息がはあはあなるのかを確かめたりしました。1年を振り返って,いろいろなことがあったなと思いました。まだまだこれからも頑張りたいです。(た・り)

□この1年を振り返って,私に取って,とてもいいクラスだったと思います。1学期の思い出,体育の時間に命の学習や1年生を迎える会や,1日遠足や泥んこサッカー,かき氷作りがありました。私がこの1年を振り返って,うるさかった日々もあったけれど,ときにはいいことがあり,宿題なしの時もありました。2学期は,運動会やえんぴつけずりコンテストや持久走大会がありました。えんぴつけずりコンテストは,私は選ばれなかったけど,とってもすごく削れたと私は思いました。3学期は,学習発表会がありました。その日は1つがっかりしました。それは全員そろわなかったこと。でも,みんな練習よりよくできたと思いました。(い・れ)

■ぼくは,1年を振り返っていい思い出などがありました。遠足や,運動会や,持久走大会などいっぱい行事がありました。1番心に残ったことは,遠足です。なぜかというと,川遊びや遊んだりしたからです。ぼくは,1年を振り返り,あっという間の1年だと思いました。(か・た)

□私が1年を振り返って思ったことは,いろいろなことがあったけど,短かったなと思いました。例えば,1学期は泥んこサッカーやプール,に学期は持久走大会や運動会。3学期は,半成人式や岡崎さんの話を聞いたり,いろんなことがありました。でも,あと少し3学期があるので,あと少しの3学期で楽しいことをしたいです。(い・し)

■1年間を振り返って,私はとても短い1年間だったと思いました。1番楽しかったのは,運動会です。その理由は,みんなで楽しくできたからです。あと,伊敷台まつり,持久走大会,ほしがき作り,遠足の社会科見学などいっぱい楽しいことがありました。学習では,授業中はうるさいことが少し静かになってきたと思いました。あと少しの日でも,もっともっと静かな授業を,静かにしていきたいと思いました。1年間を振り返ってみて,とても短い1年間だったと思います。(お・な)

□ぼくは、今年のことを覚えていません。でも、ビデオを見て、こんなことがあったなと思いました。一学期は、春の一日遠足、どろんこサッカー、かめいし先生のお別れ会。二学期は、運動会、ほしがき作り、えんぴつけずりコンテスト、社会科見学。3学期は、ドッジボール大会、学習発表会。今、思い出すと、いろいろなことがあったなと思いました。(し・し)

■一学期、二学期、三学期、いろいろなことがありました。
 一学期心に残ったことは、どろんこサッカーです。どろんこサッカーは、一回ぐらいけられたからです。
 二学期は、持久走大会です。持久走大会は、十七位でした。もっとがんばりたいです。
 三学期は、学習発表会です。みんなの前でめっちゃきんちょうしました。
 四年生、とても楽しかったです。(と・は)

◆3.11レポート

             い・れ 
  今日、4時間目に2011年3月11日に大きな、大変なことにあったつなみのDVDを見ました。実は、わたしのいとこは、神奈川県、東京にいるので、つなみにも大変なことにあったのです。今日で、ちょうど3月11日なので、つなみがあって3年たったのです。
 わたしが見て、感想は「つなみはこわい」とわたしは小さい頃から思っていました。
 小一のころ、つなみがあったとき。わたしたち家族みんなは、東京と神奈川のいとこ達がすごく心配になり、そのいとこに電話をかけても通じなくて、ニュースを見ると、神奈川県と東京は、電話が通じないと書いてあった。 わたしは今でもすごいおぼえています。今は、そのいとこ達に荷物を送っても、返事が届かないので、そのいとこ達は「もう亡くなっているのかなあ」とわたしは思っています。
 つなみは、黒くてきたない色をして、気持ち悪い色をしていました。2011年におこったつなみがとまるまで、3時間もかかって、逃げる人たちは、すごい大変だったと思いました。
 神奈川県のいとこ達と再会できたのは、2年半ぐらいに再会できました。そのいとこは、
「つなみにあって、すごい大変だったよ!お家も車も流れた方もたっくさんいて、つなみにまきこまれて、亡くなった方もけっこういるんだよ!だから、れんたちも、つなみにあったらすごいつらくて、ごはんも食べられなくなるから、きをつけてね。」
と言っていました。つなみは、すごいこわいと思いました。
 そして、2時46分になったら、亡くなった方や大変なことにあった方のために、もくとうをしました。とってもこわいことなんだなあと思いました。

2014年3月14日 (金)

天までとどけ2013/第79号:3・11~東日本大震災を見つめる

 三月十一日。やはりこの日は、語る必要がある…と、特別授業を実施しました。
「4時間目は、特別授業をし ます。」
と伝えると、「やったー」という歓声。「いのちの学習」に興味津々の子どもたちです。続いて、彼らは
「今日は、何について?」
と聞いてきました。わたしは、
「今日語らずして、いつ語る か…という話だよ。」
と答えると、
「あ、震災についてだ!」
 やはり、子どもたちの意識の中にも「3.11」はしっかりと存在しているのです。
 あの日から三年、四年生を終わろうとする今の子どもたちと共に、「震災」をわが身に引き寄せ考える時間を持ちました。材料は、朝刊と震災を記録したDVD。皆、深く、受け止めてくれました。
 それでは、その日の宿題、「わたしの3.11レポート」からご紹介します。

★3.11レポート

  あれから3年  し・ひ
 今日は、東日本大震災が起こった日です。テレビでは、全部の番組が、この震災について話しています。
 今日の4時間目は、震災について学びました。私は、あのテレビを見ているときは、とても怖くなりました。思わずふせてしまいました。自分がそこにいたら…と考えると、怖くなりました。1分以上の地震。そして、みるみるうちに波が押し寄せてきました。恐らく、その場所にいた人は、パニック状態で、怖かったと思います。私が感じた怖さの何百倍も怖かったと思います。今日見たテレビには、もし何かあったらどこに逃げればいいのかを確認しておくといいと言っていました。パニック状態で、どこに行くのかがわかるからです。高台に車でどうやってきたか覚えていないという人もいました。
 私は、改めて地震は怖いなと思いました。3年経っても、まだ傷跡が残っています。福島の方々に福島の回復を願っています。

  地震・津波を乗り越えた人から学んだこと  む・ゆ
 今日は、津波が来てから3年たちました。まず、ビデオを見ました。私は、映像を見て、あんなことがあったらどうしよう。どうしたらいいかわからなくなって、怖くなりそうです。家では、こんな話をしました。まず、おばあちゃんが「幼稚園のニュースを見た?(震災時の)お遊戯会の時に、マニュアルを無視して「帰れ」と言って、バスで帰って行ってね。さとうあいりちゃんという子が、返っている途中で亡くなったんだって。悲しいね」と言っていました。けれど、それを聞いて何も言えなくなりました。夕方、そのあいりちゃんと妹のじゅりちゃんのことが紹介されていました。お母さんは、「バスに乗らないで。」「バスが下の方(海のある方)に行かないで。」という言葉が映像を見るたびに思います。そして、妹のじゅりちゃんは、手紙を書いていました。それは、あいりがいれば楽しいのに、じゅりは楽しくない。あいりがもどってみられればいいのに。願うのはただそれだけ。小さいのに、こういうことを思うのは、相当ひどかったんだと思いました。もう1個言っていた言葉があります。それは、お母さんが「心からは楽しめない。」と言っていました。あと、保護者会議を行っていて、マニュアルを職員に配っていないのかと聞いたら、していないと言っていました。それを聞いた私は、配布していたらだれか1人でも職員が注意していたかもしれないのに、と思いました。天皇陛下が「国民みんなが寄り添って心をひとつにすることが大事」と言っていました。そのあと、ちょうどCMで神様のカルテという映画の予告で、人は寄り添うことで救われると書いてありました。もとは寄り添うことも大切なんだということもわかりました。そして、震災で行方不明の人・亡くなった人に言いたいことがあります。それは、2度と起こらないといいですね。でも心配してくれている人はたくさんいます。車での非難をして助からなかった人、もっと早くから訓練の時にでも注意しとけばよかったのにとテレビで見て思います。早く注意しなくて助からなかったりした人のことを思うと、胸がとても苦しくなります。そして、私は今度からコンビニなどで募金に行ったことはなかったけど、しようと思います。少しでもできることがあればやろうと思います。1年生の時にテレビが全部津波のことになったとき、すまないと思っていました。でも、今思ってみると、つまんないではなくて、あてはならない大切なことを、同じ人間がたくさん亡くなった悲しい小さなことではなく、大きなことだと言うことを学びました。

