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学級通信2011

2012年3月25日 (日)

天までとどけ2011/第71号:いのちの学習・一年間をまとめて

  「いのちの授業」の一年間  に・り
 このいのちの授業が、今日で最後でした。今日は、山田泉さんという先生の友人からテレビの番組を通じて勉強しました。この最後のいのちの授業では、「学ぶ」ということは、どうすれば学ぶことができるのだろうか、というテーマをもとに人との出会いについて学習しました。その番組を見て、ぼくは「人との出会いは自分の生死とつながっているんだなあ。また、ちょっとした言葉が、人の人生に影響されるってすごいなあ。」と思いました。ぼくも、一生の友達との出会いを大切にしていきたいと思います。
 ぼくは、このいのちの授業を振り返って、一つ言えることは、いのちの大切さや人生の中でのいのちということが、とても感じることのできた一年だったと思います。

  最後のいのちの学習、 一年間の振り返り  か・も
 最後のいのちの学習では、「批判的思考」について勉強しました。ビデオを見ながら考えると、いろいろな人と会ってお話をして考える力をつけたいと思いました。
 「批判的思考」は、少しずつ学習していくことでできるとわかりました。これからは、少しずつ物事を批判的に見て、「否定的」をなくしていきたいです。
 一年間を振り返って、「いのちは一つだから大切にしたい」と思います。いろいろな人に授業をしてもらって、改めてそう思いました。「がん」などの病気を知り、自分がもしそうなった時に、習ったことを思い出したいと思います。

  一年間のふり返り~いのちの学習の感想~  か・り
 一年間、六年一組でたくさんのいのちの授業を受けました。どれもすごく勉強になった授業だったけど、上水流さんとM先生にしてもらった授業が特に、心に残りました。
 二人とも、病気と戦ってきた人で、本当に強くて、やさしい人でした。そして、一日一日を大切に、しっかり生きていく事の大切さを教えてくれました。
 それから、今日のビデオも心が響きました。乳がんになった山田さんが、いっしょうけん命だれかのためにがんばっている姿は、なんだかかっこよく見えて、わたしも山田さんみたいになりたいと思いました。
 この一年間で、人生は本当にたった一度しかないから、一日一日をむだにしないように、しっかり生きようと思いました。
 わたしは、弱虫だし、そんな努力とかできていないけど、山田さんみたいになれるように、がんばりたいです。
 そして、山田さんや先生が教えてくれた言葉も忘れないでいたいです。

              し・ま
 一年間での最後の授業は、出合い、出会いは、大切ということを学びました。
 人は、自分のためだけではなく、ちがう人のためになるようにしていることがわかりました。
 友達が、いるということは、とてもいいことだと思いました。友達がいるとこまったときや、いろいろたすけてくれるから、いいことだなと思いました。
 がんになっていても、がんばっていたからすごいなと思いました。
 ぼくもがんばりたいと思いました。

 いのちの学習のふり返り  ほ・み
わたしは、初めて「いのちの学習」というものを知り、今年一年間、とても大切な学習だと思いました(一番)。
 ゲストに来てもらい、体験談などを話して下さったり、先生が出会いなどをもとに、授業をしてくださいました。
 一年間、最後の最後の授業で、山ちゃんこと、山田泉さんのいのちの授業のDVDをもとに、進めていきました。
 ある人と出会い、その出会いを授業に活かしていける人がすごいと思いました。
 これからも、いのちの学習やこれからの出会いを大切にして、批判的思考を持てる人になりたいです。
「暗いから小さな星が見える」←これの意味がよくわかるような人になりたいし、今までのいのちの学習を教えていただき、ありがとうございました。

  一年間の「いのちの授業」のまとめ・ふり返り  と・ま
 私は、この一年間をふり返って、ゲストにいろいろな人が来て、授業をしてくれたんだなあと思いました。
 上水流さんやM先生、がん患者さんなど、たくさんの人が来てくれました。
 他の人もそうだけど、上水流さんが最初らへんで言った、
「四階まで上がるの、大変だったよ」
という言葉が、なぜか私の心にひびきました。
「そこまで無理してまで来てくれたんだから、ありがたく思わないと」と思いました。
 だけど、うれしさ(?)と、ともに「私もいつか病気にかかるんじゃないかな?」という不安もありました。しかし、「友達や家族に支えられて」という言葉が不安をなくしてくれました。上水流さんだけじゃなく、世界中の人たちに、「不安じゃないの?」と聞いたら、たぶん、ほとんどの人が答えてくれると思いました。
 私は、この授業を受けて、私はいろいろな人に支えられて生きているんだなあと感じたし、心の支えになったと思いました。

  1年間のいのちの授業をふり返って…(いのちの授業で学んだこと)  た・り
 私が1年間のいのちの授業を受けて思うことは、「いのちの大切さ」です。
 最初、初めていのちの授業を受けるとき、何するんだろう?と思いながら、いのちの授業を受けました。最初の授業は、「小さな便り」をテーマに進めていきました。みんな自分の尿をもっていましたが、だれも見せようとはしませんでした。これは、成長していくことで感じる「恥ずかしい」という気持ちだったのではないかなと思いました。
 そして、最後のいのちの授業では乳がんの患者さんの山田泉さんが出ていたテレビ(アンビリーバボー)を見て、授業しました。乳がんになってつらい思いをしていた山田さんが、「いのちの授業をしよう」と思ったのは、素敵だなと思いました。また、山田さんが、いろいろな生徒たちを変えていったことを、すごいなと思いました。私も、たくさんの人たちにいのちの恩返しをしていきたいです。