  東日本大震災から3年経って  う・は
 私は、東日本大震災の時は、1年生でした。私は、福岡県に住んでいました。
 テレビで、大震災の津波や、自信などを見てみました。すると、家やフェリーや車などがどんどんと流されていました。地震では、電気は消えたり、ついたりして、いろいろなものが落ちてきました。その時は「怖い!」見ながら泣いていました。そして、今日3年ぶりにまた見てみました。前見た通りに、家やフェリーや車などがどんどん流されていっていました。後、地震では電気が消えたり、ついたりして、いろんなものが落ちてきました。とても怖くて泣きそうでした。
 まず、「津波が来る」と聞いたら、高いところに逃げる。あと、大事なものなどは取りに帰らないなど教えてくれました。もし私が、この恐ろしいのを体験したら、このことを守りたいと思いました。自分の命と家族の命と友達の命を守りたいと思いました。

  東日本大震災  と・ゆ
 震災を、テレビや新聞で見たけど、報道されたのは1部だけで、大勢の人が悲しい思いをしたと思います。震災に遭っていない私たちには、想像のつかないことが起きたと思います。3年経っても苦しんでいる人がたくさんいます。5年、10年経って、町がきれいになっても、心の傷はきれいにならないだろうと思います。震災は、いつ自分たちに起きてもおかしくないと思います。その時、どうやって乗り越えられるだろうかと考えさせられます。しかし、新聞記事の裏で、何人もの人が苦しんでいるというのに、ずるがしこい考えを持つ人がいます。きふだと言って、金を集め、本当は自分のお金に使ったり、福島原子力発電所が事故を起こして、放射能があるので避難しているすきに、だれもいない家の中に入り、お金を盗んだりしています。こんな考えを持つ人ほど恐ろしい人間はいないと思います。

  とても怖いこと  て・り
 今日の4時間目に、東日本大震災のあった時のDVDを見ました。
 高台に逃げるようにと言う言葉と、サイレンが聞こえます。それから、何十分かたつと、海の水が陸に流れ込んで行きます。家や車、舟も流れて行きます。僕は、この映像を見て、これがまた起きたら「とても怖いな」と思いました。
 今日で、東日本大震災から3年経ちました。テレビでもいろいろなチャンネルでもやってきました。
「まだ復興が遅れて、まだ町に戻れない人達もいるからかわいそうだよね」と母が言いました。
「また、ああいう地震などがもう起こらないでほしいね」と言いました。
 地震などが起きて被害を起こしたら怖いと思いました。

  東日本大震災  お・な
 今日は、3.11…3月11日、東日本大震災の日です。私は、おうちに帰ってから、テレビを見ました。東日本大震災を見て、いえ、車、人、船などが津波で飲み込まれていました。
 特にテレビで見ると、やっぱり津波、大きな地震は「怖いなー」と1番テレビを見て思いました。
 でも、それに大きな地震と津波を体験した人は、その時に記憶がない人がいっぱいいたと、テレビを見て思いました。けれど、この東日本大震災を見た人、体験した人は「すごく怖かった」と思いました。
 この東日本大震災は、大きな被害が出てて、家事など、いろいろな大変な災害だったとテレビを見てそう深く思いました。

 かなしさとこれからの教訓  ま・ゆ
 3月11日、今日、東日本大震災から3年が立ちました。教室で見たテレビは、途中とても怖くてみるのをやめ、少し目を閉じていました。東北では、命を守るため、必死に頑張っているのに、こっちでは少しのことを気にして、争っています。そんなことでよいのでしょうか?そして、家で、「NHKスペシャル」を見ました。東北では、震災の時、大変な中でも助け合っている人がいました。そして、「私たちには関係ない」と思っていても、いつ何が起こるかわかりません。家族と避難場所を話し合い、もし何か起こったとき、どうすればいいのか考えました。とにかく、その状況に合わせて、すぐに逃げたいと思います。今回の東日本大震災から、このようなことを習うことができました。涙だけでは悲しみきれないかなしさと、これからどうすればいいか、未来の教訓になったと思います。この日のことを忘れずに生きて行きたいです。

  怖い東日本大震災  し・こ
 今日は、4時間目にビデオを見ました。それは3年前の東日本大震災のビデオでした。まず最初に、女の子が話をしていました。そして次に会社の様子が映し出されました。ぼくは、地震が起きた様子を見て、すごく胸の底から「ぞーっ」としました。なぜかというと、あまりのゆれに書類が落ちて、電気が付いたり消えたりしていました。僕は、見ているだけなのに、すごく苦しくなってきたり、きつくなってきました。恐ろしいことは、味わっている人だけじゃなく、見ている人にもすごく大ダメージを与えていました。
 ぼくは、この立場に僕がいたらとか、怖いことを考えただけで気持ち悪くなります。ぼくは、これからは、そういうことがないことを願います。そして、募金活動とかがあったら、助けるためだと思ってして行きたいです。そして、学校で黙とうがあったとき、僕は「こういうことが2度と起こりませんように」と思いながらしました。家に帰って、お母さんにビデオのことや思ったことなどを話しました。すると、「恐ろしいことがもう起きなければいいね」と言っていました。僕はその通りだと思いました。

2014年3月13日 (木)

天までとどけ2013/第78号:参観授業「わたしたちは、なぜ学校に行くのか」~二つの「いのち」から考える3~

★子どもの感想~3

  びっくり!  う・は
 今日、5時間目に「なぜ学ぶのか」について考えました。まず、「僕たちはなぜ学校へ行くのか?」と「いのちが終わるとき」です。私は、びっくりしたことがあります。外国では、女子は学校に来たら銃で撃たれるそうです。(※すべての外国がそういうわけではありません。)私は、とてもびっくりしました。私は、学校に行けることが幸せだと思いました。なぜ学校に行くのかというと、私は将来のためにいくと思います。このいのちの学習は、びっくりしました。

  授業参観、いのちの授業  ば・は
 今日の5時間目に、授業参観でした。授業参観は、いのちの授業で、1年生で白血病で死んでしまったともき君の話は、よく頑張ったんだねと思いました。
 マララさんは、「学校に行きたい」と下校中に銃で撃たれてしまったそうです。いのちを取り留めてよかったと思いました。学校に行きたいという2人の願いは、すごく強く感じました。

  最後の授業参観  に・あ
 今日の5時間目に、最後の授業参観がありました。いのちの授業をしました。西村ともき君という人と、マララさんという人のことを勉強しました。
 西村ともき君は、1年生の時、7歳2カ月という短いいのちで亡くなりました。私は、おねえちゃんの作文を読んで、ジーンときました。熱があっても、運動会に出ようとしている姿が、とても心強いなと思いました。とても感動したお話でした。
 マララさんは、悪い軍団から「学校へ行くな。行ったら殺す。」と言われて、マララさんがどうしても勉強したくて、学校に行って、下校しているときに頭を銃で撃たれて、意識不明になったそうです。その話を聞いたときは、とてもびっくりしました。あと、とても貧しいところだそうです。私は、いのちを大切にしたいと思いました。

  いのちの授業~なんのために学ぶのか~  た・も
 私は、今日の授業で、学校に行きたくてもいけない人たちを知りました。たぶん、普通に通っている学校。私たちには普通だとしても、それをうらやましいと思う人達もいるのです。これを知って、学校に通えている有り難さは、そして、大切さを改めて感じることができました。
 西村ともきさんやマララ・ユフスザイさん、学校に行くために、一生懸いのちでした。私は、そういう人達のためにも、学校に行きたいと思います。

                し・し
 今日、西村ともきくんと、マララ・ユフスザイさんのことの授業がありました。2人には、ある共通点があります。それは、学校に行きたいことです。知己君は、生まれたときから体が弱くて、運動会の数日後に亡くなったそうです。なくなる前は、「学校に行きたい」と言い続けたそうです。
 そして、マララ・ユフスザイさんは「女子は学校に行ってはいけない」と言われて、どうしても行きたくて、じゅうで打たれて、死にかけたそうです。僕たちは、普通に学校に行っているけど、行けない人もいるので、大事に行きたいなと思いました。

  5時間目  て・り
 ぼくは、5時間目の授業で、学校に行きたくても行けない国もあるんだと思いました。学校に行きたいと行って、打たれてしまった人達もいると聞いて、とてもびっくりしました。
 作文を読んだときに、題名をつけるのは何にしようかとても迷いました。でも、僕は、「頑張ったね、ともき」という題名をつけました。
 勉強はとても大変だけど、とても大切なので、これからも頑張ってやりたいです。

  いのちの勉強  し・ひ
 私は、2人の話を聞いて、「学校に行きたくない」と思う時もあるけど、学校に行きたくてもいけない人だっているんだということがわかりました。「学校に行ったら殺す」といわれて、銃で撃たれた人もいるということを初めて知りました。
 ともき君は、病気で短いいのちとなってしまいました。でも、ともきくんは、「学校に行きたい」といって運動会も出ています。どうしても学校に行きたくて、友達と遊んだりしたかったのに、わずか1年生という短いいのちでした。でも、私はこの話を聞いて、生きることの大切さを学びました。必死で生きて、学校にもしっかり行って、こんな学校に行けない人もいるということを忘れずにいたいです。

  命の大切さ  し・こ
 今日は、授業参観で、命の大切さの勉強しました。ぼくは、学校に行きたくないと思う時もあるけれど、学校に行きたいと思う人も死んでしまった人の中に入るので、ぼくは学校に行きたくないと思うところをけしたいと思います。そして、命が大切だということを、一生心に刻んでおきたいです。

  命の授業  お・な
 今日、命の授業が5時間目にありました。西村ともきさんの話をしてくれました。ともきさんは、7歳2カ月で亡くなりました。その子には、彩さんというお姉さんがいました。ともきさんは大手術を見返したそうです。ともきさんは学校に行きたいけど、病気で行けなかったそうです。とてもかわいそうだなと思いました。
 あと1つ、マララ・ユスフザイさんの本も読んでくれました。外国では、女子が学校に行ったら銃で撃たれるそうです(※そうではありません)。あと、他に小さい時から結婚をして家事をするところもあるそうです。
 命の授業をして命の大切さがわかりました。

  命の授業  い・し
 私は、ともき君のお姉ちゃんが書いた作文を読んで、ともき君は学校が好きでたまらなかったんだろうなと思いました。でも、ともき君のお姉ちゃんは、ともき君が死んだことで一生懸命生きることの大切さに気付いたと書いてありました。私は、すごいなと思いました。
 もう1人の女の人は、学校に行きたかったけど武装グループを1人「学校へ行ったら殺す!」と言われました。でも、その女の人は、学校が大好きで学校に行ったため、銃で頭を打たれましたが、奇跡的な手術のため、命を取り戻しました。それで、その女の人は言葉の大切さに気付いて、声を上げて行こうと書いてあって、また「すごいな」と思いました。

  命の授業の感想  は・た
 今日、5時間目に、命の授業をしました。ぼくは、ともきさんはよく頑張ったなと思います奥田料金などに、学校には行きません。なぜなら、学校に行ったら、悪化するから行きたくないけど、ともきさんを友達と一緒にいたいから学校に行くとはすごいなと思いました。
 あともう1人すごい人がいました。それは、マララ・ユスフザイさんです。この方は、「学校に行きたい」といって拳銃で殺されかけた人です。この方は、15歳から女の子を学校に行けるよう呼び掛けをしている人です。ぼくは、すごいなと思いました。ぼくも頑張ってそんな人を助けたいです。

  義務教育  う・じ
 今日、五時間目に学校になんのためにいくのか?を、先生が聞いてきました。ぼくは、勉強するため、友達と遊ぶためということがすぐ頭にうかびました。みんなも、同じようなことが浮かんでいました。
 それで、先生が「今から、1年生で亡くなったことを話をするよ」といいました。ぼくは、すぐ「あの子だ」と思いました。その子の名前は、ともきくんでした。何か聞いたことがありました。そして、ともき君のお姉さん、あやさんが書いた作文を、先生が読みました。ぼくは、すごくともき君は学校が好きだったんだなと思いました。
 そして、ともきくんが最後まで生きようとしているということがわかりました。ぼくは、ともき君に命を大切にするということを教えてもらった気がします。
 次に、最後まで学校に行きたいと言い続けた女の子の話を聞きました。その女の子は、まだ15歳で、「学校に行きたい」といい、頭を打たれたそうです。なぜ打たれたのか、それは、学校に行きたいといっただけで銃で撃たれたそうです。日本は小学校から中学校までは義務教育なので、親は子供を学校に行かせる権利があります。しかし、その女の子の国は武装グループが入ってきて「学校へ行くな、行ったら殺す」と言われていたそうです。子どもは、学校に行く権利があるんだと僕は思います。

  感想  と・は
 今日、いのちの授業がありました。僕は、ともき君という人をこの授業で知りました。とも聞くんは、白血病という病気で、それでも学校に行きたいという気持ちがわかりました。ともき君は、運動会に出て、熱が下がらなくて死んでしまいました。ぼくは、そんなに学校が好きだったんだなと思いました。

  命の授業の感想  と・こ
 今日の5時間目に、命の授業がありました。なぜ学校に行くのかという話でした。西村ともき君という人のお姉さんが書いた作文を読みました。マララ・ユスフザイの話もありました。これらの話を聞いて、なぜ学校に行くのかがわかったような気がします。それは、勉強や友達などができていろいろ学べるからです。

  命の学習  お・せ
 今日は、いろいろ学習をしました。ともき君とマララさんの話をしました。ともき君は、病気にかかってしまい、7歳2カ月という短い命でなくなってしまいました。マララさんは、「学校へ行くな!行ったら殺す」と言われ、下校中に頭を銃で打たれてしまいました。ですが、奇跡的に回復を遂げたい命は助かりました。このように、命を落としてしまう。そのようなことを、ぼくはならないようにしたいです。

  学校へ行く意味   す・れ
 ぼくは、ともき君とマララ・ユスフザイさんから、いろいろなことを教えてもらいました。ともき君からは、普段の生活では体験できないものが学校にあるから、そのできないことを体験できる楽しさや、マララ・ユスフザイからは、同じ世界でもまだ学校に行けない人がいるのだから、自分たちができることを探す力などを学びました。ともき君とマララ・ユスフザイさん、教えてくれてありがとうございます。

2014年3月11日 (火)

天までとどけ2013/第77号:参観授業「わたしたちは、なぜ学校に行くのか」~二つの「いのち」から考える2~

★子どもの感想~2

  いのちの授業  ほ・か
 今日は、いのちの授業がありました。最初は西村知己君の話をしてくれました。その知己くんは、二歳の時におなかにしゅようができ、入院していたそうです。やっと元気になったかと思いきや、今度は白血病にかかってしまったのです。そして、知己君は小学生の運動会の時に出たいと思って、運動会に出たそうです。だけど、知己君は白血病だったので、運動会が終わってすぐに四十度の熱が下がらなくなってしまったのです。知己君は、それでも「学校に行きたいよー」と言っていました。だけど、その数日後の十一月十七日、七歳二カ月の短いいのちだったそうです。
 次に、マララ・ユフスザイさんという学校に行きたくても村人に「学校に行くな!行ったら殺す!」と言われた人がいたそうです。そのマララさんは、学校に行ったら頭を銃で撃たれたそうです。でも、奇跡的な回復をして、治ったそうです。ぼくは、この人達はすごいなと思います。ぼくは、このいのちの授業をとても大事な授業だなと思いました。

  いのちの授業  わ・こ
 今日のいのちの授業のテーマは、「なぜ学校に行かなければならないのか」というテーマでした。ぼくが一番心に残ったシーンが一つあります。それは、知己君、知己君は二歳の頃から病気にかかってしまい、二年に入院したのです。それで、やっと回復してどんどん学校に行っていたのです。それで、ある日体育ができないに運動会の親子種目だけいけるといわれたのです。それで、親子種目をやった後、四十度の熱が出て、なくなってしまったのです。ですが、知己君はとても生きている時をかんばっていて、思わず涙が出そうでした。ぼくも、知己くんみたいに一生を頑張って送っていきたいです。

  授業参観の感想  な・ゆ
 今日の五時間目に、授業参観でいのちの授業がありました。でも、テーマは、いのちの授業ではなくて「なんのために学ぶのか」というテーマでした。
 西村知己さんという男の子がいました。その子は、もうなくなりましたが、西村知己さんとお姉さん、彩さんはすごいと思いました。
 マララ・ユフスザイさんもすごい人です。
 西村知己さんは、病気でも運動会に出てすごいし、彩さんも素晴らしい作文を書いたり、マララ・ユフスザイさんは、「学校に行きたい。女子も学校に行く権利がある」とかっこいい言葉を言いました。
 西村知己さん、あやさん、マララ・ユフスザイさん、この3人はとても素晴らしいです。

  いのちの授業  ひ・の
 今日、いのちの授業がありました。今回は、なぜ学校に行くのかといのちが終わるときという本の内容を教えてくれました。いのちが終わるときは、先生も協力した本だそうです。ぼくは、先生が協力した本だと聞いて驚きました。いのちが尽きるまでは、ある男の子が出ています。ぼくは、その男の子が七歳二カ月で死んだことを聞いてとても驚きました。その男の子は、二歳の時に病気にかかって入院していて、その後をその病気は治ったけど、別の病気にかかったけど学校に入りました。ぼくは、大丈夫なのと心の中で思いました。ある時、男の子が親子リレーに出たいといったので、学校に頼み、出してもらいました。出番が終わった後に、四十度の熱が出ました。なかなか下がらないぐらいでした。数日後、亡くなってしまいました。ぼくはとてもかわいそうだなと思いました。
 もう一つの本は、ある女の子が学校に行きたいといったら、じゅうでうたれて死にかけたけど、奇跡的に助かった女の子が、こうぎをした話です。ぼくは、このお話を聞いて生きる大切さと学校に行くことは幸せだということを学びました。もっとこの話を広げて行きたいです。