  1年間のいのちの授業振り返り
 私は、この1年間「いのちの授業」を受けて、たくさんのことを学ぶことができました。最初、「いのちの授業」と聞いて、あまりピンときませんでした。ただ普通に「いのちは大切なんだよ」とかそういうものだと思ったりしていました。ても、実際に受けてみると普通の授業ではない!とかなど、何だか初めての気持ち?になることができました。最後の方になると、「まだ続いてほしい…」という気持ちになったりもしました。本当に楽しかったし、面白かったし、まだ知らないことを知ることができました。
 本当に、「いのちの授業」を受けられてよかったです。

  いのちの学習 1年間のふり返り  と・も
 1年間、いのちの学習をしてきて思ったことは、「いのちって本当に大切なんだな」ということです。この世界になくなっていいいのちなんて1つもないので、自分のいのちはもちろん、他人のいのちや物のいのちなど、大切にしていきたいです。
 私がいのちの学習で1番心に残ったのは、「大切なものを捨てていく」という学習です。まず、付箋に大切なものを書いて、自分ががんになったと考えて、それを切っていきました。「大切な人」を切るのは無理で、切る手を止めました。あと「1人になる勇気、1人にさせない勇気」という言葉が心に残りました。「当たり前のことを大切だと思う」という言葉も大切だと思いました。
 この経験をいかして、何もかも大切にして、勇気を持って生きていきたいです。

  1年間のいのちの授業を振り返って  こ・み
 この1年間、いのちの授業を振り返っていろいろなことを学びました。心に残った授業は、上水流さんの授業と、M先生の授業です。
 がん患者の上水流さんの話は、とても胸にジーンときました。気持ちは生死をさまよった人にしかわからないと思うけど、今を大切に生きていこうと思いました。
 M先生の授業も、とっても心に残りました。いつも明るくて優しい先生が、あんなに大きい病気にかかっているとは思いもしませんでした。びっくりしました。苦しい闘病生活を乗り越えて生きていることにとても感動しました。
 M先生の授業では、いのちの大切さだけではなく、兄弟の絆も学びました。私も、もし弟たちに何かあったらすぐに助けてあげたいと思いました。
 1年間、たくさんの特別ゲストを呼んでくださった先生、本当にありがとうございました。これからの中学校生活や人生でも活かしていきたいです。

  1年間のいのちの学習  い・し
 この1年間でいのちの学習をたくさんした。それまではいのちの大切さを考えることはなかったけれど、改めていのちの大切さを考えることができたその1年を振り返ってわかったことがあったそれは人と出会い、物事と出合い、学習するということ。それが否定的ではなく、批判的な思考を生み出すと分かった。
 卒業式のお別れの言葉でも使われている「生きているということはだれかに借りを作ること」と始まる詩のように、人が生きるということは、人の字のように支え合って生きるということ、人とともに生きるということ。つまり、人は決して1人では生きていけないということがわかった。

  1年間のいのちの授業  さ・し
 最初いのちの学習と聞いたときは、「何するのだろう?」と思いました。いのちの授業は、漢字についてでした。日頃よく使う漢字の元の姿や、意味を知り、とても興味深かったです。
 他にも、小さな便り・大きな便りなどの授業も行いました。
 特に、上水流さんの授業は心に残りました。がんになり、「死」を近くに感じたが、多くの人の支えにより、がんと今でも暮らす勇気を教わりました。
 6年間の小学校生活の中では、1番ためになる授業だったのではないかと思います。
 村末先生に教えてもらったことをバネにして、中学校でも頑張りたいです!

  1年間のいのちの授業の感想  は・ま
 この1年間のいのちの授業として、いろいろなことを覚えました。どれだけいのちが大切か、この6年1組で学びました。
 今日の授業は、山田泉さんについてでした。山田泉さんは、乳がんを患っていて、でも家の授業をやっていました。泉さんがいのちの授業をやっていたわけは、同じ乳がんの人でした。その人が亡くなる前、山田泉さんは何か言われました。それで、山ちゃんの意志が決まりました。
 今までいのちの授業をやってきて、た目になることばかりでした。いのちの授業をやってよかったです。

  最後のいのちの学習 一年間のふり返り  ま・え
 今日は最後のいのちの学習でした。初めに、批判的思考になるため(身につける)にはどうすればよいか?を考えました。次に、ビデオを見ました。「いのちの恩返し」というタイトルで、私はどんなのかなと思いました。
 乳がんを体験した山田泉さんが、子供たちに「いのちの授業」をしていて、たくさんの人が変わっていくのを見ました。
 私は、「どんな人でも変われるが、人を変える方もすごいな」と思いました。なくなった山田さんは、たくさんのことをたくさんの人に伝え、たくさんの人を「いのちの授業」で変えた、凄い人だなと思いました。人が変わるには、まずは「人との出会いが大切」ということがわかりました。私も、中学校に行くのは不安があるけど、山田さんが教えてくれたように、「人との出会い」をを大切にしたいです。
 1年間「いのちの授業」を学べて本当によかったです。