                  あ・れ
 あんなに学校に行きたい気持ちがあるんだなと思いました。だけどぼくは、学校に行きたくない時があります。だから帽子も行きたくなくなったら、二人の気持ち、学校の大切さをできるだけ思い出したいと思いました。そして二人のおかげですごい大切なことがわかりました。

  学活  わ・た
 今日の学活の時間に、いのちの授業をしました。まず、知己君という七歳二カ月で死んでしまった子です。知己君は、高熱が出ても、学校に行きたいといっていました。知己君は、運動会で一つだけ許された競技は、親子リレーで、運動会が終わったら、高熱を出して死んでしまいました。
 次は、「女は学校に行かなくていい」といわれ、「行ったやつは殺す」と言われたのに、女の子が「どうしても行きたい」と言い、行ったら頭を打たれて殺されかけた人がいました。ぼくは、世界では学校に手で子どももいるんだなと思いました。

  いのちの授業  し・ゆ
 今日、友人の授業で、二人の紹介をしてもらいました。
 一人目は、西村知己くん、二人目はマララさんでした。
 一人目の知己くんは、白血病にかかってしまい、それでも「学校に行きたい」と言って運動会の親子リレーに出て、次の日に四十度近くの熱が出て、入院して亡くなってしまいました。先生が、画面に写っている知己くんの写真を見て、「これが知己くんの最後の笑顔です」と言って、びっくりしました。
 二人目のマララさんは、パキスタン人で、そこでは女の子は学校に行ったらダメでした。そして、「行ったら殺す」と書いていて、怖く感じました。私たちのように、毎日学校に行けている人もいれば、貧しい人達は学校に行けなくて、私たちは学校に行けるだけで幸せなんだと思いました。

  いのちの授業で…  と・り
 私は、五時間目のいのちの授業で、学校に行けることがどんなに幸せなことなのかを知りました。西村知己さんや、マララさんの本を見ました。知己さんは、熱が四十度まで上がっても、「学校に行きたいよう」と言ってきかなかったそうです。マララさんは、「女の子は、学校に行かなくていい」ということに反対して、頭を打たれてしまいました。
 私たちが、いつものように通っている学校を、知己さんやマララさん、他にもたくさんの人が「行きたい」と思っているのを知り、普通に行っている学校をもっと大切な気持ちで行こうと思いました。

2014年3月10日 (月)

天までとどけ2013/第76号:参観授業「わたしたちは、なぜ学校に行くのか」~二つの「いのち」から考える~1

20140305  五日の授業参観日は、忙しい中たくさん集まっていただきありがとうございました。今年度最後ということで、子どもたちも幾分緊張した様子でしたが、授業後のPTAでは、「成長した姿が見られ、安心した」という感想をたくさん出していただきましたので、ほっと胸をなで下ろしています。
 さて、授業の内容は、最後の参観にふさわしいものにしたいと考え、やはり「いのちの学習」で締めくくることにしました。私が、種子島勤務時代に知り合った西村徹さんの息子で、小児がんで亡くなった知己君と、パキスタンの武装勢力から銃で撃たれ奇跡的に一命を取り留めたマララ・ユフスザイさんの二人の「いのち」から、改めて、学校で学ぶことの意味を考えてもらいたいと思いました。
 当たり前のように学校に来て、当たり前のように学んでいる子どもたち。時々は「学校に行きたくないな」「勉強したくないな」…と思うこともあるでしょう。人間ですからそれは当たり前のことですが、この地球上には、病気や国の状況、貧困…といった様々な理由で、「学校に行きたくても行けない」「生きたくても生きられない」子どもたちが、たくさんいるということを知っておくことは、とても大切なことだと思います。そのことが、「よし、頑張ってみよう」という勇気や元気につながるならば…と願います。
 そして、「学ぶ」ということの意味を問いつつ学ぶことの大切さ。自分を表現するために、その力を蓄えるために学校で学ぶのだということを、しっかりと胸に刻んでおいて欲しいと思います。
 それでは、子どもたちの感想を何回かに分けて紹介していきます。

子どもの感想~1★

  幸せだな  い・れ
 ぼくは、学校に行けることは幸せなことなんだなと思いました。理由は、パキスタンのマララさんは、「女なんて学校に行かなくていい」と言われ、銃で撃たれ、知己君は、学校に行きたかったのに7歳と2カ月で亡くなってしまいました。僕たちの学校で学んでいることは、将来、そして今役立つことです。学校は、とても素晴らしいところです。ぼくは、いつもいろんなことを教えてくれる学校に感謝したいです。

  命の授業  た・こ
 今日、命の授業がありました。知己君と、マララさんの授業がありました。
 知己君は、白血病で7歳2カ月亡くなるなんて、信じられませんでした。2歳の時におなかに腫瘍ができ、2回の大手術を乗り越えてきたなんてびっくりしました。知己君のように、最後まであきらめずに命を使いたいです。
 次は、マララさんです。パキスタンで、「女は学校に行くんだ、といったら殺す」と言いました。だけど、勉強したくて行って、下校中武装グループに銃で頭を打たれ、死にかけたそうです。この経験を生かし、いろんなところで演説をしました。これを聞いて、僕も平和な社会にかかわることをしたいです。

  いのちの学習  き・こ
 今日の5時間目は、授業参観だったので、たくさんのお母さんが見ている中で授業をしました。
 命の授業では、最初に西村ともきくんの話をしました。とても悲しかったけど、学校に行きたいという気持ちが強くて、すごいなと思いました。
 次に、マララさんの話をしました。ぼくは、本当のことをいって打たれるなんて、かわいそうだなと思いました。
 これからも、学校に行けることを大事に思っていきたいと思います。

  西村知己君  と・ゆ
 ぼくは、知己君のお姉さんの作文を読んで、行きたくないと思っている学校は、世界中の人で学校に行きたくてもいけない人達が望んでいる学校だし、何人もの人が、病気や障害で行けなかった学校だったんだなと思い、今生きている人生は、何者人がのぞんでもかなわなかった人生だなと思いました。
 今世界中で様々な子が学校にいけません。そこで、僕が大きくなったら、世界中の子が平等に差別がなくなるように、世の中を作り直していきたいです。

  命の学習(授業参観)  た・り
 今日の5時間目に、授業参観がありました。授業参観では、命の学習をやりました。
 今日は、なんのために学ぶのかを調べました。マララ・ユスフザイという人は、学校にいきたくて死にかけたそうです。私は、起きたら毎日のように学校に行きたくないなと思うけど、ユスフザイさんは、私と違って学校に行きたいといっているのですごいなんて思いました。ユスフザイさんの本と話を聞いてびっくりしました。どこにビックリしたかというと、女は学校に行ったらダメだということを聞いて、すごくびっくりしました。あと、ともきくんのお姉ちゃんが書いた「ありがとう知己」を聞いて、すごく感動しました。これからも頑張りたいです。

  命の大切さ  か・た
 今日、命の授業がありました。テーマは、なぜ学校に行くのかということについて考えました。西村知己くんは、きつい白血病でも頑張って乗り越えたけど、運動会の後に熱が出て、死ぬのはかわいそうだと思いました。外国でも、学校に行かせないようにするのはひどいと思いました。ぼくは、命の大切さについて知りました。

  話を知って  ほ・た
 今日の授業参観に、命の授業をしました。まず、知己君の話を聞きました。ぼくは、知己君の話を聞いて、よく学校に行きたいなと思ったことにとても興味を持ちました。ぼくは、学校が休みになったらとても喜びます。どうして知己君は熱を出してでも学校に行きたいといったのでしょうか。ぼくは、学校に行きたくはないけれど、学校に行かないといけないので、ぼくも知己君が学校に行きたかったという気持ちも、ぼくはたまに考えたことがあるような気がします。

  最後の学習  か・ま
 今日、命の学習をしました!知己さんと、マララ・ユスフザイさんのことを教えてもらいました。知己さんは、1年生の時に亡くなってしまいました。その前、運動会に出たので、知己さんにとっていい思い出になったんだと思います。マララ・ユスフザイさんは、「学校に行きたい」と言って、銃で撃たれたんです。私は、女の人も学校に行く権利があると思いました。最後の授業参観、すごく楽しかったです。