  1年間をふり返って  ひ・と
 僕が、1年間を振り返って思ったことは、最初にいのちの授業とはどういう授業なのかなと不思議に思いました。これまでのいのちの授業を振り返ってみると、最初、不思議に思っていた授業を、今になってみるととても大事なことだと思いました。これまで数々のゲストを呼んで、教室で授業してもらったのも、今思えば普通にはない特別な時間だったと思います。
 今日、六年生最後の授業でいのちの授業をしました。最後のいのちの授業は、先生の友達がテレビに出たときのビデオを見る学習でした。先生の友達の名は山田泉さんという名前です。最初に出たときは、元気な顔でしゃべっていましたが、テレビを見続けると乳がんという病気になってしまったと表示されていました。テレビを見続けると、乳がんになったショックなどいろいろなつらさが伝わってきました。最後の授業にふさわしい内容だったと思います。

  最後のいのちの学習・1年間のふり返り  し・さ
 私は、最後のいのちの学習を受けて、自分が生きるということや、いのちについて改めて考えることができました。
 今日の授業は、学習するということは、人との出会い、そしてものなどとの出合いによって成り立っているということで、山田泉さんという人のビデオを見ました。そのビデオを見て、私は、いのちには限りがあるけれど、自分のできる範囲で人の手伝いや話を聞いてあげるなど、自分のやれることをやれるようにして、人との出会いを大切にしていろいろなことを経験することが、学習するということなんだなと思いました。
 また、この1年間のいのちの学習を通して、上水流さんのお話や、M先生のお話から、つらくても支えてくれた人がいるという前に向かって進むなど、これから私が生かしていけることを話してくれたので、これからつらくなった時や悲しくなった時に、いのちの学習を思い出して、1歩踏み出せればいいなと思います。

  1年間の「いのちの授業」のまとめ  ま・れ
 この1年間、いろいろないのちの授業を受けた中の今日が、一番最後のいのちの授業でした。
 今まで、上水流さんや、M先生を招いて授業をしたり、ビデオを見て授業をしました。僕は、この6年間の中で、初めていのちの授業を受けました。最初は、どんなことをするのかわからなかったけど、何回もするうちにいろんなゲストをまねいたりして、とても楽しく授業ができました。
 今日の授業は、先生の友達の山田泉さんが出たアンビリーバボーを見ました。山田さんは、乳がんを持っていながらも、中学生や高校生にいのちの大切さを教えていました。
 でも、乳がんが再発したときに、いのちについて教えていた生徒が、山田さんのところに来て励ましにきました。僕は、これを見て、だれにでも親切にすれば、その親切が返ってくると改めてわかりました。
 この1年間、いのちの授業を受けてよかったです。

  最後のいのちの学習「1年間のふり返り」  う・も
 この1年間のいのちの学習の中で、今日が最後のいのちの学習でした。私たちのいのちにかかわる学習ができて、すごくよかったです。どの授業も「生きる」ということにつながっている授業で、これからの人生に役立ちそうなことがいっぱいありました。この授業で知ったことは、いつでも自分の隣に死があるということです。今まで、死ということについてあまり考えたことがありませんでした。しかし、いのちの授業で実際にその体験をした方が授業に来られて、すごくわかりやすく頭に入ってきました。
 自分のいのちは、1つしかないので、今からの人生を無駄にせず、しっかりと精一杯生きていきたいと思います。

  最後のいのちの授業の感想  よ・ひ
 今日、3月21日5時間目に最後のいのちの授業がありまし内容は、山田泉さんのいのちの授業でした山田さんのいのちの授業で、心が動かされた人がたくさんいました。山田さんが病気にかかっていても、いのちの恩返しをするために頑張っていたので、凄い人だと思いました。僕もそのような人になりたいです。
 先生のクラスになって、いろいろな人に「いのちの授業があるんだよ」と言われて、どんな授業かと思ったら、その通りにいのちのことを深く考える授業でした。たまに特別ゲストを呼んだりしていました。例えば、上水流さんやM先生などでしたやっぱり、先生が語るのと、そのゲストが語るのでは同じかと思ったら全然違いました。これからの人生で、立派に生きていくために、このいのちの授業を無駄にせず生きていきたいです。

  1年間の「いのちの学習」を振り返って~最後のいのちの学習  い・け
 あの1年間、「いのちの学習」をやって思ったことが、2つあります。まず1つ目は、自分の人生の歩み方が変わったことです。2つ目は、自分の心が強くなった気がしました。そして、今日は、最後の「いのちの学習」が終わりました。最後の「いのちの学習」は村末先生の友人の泉さんの話でした。その話で、1番印象的だったのは、泉さんの言葉の「生きている限りは、だれかに何かをしよう」ということです。僕は、この1年間、「いのちの学習」を受けてよかったなと思いました。