  命の学習(授業参観)  い・れ
 今日、5時間目に、4年生で最後の授業参観がありました。私たちのクラスは、命の学習でした。西村知己さんは、小さい頃から病気で、最後の運動会は出たけれど、数日したらもうなくなっていた方です。知己さんは、辛くて重い病気を持っていたけれど、知己さんは、学校のことも考えて頑張って学校に行くのは、とってもすごい方だと私は思いました。でも、亡くなったのはすごく悲しいことだと思いました。
 もう1人の方は、すごいかわいそうだと思いました。なぜなら武装グループに打たれたからです。
「学校に行くな!行ったら殺す!」と言われたからです。そのグループは、すごくとっても怖い、恐ろしいと思いました。
 2人とも、すごいけれど、怖いこともいろいろあるけど、それを乗り越えるのはすごいと思いました。

  命の授業の感想  や・よ
 今日の5時間目、命の学習をしました。学習の中でこんな本が出てきました。少女が「学校に行きたい」と言っても、兵士に「学校に行くな。行ったら殺す」と言われた話です。もし自分がそうなったら、死にたくないので学校に行きません。先生は、授業参観の時、いつも命の授業をします。先生はそれだけ、命を大切にしてほしいんだなと思います。ぼくも命を大切にしたいです。

  学校に行けるということ  ま・ゆ
 命の授業で、知己君と、マララさんのことを勉強しました。私が行った今日の学校は、命をかけてまで、そして「学校へ行ったら殺される」といわれ、命がけで行った人達の願い、そして「こうなったらいいな」と思う、想像の中に入っていると思います。たくさんの人達の願いに応えられるように、楽しく学校生活を送りたいです。そして、「生きたい!」という強い思いで亡くなった人もいる、だから私も毎日学校へ行き、学校にいる時間を大切にして行きたいと強く思いました。

  命の大切さ  む・ゆ
 今日で最後の命の授業でした。まず、先生が、西村知己さんとマララさんのことを紹介してくれました。写真を見たとき、変わったところがなかったので、どんな子なのかわかりませんでした。たでも、西村さんのお姉ちゃんが書いた作文を読んで、西村さんは明るくて頑張り屋でいい子だなと思いました。なぜかというと、熱が出ても「学校に行きたい」と言っていたからです。そして、知己君がなくなってしまって、お父さんの行った言葉がよかったと思いました。
 そして、マララさんは、「学校に行くな。学校に行ったら殺す。」と言われたけれど、マララさんは学校に行きました。私は、絶対に怖くて行かないと思います。そんなマララさんは、すごいなと思いました。そして、作者の人が書いていた「男の子、女の子関係ない。学校はだれが行ってもいい」と書いていて、その通りだなと感心しました。マララさんもまだ子どもなのに、あんな大きなところに立って発表するのもすごいと思いました。

2014年3月 5日 (水)

天までとどけ2013/第75号:心のコミュニケーション~岡崎勝美さんの世界に学ぶ

P2250025_r  先週、「総合」の学習で、「視覚障がい」と共に生きるミュージシャン・岡崎勝美さんをゲストに、ミニコンサートとお話を聴く時間を持ちました。
 琴の先生でもある岡崎さんの見事な演奏に、子どもたちは、とてもびっくりしていました。さらに、パソコンを使っての文字入力、自作音楽の演奏、ネットを使っての友だちとの交流の様子など、実演を通して教えてもらいました。
P2250029_r  岡崎さんは、子どもたちの質問に答えながら、「わたしは、目が見えないだけで、みなさんと同じ人間なんです」という言葉を添えられました。わたしには、この言葉最も心に響き、そして、子どもたちにもこのことをしっかりと胸に刻んでおいて欲しいと思いました。
さて、子どもたちの心には、いったい何が一番残ったのでしょうか。ここでの岡崎さんとの出会いを、これからにつなぎ、生かしていって欲しいと思います。少し遅くなりましたが、子どもたちの感想文をご紹介致します。

◆子どもたちの感想◆

                い・れ
 今日、岡崎さんのゲスト授業がありました。目が見えないのに、ギターやパソコンができてすごいなと思いました。ぼくは、パソコンはできるけど、ギターはデタラメにしか行けません。それに、目が見えないとギターはおろか、たぶんパソコンもできません。それを考えると、岡崎さんはすごいなと思いました。今日の授業、本当にためになりました。ありがとうございました。

                ひ・の
 ぼくは、最初目の不自由な人が学校にくると思ったら、「どんな話をしてくれるだろうな」と、ずっと思っていました。けれど、岡崎さんは、ギターをひいていたので、ちょっとびっくりしました。先生より上手で、すごかったです。そのあと、岡崎さんが5~6人言った言葉を、パソコンで入力しました。れんたろうくんも言いました。れんたろうくんは、「ジェットコースター」と言いました。岡崎さんは、ちょっと難しそうにやっていいるようでした。5~6人が言った言葉全部できました。
 その次は、岡崎さんが音楽を聞かせてくれました。そのうちの1つは、岡崎さんが友達と一緒に作った音楽でした。その次は、質問タイムでした。時間がなかったので3人しか聞けなかったです。とてもいろいろなことがわかってよかったです。

                わ・た
 目の不自由な岡崎さんという方が来てくれました。ぼくは、岡崎さんのことがすごいと思ったことがあります。それは、目が不自由なのにギターや琴、パソコンの文字入力ができることです。それに、自分の作った歌があるなんて、さらにすごいと思いました。
 そして、僕は岡崎さんの話を聞いてわかったことは、障害がある人と普通の人間の違いは、障害があるところだけです。他は全部同じということです。ぼくは、前まで障害があると、自分は全く違うと思っていました。なので、これからはちゃんとあまり違いのないことを忘れずにしたいです。

               し・ひ
 私は、総合で、岡崎さんの話や演奏を聞いてびっくりしました。1番びっくりしたのは、ギターです。5時間目に聞いた演奏が今でも覚えています。岡崎さんのギターは、とてもかっこよく上手でした。私は、一番最初に歌った「花」という曲が好きです。声がとてもきれいで、ギターと歌声に私はうっとりしてしまいました。
 私が、5時間目に思ったことは、本当に目が見えていないのかな。ということです。理由は、とても上手で曲を聞いていて、すごく楽しくて、私たちと変わらなかったからです。6時間目は、岡崎さんのパソコンの操作の仕方や、お話をしてもらいました。パソコンの操作は、パソコンのボタンを押したら声が流れます。岡崎さんはその声を聞いて、パソコンの操作をしていました。とてもその声のスピードは速く、それを岡崎さんが聞き取っているのはびっくりしました。やっぱり、岡崎さんはすごいんだなと思いました。そして、困っている相手は目の不自由な人には声をかけようと改めて思いました。

                ば・は
 私は、最初に岡崎さんのギターを聞き、すごいと思いました。目が見えないのに、指遣いがすごく早くて驚きました。歌もうまくてすごかったです。私もうまくなりたいと思いました。コンピューターで打つときも早かったし、「うーん」と言っていても、パッと。「本当に見えていないの」と思ったりもしました。
 質問タイムの時に、「便利な道具は何ですか?」のことに答えてくれてありがとうございます。その答は、音声がついていてしゃべるやつですよね。
 これからも頑張ってください!

                と・り
 5、6時間目、目が見えない岡崎さんの特別授業がありました。始めは、「岡崎さんって、どんな人だろう」と思っていましたが、岡崎さんを見て、「本当に目が見えないの?」と思いました。
 岡崎さんはギターや琴がひけるそうで、ギターを弾いてくれました。でも、1番びっくりしたのはパソコンで文字が打てることです。私は、目が見えるけど、キーボードを見ないと文字が打てません。でも、岡崎さんはキーボードを見なくても打てるなんてとてもすごいと思いました。
 目が見えないと思えないほど、いろんなことができて、困っているのは銀行の時ぐらいと知ってとても驚きました。
 岡崎さん、特別授業をありがとうございます。

                い・し
 2月25日の5~6時間目に、岡崎さんの歌や話を聞きました。5時間目に、ギターを少し聞いて、そのあと歌を3曲ぐらい聞きました。私が知っている曲は、「故郷」でした。そして休憩をして、岡崎さんのパソコンをスクリーンにうつしました。岡崎さんは、目が見えないからパソコンから音声が出ました。最初はとてもびっくりしました。音声が出るパソコンは初めてだったからです。でも、音声が速くて、最初は聞き取れなかったけど、後からゆっくりにしてもらいました。そして、1.2.3組から1人ずつ言葉を言って、パソコンにうってもらいました。思っていたよりも早くうっていたので、すごいなと思いました。

                た・り
 今日の5、6時間目に岡崎さんが来ました。岡崎さんは目が見えません。今日は、その岡崎さんにいろいろなことを教えてもらいました。
 岡崎さんは、ギターが整う上手でした。ギターもうまかったけれど、歌もすごく上手でした。
 目が見えない人に便利な道具は、しゃべる道具だそうです。岡崎さんが作った曲を聞かせてもらって、「すごいな」と思いました。目の見えない人のことをいろいろ知れてよかったです。

                て・り
 今、僕たちは総合で「心のコミュニケーション」という学習をしています。ぼくは、岡崎さんが目が見えないということを聞いて、とても大変じゃないのかと思いました。
 岡崎さんにあって、ギターはとても上手にひけて、パソコンの操作もできて、とてもすごいと思いました。
 いろんな曲も聞かせてくれました。またギターなどの楽器を弾いて聞かせてください。

                う・じ
 2月25日、総合の時間、岡崎勝美さんという、目の不自由な方が来られました。ぼくは、「岡崎勝美さんはギターのプロだ」と先生から聞きました。
 ぼくは、すごいなと思いました。なぜなら、目は見えないのに、ギターがひけるからです。ぼくは、岡崎さんは、きっと音楽が好きなんだなと思いました。そして、岡崎さんはすごく強い人なんだなと思いました。なぜなら、目が見えないそれだけで、お父さんの顔、お母さんの顔を見えないけれど、くじけず、大好きなギターでプロまで行ったからです。ぼくも、岡崎さんに負けずに頑張りたいです。

                う・は
 私たちは、今総合で「心のコミュニケーション」というところをやっています。それで、村末先生が岡崎勝美さんを呼んでくれました。
 岡崎一美さんは、とてもすごいと思いました。それは、目が不自由なのに、パソコンで歌なども作っているし、ギターもひけるからです。「すごい!」と思ったところは、他にもあります。それは、言葉を言ったら、それをローマ字でひらがなやカタカナに直しているからです。例えば、「遊園地」や「伊敷台小学校」などを打ってくれました。とってもすごいですね。
 岡崎勝美さん、これからも頑張ってください。応援しています!

                 い ・れ
 昨日は、伊敷台小学校に来てくれて、本当にありがとうございました。岡崎勝美さんがひいたギターは、とても感動しました。岡崎さんは、生まれつき目が見えない方です。ギターを弾いた岡崎さんは、目が不自由なのに、ギターのプロということは、すごくびっくりしました。
 私は、何とも思えないぐらい「すごい!」と思いました。岡崎さんは、私が、体育館に上がっていたら、岡崎さんはもう来ていて、ギターの音を耳で確かめて、練習をしていました。私は、「岡崎さんにとって、音楽は大好きなんだな」と思いました。
 岡崎さんは、目が見えないのに、ギターのかいめい(ドレミファ…)を覚えていたので、私はすごくびっくりしました!
 でも、岡崎さんが持っていた音声パソコンで音声を聞いて、探していたのも、私はすごくびっくりしました。「目が見えない岡崎さんは、強いんだな」と私は思いました。
 岡崎さん、昨日は私たちのために来てくださり、本当にありがとうございました。岡崎さん、苦労はたくさんあると思いますが、頑張ってください!

◆生活日記より◆

 やったあ!                    き・こ 
 今日の給食の時間に、放送で桜島大根の重さ当てクイズの順位と答を発表しました。
 当たった人の名前を言うときに、放送している人が
「4年1組、吉良 光貴さん。」
と言ったので、とてもびっくりしました。
「昼休みに校長室に来てね。」
と言われたので、村末先生と一緒に校長室に行くと、校長先生が待っていて、
「すごいねぇ」
と言ってくれて、色紙と何か袋に入っているものをくれました。
 最後に、記念写真をとりました。
 とても緊張したけど、すごくうれしかったです。
 教室にもどると、みんなが、
「何をもらったの。」
と聞いてきて、色紙と何か袋に入っているものを見せると、
「いいな。」
と言ってくれました。
 家に帰ると、お母さんに事情を話して、もらったものを見せました。母さんが、
「やったね。」
と言ってほめてくれたので、とてもうれしかったです。
 お母さんが何か袋に入っているのを見て、
「これ、何。」
聞いてきたので、開けてみると、それはかいけつゾロリのエコバックでした。飛び上がるほどうれしかったです。
 これをきっかけにして、桜島のいろいろなことを調べてみようと思います。

                                      (2月24日)
 

2014年2月24日 (月)

天までとどけ2013/第74号:やったぞ!、ドッジボール大会

P2211261_r  毎年恒例、体育委員会主催による学級対抗ドッジボール大会(中学年の部)が、二十一日昼休みに開催されました。
 子どもたちは、四月の頃から「できるようになりたいリスト」の一つに挙げて、この大会を意識していました。
「大丈夫、絶対優勝できる!」
 大会前から、子どもたちはかなり自信があったようでしたが、体調不良者や欠席者もたくさんいて、わたしは、「本番は、どうかなあ」と思っていました。
 しかし、一致団結とはこのこと。みんなが集中し、一つになって、見事目標を達成しました。たかがドッジボール、されどドッジボールです。四年一組の一つの思い出になったことと思います。このまとまってきた力をもっともっと高められるようがんばりたいと思います。
 さて、興奮冷めやらぬ五時間目、ドッジボール大会をテーマに五・七・五で表現してもらいました。

・最後には 円陣組んで 優勝だ(ほ・た)
・輝きの 一位になったよ 優勝だ(は・た)
・決勝戦 ここで勝たなきゃ 意味がない(む・ゆ)
・ヨッちゃんの 決め球速い 優勝だ(や・よ)
・喜びが 胸からはじけ 大はしゃぎ(し・ゆ)
・優勝し みんなの笑顔 たくさんだ(し・ゆ)
・決勝戦 わくわくどきどき 応援だ(う・は)
・応援だ 2組と1組 決勝戦(に・あ)
・素晴らしい 僕たち最強 四の一(た・こ)
・いつまでも 希望を持って 戦おう(た・も)
・最後には 必ずいいこと 待っている(た・も)
・飛び上がる みんなの気持ち 1つだよ(た・も)
・優勝だ この気持ちだけは 止められない(い・れ)
・無敵だぞ 四の一には 勝てないぞ(な・ゆ)
・当ててごらん ひゅっとボールを よけてみせるから(ば・は)
・優勝だ みんなが合わせた 力のおかげ(ば・は)
・ドッジボール 私は本当に 出たかった(か・ま)
・頑張って 協力した 大会だ(お・な)
・優勝し 心の中は ほっかほか(と・り)
・「優勝だ」 心も晴れて 赤いっぱい(ま・ゆ)
・うれしさの ガッツポーズが あふれるよ(ま・ゆ)
・全員が 最高の笑顔で 大はしゃぎ(し・ひ)
・ニッコリと ガッツポーズで 四の一(し・ひ)
・のぼり詰め ついに決勝 やってやる(す・れ)
・最強だ よく頑張った 四の一(と・は)
・楽しいな みんな騒いだ 優勝だ(し・し)
・勝ったんだ 胸の奥から 大はしゃぎ(わ・こ)
・優勝だ ドッジボールで つかんだぞ(し・こ)
・優勝だ 心の底から ひびいてる(し・こ)
・最後まで あきらめずに 頑張った(き・こ)
・決勝で 相手に勝って 優勝だ(あ・れ)
・頑張って みんなで取った 優勝だ(わ・た)
・大はしゃぎ ドッジボールで 一位取る(ほ・か)
・みんながね 取ってくれた 優勝だ(う・じ)
・優勝だ みんなでギャーギャー 騒ぎ出す(お・せ)
・優勝を つかみ取ったで 大はしゃぎ(て・り)
・ぜんそくで 出られなかった 残念だ(た・り)
・人に当て 優勝して 最高だ(か・た)
・ずば抜けて ダントツ一位 四の一(か・き)
・四の一 優勝したけど はしゃぎすぎ(と・ゆ)
・四の一 みんなの力で 優勝だ(い・し)
・もう少し これを倒せば 優勝だ(と・こ)
・ドッジボール 優勝した? 結果は一位!(い・れ)
・宿題なし 思い出になった 優勝だ(い・れ)
・ドッジボール すごい四の一 優勝(い・れ)

2014年2月17日 (月)

天までとどけ2013/第73号:種村先生講演「いのちのリレー」の感想

P1101010_r  学習発表会等、バタバタとしたとり組みの中で、半成人式での種村エイ子先生の講演「いのちのリレー」の感想文をご紹介するのが、大変遅れました。ようやく、入力・編集することができましたので、ご紹介させていただきます。