  いのちの授業  ひ・と
 1学期~3学期までいのちの授業を受けました。最後のいのちの授業は、山田さんの話でした。がんを2度も患った山田さんは、がんによる痛みや薬の副作用を耐えながら生活していました。苦しい生活生活だったと思いますが、その中でも山田さんは、自分にできることは何かを考え、いのちの授業を始めました。そして、自分1人だけでなくたくさんの人から支えられていのちの授業を続けていました。そのいのちの授業は、たくさんの人の生き方や人生を変えました。それからも、がんのつらさに耐えながらも、今度は遠方にまで行って授業していました。
 僕は、このように人のために何かしている人を見て、人生は1度きりだから、その一度を大切に、人のためにも生きていこうと思いました。
 これまでのいのちの授業も合わせると、1つしかないこのいのちを大切にし、何かを成し遂げ、人生の意味のあるものにする、そして、人は1人では生きていけない、支えてくれる人がいるからこそ、今生きていている、だから、支えてくれた(る)人たちに感謝するということを学びました。

             お・み
 1年間のいのちの授業を受けて、いろいろないのちの重さ、大切さがわかりました。上水流さんは、がんになり、とてもつらい人生を歩み、誕生日もベッドの上だったけど、家族など、身近な人達を助けてくれたから、次の誕生日は、山頂で祝えたり、M先生の血液の病気になり、死と生の隣り合わせだったという話を聞いたりし病気というものは人を生と死の間にまで追い込み、とても辛いものということが分かった。
 だから、そのつらい病気にかからないように頑張りたいです。

  1年間の「いのちの授業」を振り返って  ど・み
 1年間「いのちの授業」を振り返ると、いろいろなことを学んだと思った。小便について考えたり、死の授業をしたり、本当にたくさんのことを学んだ。授業ごとに感じたことは違ったけれど、今思い出せば、感想の時に考えていたのは、すべて「生きているということって素晴らしい」ということだった。
 少しずつの学びが、やがて大きな学びになってきていて、それはすべて生活に生かしていける学びだった。その学びを活かしてこれたか、今はわからないけれど、死ぬときにはきっとわかると思う。「生きていくということは、だれかに借りを作ること」「生きていくということは、その借りを返していくこと」この詩の素晴らしさは、いのちの授業をした後だと、とても心に響いた。このような素晴らしい授業してこれたのも、「生きている」からだと思った。

  1年間で学べたこと~いのちの授業から~  ふ・す
 この1年間で学べたことは、数えきれないほどあります。その中で、最も心に響いていることは、いのちの授業から学んだいのちの大切さと尊さです。
 様々なゲストを招きして、いのちの大切さ、尊さを改めて見つめることで、限りなく1つしかないこのいのちを、大切にしようと改めて終えるようになりました。
 先生のいのちの授業で招かれた上水流さんなどのお話は、これからの僕たちの人生のお手本となると思います。
 僕は、いのちの授業を受けることができて、本当によかったです。

  最後のいのちの学習、1年間のふり返り  や・た
 この1年間、いろいろないのちの学習をしてきました。大切なもの、生きるということ、いろいろなものを考えてきました。でも、僕は今までのすべてのいのちの学習は、「学習とは人との出会い」だと言っているようだなと思いました。
 僕は、いのちはすべてのいのちとつながっているんだなと思いました。僕にとっては、6の1のすべてがいのちの授業でした。
 これからも、人との出会い「学習」を続けていきたいです。

  最後のいのちの学習~1年間の振り返り~  う・み
 私は、4年生の時に初めて山田泉さんを知りました。山田さんは、がん患者で決してとても元気というわけじゃないのに、なんでいろんなところに行って授業ができるんだろう?と思いました。でも、山田さんはみんなに恩返しをしたいという思いだけで授業をしていたので、凄いなあと思いました。
 今回の、山田泉さんのことと、今まで1年間の東日本大震災のこと、上水流さんのお話し、M先生の授業など、すべてのことにつながっていることは「いのち」です。
 あの1年間で学んだ「いのちの学習」のことを、これからの人生にいかしていき、自分が死ぬときに、自分の人生、よかったなと思えるように、生きていきたいです。

  最後のいのちの授業  も・や
 今日、最後のいのちの授業がありました。今回のいのちに、4年生の時にもやった内容でした。だけど、6年生になってみると、4年生の時には考えていなかったことも考えるようになりました。4年生の時は「いのち、大事なんだなあ」くらいにしか考えられなかったと思うけれど、今となっては「山田泉さんは、いのちがあったから、友だちや夫に支えられてもらえていたり、いろんな学校に行って「がん」について語ることができていたんだと思いました。あと数日したら中学生になるけれど、私も、信頼できる友達を作り、これから先、頑張っていきたいです。

 私が6年生になってからも、4年生の時と同じく「いのちの授業」がありました。1年を通して、いろいろないのちのことについて学びました。他にも、算、国、理、社その他もろもろ勉強してきたけど、やっぱりいのちのことについては、他の教科とは違う感情がありました。私は、「いのちは大切」とか軽く言っていたけれど、4~3月までの授業を通じて、「いのちはたった1回しかなく、失ったら2度と戻ってこないもの」というのがとてもわかりました。