                か・ま
 私は、半成人式の「いのちのリレー」を聞いて、あらためて思いました。それは、「いのちは大切だなあ」です。
 エイ子さんが紹介してくれた「電池が切れるまで」と「アンジュール」です。この二冊は、どちらとも読んだことがあります。
 わたしは、「アンジュール」のお話が大好きです。最初は、悲しいけど、最後にいい人が来て、また新しい家族ができたかも知れないので、いい話だと思います。
 種村エイ子先生、「いのちのリレー」のお話、本当にありがとうございました。

                す・れ
 ぼくは、種村エイ子先生のお話を聞いて、あらためていのちの大切さに気づきました。ぼくは、全部のお話がすごいと思いましたが、その中でも一番すごいと思ったのが、病気の中の一年生の子の詩です。ぼくは、この子の詩から、がんばって生き続けようというのがわかって、ぼくもがんばって生き続けようと思いました。

                と・は
 この間は、とてもためになるお話をして下さって、ありがとうございましした。ぼくも、3年生の時、人を傷つける言葉を言って泣かせた友達がいるから、その人には「ごめんね」といいました。今ではその人とも仲がいい友達になっています。すぐに「ごめんね」と言っていてよかったと思います。

                か・き
 ぼくは、半成人式で「いのちのリレー」を聞いて、心に残ったことがあります。それは、「電池はすぐに取り替えられるけど、いのちはそうすぐには取り替えられない」ということです。だから、僕は1つのいのちを大切にしたいと思いました。
 あと1つは、バトンを落としていたら、ぼくは生まれてきていなかったということです。ぼくは、これからバトン(いのち)を落とさずに、繋げていけたらいいなと思います。
 ぼくは、種村エイ子先生から教えてもらったことを、絶対に忘れずに生きていきたいと思います。

                た・り
 この前、半成人式で、種村エイ子先生の、「いのちのリレー」の話がありました。
 私は、エイ子先生は、胃を取ったということを聞いて、とてもびっくりしました。私は、胃を取ったら死ぬと思っていたので、「エイ子先生はすごいな」と思いました。
 他にも、字のない話とかがありました。字がない本は、1ページ1ページ、字がないので自分の頭の中でお話を考えるんだそうです。全然知らないことばかりなので、とても勉強になりました。

                て・り
 鹿児島国際大学から、エイ子先生が来て、いのちの大切さを伝える講演がありました。
 そのときに、本の紹介がありました。ぼくが知っていた本も中にありました。それは、「アンジュール」です。「アンジュール」は、とてもかわいそうな話です。だけど、最後には心が温まります。この講演会で、いろいろな話をしてくれてありがとうございました。

                  お・な
 半成人式の講演を聞いて、私は、いのちの大切さがいっぱい分かり、いのちを無駄にする人がいるので「なんでいのちを無駄にするのだろう」と思いました。
 私は、まだ十年しか生きていないので、もっともっと生きたいです。
 いのちの授業を聞いて、よく分かり、よい半成人式を迎えられたと思いました。「いのちのリレー」を聞いて、つながりなどを知りたくなりました。ありがとうございました。

                わ・た
 ぼくは、半成人式を迎えました。そして、半成人式で、種村エイ子先生が「いのちのリレー」をいのちの授業でやりました。
 種村エイ子先生がやった、「いのちのリレー」の学習では、自分たちの祖先は、十年(代)、二十年(代)さかのぼるだけで、何万人以上いるということです。なので、これまで大切に僕まで回してくれた祖先に感謝して、たい切ないいのちのバトンを次につないでいきたいです。

                う・じ
 ぼくは、種村エイ子先生の「いのちのリレー」は面白いなと思いました。理由は、セミの幼虫が成虫に脱皮して成長していくのが面白いと思いました。ぼくの心に残っている言葉があります。それは、これです。「電池は簡単に取り替えられるけど、いのちは、そう簡単には取り替えられない」です。その通りだなと思いました。
 ぼくは、自分のいのちを大切にして、健康な体で、元気に生きていきたいです。ぼくは、半成人式で、このことを聞けてよかったです。
 ぼくは、種村エイ子先生のお話を聞けて、よかったです。

                ば・は
 私は、エイ子先生のお話を聞いて、いのちって大切だなと改めて思いました。
 目が見えないことが赤ちゃんを生んで、生活するお話もありました。「いのちなんていらない」という人がいて、いのちはとても大切なのに、もったいないという話も感動の1つです。
 私は、いのちをもっともっと大切に、そしてていねいにしようと思いました。これからも、いろんな人にいのちの大切さを教えていってください。

                や・よ
 半成人式の時、いのちについて教えてくださってありがとうございました。いろいろな本も紹介してくださってありがとうございました。とても感動しました。いのちはとても大切なんだととても思いました。とてもいい話をしてくれてありがとうございました。

                き・こ
 ぼくは、種村エイ子先生の話を聞いて、いのちはとても大事だなと思いました。
 種村エイ子先生が、いのちのリレーの説明で、いじめられて自殺をしている人が何かいて、ぼくはいじめは人を傷つけるので、いじめをしないようにしたいです。そして、いじめを見たら、いじめをされている人を助けようと思いました。
 まだ十歳なので、いじめをされてもいのちを大事にして、これからも生きていきたいです。

                は・た
 いのちのことや、本をたくさん紹介してくださってありがとうございます。ぼくは、改めていのちに感謝をしました。
 それから、小さな生き物を殺さなくなったし、いのちが大切なんだなと思いました。これからも、いのちを大切にしたいと思います。

2014年2月12日 (水)

天までとどけ2013/第72号:学習発表会・保護者の皆さんの感想(2)

  歩き続けよう!  Wさん
「歩き続けよう」本日の学習発表会は、先日の半成人式と同じくらい子供の成長を感じることができました。
 四年一組の朗読は、言葉のひとつひとつが胸に響き、生きることの大変さが、前に進むことの大切さ、とても大事なメッセージを受け取ることができました。これからの人生、立ち止まる時もあると思いますが、子どもとともに「歩き続けよう!」と強く感じることができました。

  学習発表会感想  Sさん
 今年はどんなことをするのかな…と楽しみにしていると、佐野有美さんのことをするよ!と聞き、「誰だろう?」と思っていました。家で、毎日のようにセリフの練習をしていたので、当日は私もどきどき。みんな大きな声でハキハキと自分のセリフを発表していて、佐野有美さんのことを全く知らなかったけれど、有美さんの障害のこと、前向きに生きていく姿が十分伝わり、すごく感動しました。
 最後の有美さんの歌も、一組のみんなが歌う姿、声、とても心に響いて素晴らしかったです。そして、先生の生演奏、子どもたちの歌声を際立てて素敵でした。
 帰宅して、私自身もっと有美さんのことが知りたくて、有美さんのことを調べて、あみさんの歌声を聞いて、また涙…。精一杯生きる。
 これからいろんなことを体験していく中で、嬉しい事も、つらい事もたくさんあると思けど、有美さんのように、どんな時にも前向きに、明るく乗り切っていってほしい。そう思う、とても素晴らしい学習発表会でした!

 学習発表会  Tさん
 いつも賑やかな四年一組の子供たちが、どう佐野有美さんの事を伝えるのか、興味津々でした。舞台に上がったみんなの顔、いつになく真剣で、授業参観で見た時とは違っていました。佐野有美さんのご両親の思いや、生まれたことに感謝してる思い、力強く生きる様子等がすごく伝わってきて、とても素晴らしい発表会でした。又、村末先生のギターでさらに感動させてもらい、短い時間でしたが内容がいっぱい詰まった発表でした。
 周りに座っていた他のクラスのお母さんたちも、「すごくよかったね~」と話してました。

              匿名希望さん
 学習発表会をとても楽しみにしていました。どの子どもも堂々と発表していて、とてもよかったと思います。佐野有美さんの気持ちが伝わってきた発表会でした。
 有美さんのように、みんなも仲間とともにあきらめないで、歩き続けてほしいと思いました。

                    Kさん
 大きな声でみんな発表できて、すばらしいでした。内容もよく、とても感動しました。また来年が楽しみです。 

■朗読劇・「歩き続けよう」台本
 参考文献:藤本美郷著『笑顔の架け橋~佐野有美・手足のない体に生まれて~』(佼成出版社)