  1年間の振り返り~いのちの学習~  み・か
 この1年間、6年1組でたくさんのいのちの授業を受けました。私が、この一年間で最も心に残っているのは、M先生が元気にいつも笑顔の先生が、若い時代に病気と闘っていたことがびっくりして、初めて聞いた「ゲストはM先生」と言った言葉で、思わず声が上がって、「うっそー」と声が出ました(自然)。若い時代にまさかの入院になり、「1回家に帰らせてください」と言って、医者が「いや、これはだめだ」と言って、私はその時に「何でだめなの」と心の中で思って、なぜかというと、その時の症状がひどく、車の運転もできないくらいのものだったからです。私は、1年間いのちの授業を受けてわかったことが、いのちは本当に人間にとって「大切」なんだなと思いました。これからも、いのちのことについて知っていきたいです。

  1年間の「いのちの授業」のふり返り…最後のいのちの学習…  ま・は
 この一年間、村末先生のいのちの授業をやってみて、村末先生がいのちの授業をやっているのは知っていたが、実際に先生の授業を受けてみると、とても悲しみやうれしさもあり、とても感動できるほどでした。1度だけスペシャルゲストでがんになっている上水流さんを呼んで、上水流さんは、がんであることを悪く思っていないと聞いて、とても驚きました。そして、今日、最後のいのちの授業をして、学習とは、人との出会い、ものとの出合いということがわかりました。
 僕は、いのちの授業というとてもいい体験ができました。これからの生活に生かしていきたいです。この1年間、本当にありがとうございました。

  1年間のいのちの授業を振り返って  ほ・あ
 私は、この1年間いろいろなことを学びました。「いのちの授業」はいろいろなゲストを招いたり、成り立ちの勉強したり、ビデオを見たりと、いろいろ体験したりしました。その中でも私は、上水流さんのがんのお話と、M先生のお話が心に残りました。
 上水流さんは、誕生日にベッドの上で「次の誕生日は富士山の上!」ととてもびっくりしました!そして、3回ぐらいがんになり、とても苦しかっただろうなと思います。だけど、いくら苦しくても、立ち直った上水流さんは凄いと思いました。
 そして、この間M先生のお話は、最初に先生が「M先生です」と言ったときは、とてもびっくりで、冗談だと思いました。けれど、すぐにM先生が話し始めたので、とでもびっくりしました。M先生だと分かる前に、村末先生が説明したときは、私の頭の中では、とても細くて小さくて、顔色は白くて…という想像でした。それが、まさかM先生だったとは!めっちゃびっくりしています。そして、M先生のお話はすごくびっくりするお話でした。お医者さんは優しいと思いました。そして、M先生はとてもつらい治療に耐えてここまで元気になっていて、とてもびっくりしています。そして弟は、とても勇気と優しさがあるなあと思います。けど、M先生、M先生の弟さんを見習って、頑張りたいです。
 この1年間のいのちの学習、これからたくさん生かしていきたいです。

  1年間「いのち」の学習  た・や
 僕は、1年間の「いのち」の学習で学んだことがあります。それは、一生懸いのち生きるということです。何事も一生懸いのち生きていなければ、何も始まらないからです。だから、この6年生での1年間の「いのち」の学習で学んだ、一生懸いのち生きるということを忘れません。
 この1年間、いのちの学習をありがとうございました。

  1年間のいのちの学習の振り返り  は・み
 1年間、いのちの学習してきて、ゲストで来てくださった上水流さんとM先生の授業が、心に残っています。
 それは、がんなどの重い病気にかかっても、みんな患者さんは前向きに生きていて凄い!と思ったこと、死ぬかもしれないからいろいろな人との出会い、家族などを大切にでき、今普通に生きている人より人一倍、人や物を大切にして凄いと思いました。
 私も、山田泉さんのように、人からもらった恩を返していけるように、いのちを大切にしていきたいです。
 そして、自分のいのち以外の人のいのちも大切にできる大人になりたいです。
 1年間、いのちの授業、本当にありがとうございました。先生から教えてもらったことを忘れず、中学生・高校生になっても大事にしていきたいと思います。

  1年間いのちの授業を受け  ご・て
 いのちの重さを改めて知ることができました。
 上水流さんのがんの体験談やIさんの東日本大震災の被災地に行ったことなど、これまで自分が体験したことがなかったいのちの授業を、心と体で体験することができました。特に今年は、東日本大震災が起こり、いのちの重さを知ることや、人と人との絆を知ることができました。これからも、いのちの授業で学んだことをしっかりと生かせるように、努力したいと思います。「命」という1文字を大切にしていきたいです。

  いのちの授業・1年間  わ・ひ
 僕は、いのちの授業をしたおかげで、大きく変われると思います。いのちの授業は、いのちの大切さ、いのちをこれからどう使うか、を考えさせてくれました。ゲストも、上水流さん、敬のお父さん、M先生など、いのちにかかわった人達などが僕たちに一生懸いのち教えてくれました。
 いのちは1つしかない。その1つが終わると、先がもう真っ暗だということがよく分かりました。東日本大震災で、多くの人々が亡くなったことについても授業でして、1人のいのちがこんなに重いんだなと感じました。
 また、最後のいのちの授業のDVDで見た山田泉さんの話は、人との出会いが大切だということを知りました。後、自分が死ぬまでに悔いの残らない、この人生をよかったと思えるようにしたいという気持ちを、いのちの授業で知れました。
 なので、これからの人生を大切にして生きていきたいです。本当に、いのちの授業で、ぼくの心の中で、いのちを思う気持ちが変わりました。

2012年3月22日 (木)

天までとどけ2011/第70号:さあ、いよいよ旅立ちの時

   子どもたち、保護者の皆さん、ご卒業おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。

 伊敷台小学校へ来てから、初めての六年担任ということで(おそらく今回で最後でしょう)、わたしなりには緊張した一年間でしたが(本当ですよ)、何とかゴールにたどり着いて、ほっと安堵の一瞬を迎えています(もっとも、これを書いているのは卒業式前の早朝ですから、ちょっと時差はありますが…笑)。

 さて、今、この時を迎え、目を閉じて今年一年を静かに振り返ってみると、実にたくさんの思い出がよみがえってきます。

 3・11直後の今年度は、やはり、震災に関する学習からスタートさせることにしました。Kさんのお父さんから学んだ、「被災地の現状」に関する学習、支援物資を送る活動、学習発表会での「未来へ」の群読と連なりました。そして、がんサバイバー・上水流さんの「いのち」の授業や、参観日に実施した、死の疑似体験学習。そして、M先生の闘病体験を元にした身近な存在に学ぶ授業。こうしたとり組みで、「いのち」を正面から考えてもらいました。漢字の授業や「恋愛クラブを科学する」などの授業もやりましたね。

 もちろん、教科の学習では、数え挙げたらきりがありません。「総合」の見学学習や修学旅行もありました。運動会での組体操や全員リレーへのとり組みも。そして、ソーラン節は、家庭科での長半天をまとって、格好いい踊りに仕上がりました。その途中、たくさんの「悪さ」もたくさんしてくれて、いやいや本当にドラマの一年でした…(みんなは、かなり強敵でした…笑)。

 ところで、例年とり組んでいる、どろんこサッカーや、いかだ乗り、干し柿作りの実践は、震災による原発事故の影響を考えて「自粛」しました。何人もが、「やらないの?」と催促してくれましたが、わたしにとっても残念な年でありました。

 さて、今日までの小学生時代は、人間として生きる上での「土台」づくりの場であったと思っています。感性を磨き、友だちの大切さを学び、努力や苦労の基本的な意味を知ることによって「変わる」という経験と喜びを味わう。人に感謝する心や怒りの感情等々も…。ここで全てを挙げ切れませんが、みなさんは、それらのことをきっと学んでくれたと思っています。

 さあ、いよいよ中学生時代へと突入です。これから始まる三年間は、思春期の「揺れる時代」真っ只中となり、友だち優先の思考の中で、親子でのぶつかり合いもたくさんあるでしょう。それを楽しめるくらいの余裕があればいいですね(書くのは簡単ですが…笑)。

 それでは、本当にお世話になりました。またお会いましょう。

 最後に子どもたちへ一つだけお願い。中学生になっても元気にあいさつだけはしてくださいね。そして、何かあったらいつでも遊びに来てください。いつでも相談しに来て下さい。待っています。本当ですよ。

 では、これからもどうぞ、よろしく。さようなら。

2012年3月21日 (水)

天までとどけ2011/第68号:M先生の「いのち」の授業

 今年度、最後の特別ゲストは、少人数指導のM先生でした。M先生は、二十代の頃に、大病を経験され、「いのち」と真正面から向き合った人です。今回、子どもたちの卒業に当たって、メッセージを届けて欲しいと、「いのち」の授業をお願いしたところ、快く引き受けていただきました。

 子どもたちは、かねて優しいM先生が、そういう経験をされたのかと驚いていましたが、ぐっと真剣に話に聞き入り、自分の中で思考している様子が伺えました。子どもたちの感想文を読みながら、M先生に授業をお願いして良かったと思いました。

 それでは、子どもたちの感想文をご紹介いたします。

 M先生の話を聞いて  と・も
 初め、前に立ったとき冗談だと思っていました。ですが、しゃべり始めたとき、「本当にM先生なのだ」とと思いました。いつも笑顔で優しいM先生が、病気だったなんて信じられない思いでした。
 弟さんが移植してくれたり、お姉さんが会社の人達に呼び掛けてくれたりして、周りの人もサポートしてくれて、1つの命を守るために頑張って凄いと思いました。友達や家族がなったときは、協力したり、サポートしたりしたいです。自分がなったときは、あきらめずに笑って過ごしたいです。
 これから頑張ってください。ありがとうございました。