  • 「先天性四肢欠損症」
  • 佐野有美さんは、手足がほとんどない障がいを持って生まれてきました。
  • 家族の愛情にささえられ、持ち前の明るさで、小さい頃から、食事や着替え、運動などに挑戦し、自分でできることを少しずつ増やしていきました。
  • 「人間は、それぞれ役割があってこの世に生まれてくる。わたしの役割は、みんなを笑顔にすること…」。
  • これは、そんな有美さんの物語です。
                ※
  • 三歳の佐野友香ちゃんに、妹ができました。
  • 友香ちゃんは、お母さんの大きなお腹に耳を当てて、
  • 「赤ちゃん、早く生まれてきてねー」
  • お父さんも、お母さんのお腹をなでて、言いました。
  • 「元気に生まれてくるんだぞー」
                ※
  • 1990年4月6日…。
  • 愛知県豊川市に住む、佐野一夫さんと初美さん夫婦に、2235グラムの女の子が生まれました。
  • 友香ちゃんは、いよいよお姉ちゃんになったのです。
  • やわらかい髪に、ピンクのくちびる。
  • 生まれたばかりの赤ちゃんは、目をぱっちりと開けて、あたりを見回しています。
  • けれども、助産師さんはかわいい赤ちゃんの体を見てぎょとしました。
  • なぜなら、その赤ちゃんには手も足も見あたらなかったからです。
  • 一夫さんは、頭の中が混乱したまま、
  • 新生児室で眠っている赤ちゃんを見ては、何度も何度も他の赤ちゃんに目をやりました。
  • 「手も足もないなんて…。この先、この子は生きていても、何もできない。将来、苦労ばかりだろう…。それなら、いっそのこと…。」
  • 一夫さんの腕が、赤ちゃんに伸びていきました。
  • 愛する娘をだきしめるためではありません。
  • 父の大きな手は、赤ちゃんの口元をおさえるために差し出されたのです。
  • しかし、その瞬間、赤ちゃんがニコッと、一夫さんに笑いかけたではありませんか。
  • 「わたしは、生きたいの。」
  • 赤ちゃんの顔は、そんな顔でした。
  • 「悪かった。君を必ず幸せにしよう。」
  • 一夫さんは、この時、そう心にちかったのです。
                ※
  • 「わたしの赤ちゃん、どうしたの? まだ赤ちゃんに会えないの?」
  • 初美さんは、一夫さんに問いました。
  • 「赤ちゃんには、障がいがあってな…」
  • 「だいじょうぶよ。指の一本や二本。自分の子だもの」
  • 「いや、赤ちゃんには、手足がほとんどないんだ」
  • 「何ですって。手と足が?そんなの信じられないわ」
  • 初美さんは、急いで赤ちゃんの所にかけつけました。
  • そして、だっこして、あかちゃんの手をさがし、足もさがしました。
  • 「こ、これが、わたしの子なの…」
  • そう言ったまま、初美さんはだれとも口をきかなくなってしまいました。
                ※
  • 初美さんは、自分が産んだ子だと頭ではわかっていても、その姿を見ると、どうしてもかわいいと思えませんでした。
  • しかし、フランス語で「友だち」を意味する有美と名付けられた「有美ちゃん」は、すくすくと大きくなっていきました。
  • 喜んだり、笑ったり、表情も豊かに育っていったのです。
  • あるとき、有美ちゃんが足でベビーベッドのさくを触っているのを見た初美さんは、ふと思いました。
  • 「もしかしたらこの子は、何でも足でできるんじゃないかしら」
  • 気がつくと、有美ちゃんは足を使っていろいろなことをしていました。
  • 「有美は、何もできないんじゃない。きっと“有美スタイル”で生きていけるはずだわ。」
  • 闇の中から、ひとすじの希望が見えた瞬間でした。
                ※
  • それまで、乳児院に預けられていた有美ちゃんは、家族の元に引き取られることになりました。
  • 有美ちゃんを間において、一夫さんと初美さんはぎゅっと手を握り合いました。
  • 「有美は、有美にしかできない役割を持って生まれてきたんだ。二人で、しっかりと育てていこう」
                ※
  • 桜が満開の四月。
  • 有美ちゃんは、お姉ちゃんが通っている地元の小学校へ入学しました。
  • 「こわくないよ!お友だちになってね。」
  • ものおじせずに、誰にでも話しかける有美ちゃんのまわりには、
  • 自然に人が集まり、どんどん友だちができていきました。
  • しかし、有美ちゃんは、ただお母さんに手伝ってもらうばかりではありませんでした。
  • おはしを使って食べること、
  • はさみを使って紙を切ること、
  • 字を書くこと、
  • 給食係の仕事も、
  • 水泳だって。
  • 何にでも挑戦することで、ひとつひとつできる世界を広げていったのです。
                ※
  • 「あらってあげるね」
  • 仲良しの子が、有美ちゃんにとって大切な手のかわりの足の指を洗ってくれます。
  • 「いただきまーす」
  • となりの席の子が、牛乳のふたを開けて、ストローをさしてくれます。
  • 有美ちゃんと共に過ごしてきた友だちも、有美ちゃんの身のまわりのことを自然と手伝ってくれるようになっていました。
  • 仲良しの親友たちは、昼休みもいっしょに教室で過ごしてくれました。
  • 「ごめんね、わたしもバスケットに行くね」
  • ところが、ある日気がつくと、まわりにはだれもいなくなってしまったのです。
  • 「一人はいや! みんなについて行きたい」
  • 有美ちゃんも、車いすで追いかけました。
  • でも、目の前に階段が…。
  • 「わたし、おりられない」
  • その日から、毎日、昼休みは一人ぼっち。
                ※
  • そして、有美ちゃんは、しばらくしてから、気がつきました。
  • 「友だちは、今まで、わたしに付き合ってくれていたんだ。今まで、みんなのやさしさに気がつかなかったなんて。」
  • 涙が、ポタポタとこぼれていきました。
                ※
  • 「有美、チアリーディング部を見に行こうよ」
  • 「すてきだなあ。うらやましいなあ。でも、自分には、ぜったい無理だよ。」
  • 「そんなことないよ。」
  • 友だちに背中を押され、勇気を出して、先生にたずねてみました。
  • 「先生、わたしでも、チアリーディング部に入れますか?」
  • 「あなたのいいところは、どこ?」
  • 「えっと…、あっ、笑顔と元気です!」
  • 先生は、にっこりうなずきました。
  • こうして、チアリーディング部の一員になった有美ちゃんは、
  • 自分が踊れない分、タイムを計ったり、アドバイスをしたり、チーム紹介の進行をする係になりました。
                ※
  • けれども、有美ちゃんにまた悩む日がやって来ます。
  • 「踊れない自分が、ここにいていいのか。わたしが、ここにいたら、みんなにめいわくをかけるのではないか」
  • 「有美は、わたしたちのことを一番良く見てくれているよ」
  • 「一番いいアドバイスをしてくれてるじゃん」
  • 「だって、みんな仲間じゃん」
  • その言葉を聞いたとたん、有美ちゃんの目から涙かあふれ出しました。
  • 「大切に思ってくれる人たちから差し伸べられる手。自分が素直になって、そして勇気を出して、みんなの手をつかまなければ、いつまでも一人ぼっちでいるしかないんだ。」
  • 有美ちゃんは、こうして前を向き、また力強く歩き始めたのです。
                ※
  • その後、有美ちゃんが、仲間や両親への感謝の気持ちを書き綴った詩が、レコード会社のプロデューサーの目にとまりました。
  • 有美ちゃんは、二〇一一年六月に歌手デビューを果たしたのです。
  • 人間の価値は、見た目でもなければ、能力の差でもありません。
  • 大切なものは、たがいにみとめあい、支え合う心の中にあるのです。
  • わたしたちは、佐野有美さんから、大切なことを教えてもらいました。
         ※
  • 歌「歩き続ける」

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フォト

本日の1枚

  • ウォーキングで見つけたもの 2017
 /05/11
    日々の教育実践、わたしのくらしの中から、最も心に残った場面を切り取って紹介していこうと思います。

初めてみた光景・風景・撮っと景

  • もみじのたね
    世の中便利になりました。これまでは、びっくりするようなシーンに出合っても、言葉でしか伝えられないことが多かったのですが、持ち歩く携帯電話でパチリと写しておけば、画像を見ながら話せます。 このアルバムは、わたしが出合った初めての風景を紹介したいと思います。あくまで、わたしが初めて見た風景ですので、「知ってるよ」ということもたくさんあるかも知れませんが…。

お薦め教育本

  • ‘人間と性’教育研究協議会編: 新版 人間の性の教育 全6巻
    子どもたちの事実を見つめ、そのニーズに応える性教育の実践。「どこでもだれでも取り組める性教育」をめざして、理論と実践を分かりやすくまとめてある。
  • 種村エイ子: 「死」を学ぶ子どもたち
    種村先生の出前「いのち」の授業。光栄にも、執筆協力させていただいております。
  • 金森俊朗: いのちの教科書
    わたしの目標とする教師の一人・金森俊朗さん。実践構想の土台の広さ、子どもを見つめる視点の豊かさと確かさ…。教師として生きるものに、エネルギーを与えてくれます。
  • 金森俊朗: 希望の教室
    金森先生の実践づくりの発想・方法が、具体的な授業実践を通して学べる。

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