 M先生の話を聞いてみて  し・さ
 今日の命の授業の特別ゲストとして、M先生が体験した血液の病について話をしてくれました。
 そのM先生が話をしてくれた、血液の病は、体を傷つけるのはもちろんでしたが、心までも傷つけ、苦しい生活の中、その病と闘い続けた日々の話は聞くだけでも怖いのに、体験したM先生はもっと怖いと思っていただろうし、その中耐えた先生は、凄いと思い、改めて命の大切さを感じました。
 また、きつい状態の中を支えてくれた医者や看護士、両親などのたくさんの人が、1つの命に目を向けてくれて、支えてくれたところを、もし私の身近な人が重い病気になったら、私が支えてあげられるようにしたいです。 M先生の貴重なお話を聞けてよかったと思います。

  M先生へ  ど・み
 今日、M先生のお話を聞いて思ったことが2つあります。1つは、人の命に多くの人がかかわっていること。M先生は、生死の間をさまよったときに、医者の人々や、家族など、たくさんの人に支えられたから頑張れたのだと思うし、助かる方法であった移植の時には、弟さんの骨髄を使わせてもらったことは「生きてほしい」と弟さんが強く思っていたからだと思います。2つめは、M先生の強さです。どんなに治療がつらくても、耐えて耐えて、その上治療にかかわった人に感謝できる。しかも、そのことをすべて話せる。とても強い人だと思いました。今日、話してもらったことを、ずっと生かして生きていきたいです。

  M先生の話を聞いて  い・し
 今日の三、四時間目に、M先生の話を聞きました。その内容は、M先生が20代後半の時に、血液の大きな病気になった時の話です。僕は、よくM先生と顔を合わせる身近な存在ですが、先生がそんな病気になったと聞き、とてもびっくりしました。その病気の治療はすごくハードで大変なものだったと思います。その治療をいつもきちんと受けることができたのは、M先生の頑張りでもあると思いますが、その多くはドナーになってくれた弟をはじめとするたくさんの人の支えがあったからだと思います。

  M先生の話を聞いて  こ・み
 今日の特別ゲストは、算数のM先生でした。M先生が、大きな病だと知ったとき、とてもびっくりしました。最初は疲れだと思っていたのが、実はすごく大きな血液の病気となっていて驚きました。
 M先生の話から兄弟の信頼や絆がとってもあるんだなと思いました。私も、M先生と同じように3人兄弟で弟が2人います。いつもけんかしかしないけど、何かあったらお互いに助け合って生活していきたいです。
 M先生のおかげで、命を見つめ直すことができました。

pencil いよいよ明日は,卒業式 loveletter

  ついに,明日は卒業式です。本当にあっという間の一年間でした。ふり返ってみれば,いろいろありました…。
「いのち」の学習をベースにしながら,運動会や修学旅行で上昇気流を作り出し,学習発表会で感動と達成感を味わわせ,そのままの勢いで卒業式を迎える…という,卒業学年担任としての筋書きは,終盤,立て続けに起こったいくつかの「事件」で,もろくも崩れ去りました(笑)。
 しかし,これはまたこれで,子どもたちの「人生」にとっては意味のある学びだったのかも知れないと思っています。「教育」というとり組みがまさに人と人とが創り上げる「ドラマ」なのだということの証明だな…とも,明日を控えて考えています。
 さて,子どもたちは,明日の卒業式をどんな「ドラマ」として創り出してくれるでしょうか。全員が主役です。

2012年3月19日 (月)

天までとどけ2011/第67号:今、見えない不安や悲しみを共有し、未来に向かう

  卒業前…。落ち着かない教室は、やはり見えない「未来」への不安の表れだと思います。
  そう考えて、「今」の不安や悲しみを出し合い、交流する授業を行いました。皆、それぞれに不安定さを抱きながらこの瞬間を生きているのです。そして、この瞬間が紛れもなく「未来」へ続いているのです。では、子どもたちの卒業前の心の世界をご紹介します。

  悲しいこと
まずはSの転校。友達が転校するのは、すごく寂しくなります(一度経験したことがあるので)。だから、残りの時間を楽しく過ごしたいです。
 もう一つは、伊敷台小との別れです。この学校には、6年間お世話になったし、たくさんの思い出があるから、もっと小学校にいたいと思いますしが、中学校に進まなくてはなりません。なので、残りの学校生活を楽しく過ごすようにしたいです。

  悲しいこと
 ぼくは、あと六日間しかS君と学校でいられないということがとても悲しく思います。今まで、ハレマスの仲間として、一緒に四月から遊んできたのにとてもショックです。
 だから、後の六日間もS君と楽しく思い出に残るようにしたいです。

  今不安なこと
 私は、今不安なことがあります。それは、中学校生活です。…中略…ここで心配なことが、友達ができるかということを、上下関係がしっかりできるかということです。

  心配なこと
 中学に入ってからいい成績が取れるか心配。理由は、兄が十位以内をとっているので、それに続いていい成績を取れるか心配だから。

  悲しんでいること
 私が今悲しんでいることは、仲良くしている友達と中学校が変わってしまうということです。
 その友達は、毎日仲良くしていたので寂しいです。そして、わからないところも教えてくれてとても優しくしてくれました。その友達と中学校が変わることが悲しいです。

  不安や悲しみ
 ぼくに不安や悲しみは二つあります。一つ目は中学校に行って勉強についていけるかです。ぼくは、理系まりできないので、これから毎日頑張って予習復習をしっかりしたいです。
 二つめは、東日本大震災のような大災害が今起きたらどうすればよいかです。家族がいなくなってしまうかもしれないし、いろいろな大切なものが失われているからです。その不安を少しずつ解消していきたいです。

  心配なこと
 私が心配なことは、中学校です。上下関係とかも怖いし、成績がどうなるかなと思うと心配です。部活の入った方がいいと思うけど、入ったら硬筆と習字をやめなきゃいけないので、部活は入りたくありません。中学校がとても怖そうだし、心配です。

 私は、今のところ悲しいこととかはないけど、前まではある人達とけんかをしていて学校に行くと、その人達のことばかり気になっていた。だけど、自然と仲が元に戻っていって、それからはとても気持ちが軽くなった。
 これからは中学校の事がほんの少し気になってくると思うけど、何事にも挑戦すればいいと思う。

 私が今悲しいと思うことは、Yさんが転校することです。最初、転校すると聞いたときはびっくりしました。今までずっと仲がよかった友達と会えなくなるのは寂しいけど、お別れまで楽しみたいと思います。

 中学校でのドキドキと不安
 私は、伊敷台中に行くのはどきどきで楽しみだけど、不安なところが三つあります。一つ目は、部活。私が入りたい部活は、練習ばかりで休みがないと聞いています。それに、塾に行く暇はなくて塾に行っている暇がないそうです。お母さんは、その部活に入るなら塾も他の習い事もやめなさいといっています。どうしよう…。
 二つ目は、テストです。入ってすぐのテストがあります。私は、なるべく前の方に入りたいけど、とても心配です。4月から始まる英語もです。まあ全力で頑張ります。いろいろな不安があるけど、自分の目標に向かって頑張ります!全力で~。

  心配なこと
 私は、心配なことが一つあります。それは中学校です。上学年の人や同学年の人達にいじめや嫌がらせされたりしないかです。
 一組以外の人はあまり知らないので、早く他のクラスの人と仲良くなったり、他の小学校の人達とも友達になれたらいいなと思います。
 また、いじめられている人がいたら止めてあげられるようにしたいです。

 ぼくが今不安に思っていることは、たくさんあります。それは中学校についてです。一つは勉強についてです。これからは今までよりもっと難しくなっていくと思うからです。もう一つは中学校での上下関係です。昔三年生の頃、5年生に敬語を使わなかったから、棒で叩かれたりしたからです。中学校に行くともっと厳しくなると思います。

  気になっていること
 これから中学校に行くことになりましたが、野球をしたいんですけど部活の軟式野球部に入るが、硬式野球部のロイヤルズに入るか悩んでいます。本心は、ロイヤルズに入りたいのですが、ロイヤルズに入ると高校に行くとき、内申書に響くからとお母さんに言われ、さらにお父さんが転勤してしまうとお母さんにかかる負担が倍になってしまうので、ほぼ部活にすることになっています。先生はどうすればよいと思いますか?

 伊敷台スポーツ少年団とも、今週の土日にお別れします。県大会も一回戦で負けてしまいました。そして、中学校で心配なことは、部活や勉強です。ぼくは、クラブチームに入りますが、それでも、部活と同じくらい大変です。勉強は、国語や社会がとても心配です。

  心配していること
 私が心配していることは、中学校になってからのことです。その中学校になってからのことの内容では、まず勉強で回りについていけるかということです。入学する前からもうランキングがすでに出ていると思いますが、それでも自分の勉強で回りについていけるのかというのが心配です。その他にも、部活をどうしようかというのも気にしています。
 だけど、それ以上に…中略…ほとんど知らない人達とクラスになるので、友達作りも頑張らないといけないことです。
 この心配もありつつ、卒業式への緊張感はきついです。

  心配なこと
 ぼくは、習い事のことが心配です。なぜなら、小学部から中学部に上がり、練習がハードになるからです。特に、ぼくは体力がないので、長距離を走るのは苦手です。なので、中学生の練習についていけるかがとても心配です。

  心配なこと
 私は、中学校に行ってからの勉強が心配です。今でもとても勉強が苦手だし、中学になってなおさら難しくなるのに、大丈夫かなと思っています。たくさん勉強を頑張って、何とかついていけたらいいです。

 悲しいこと…野球の県大会で1回戦で負けたこと。次に最後の大会で優勝できなかったこと。
 心配なこと…中学校に行ったとき、友達ができるか。

  傷ついていること
 今の自分は、傷ついてなんかいませんが、なんか一つ気になることが。ハレマスで話しているとき、自分の時だけ反応が薄い!それを言うと、被害妄想だとか、馬鹿じゃないのと言われるのです。傷ついてはいないけれどひどい!

  悲しいこと、つらいこと
 私にとって一番悲しいこと、つらいことは、友達やいろんな人との関係です。
 もし、この関係が崩れると、私はどうしていいかわからなくなって、とてもつらい気持ちになるからです。
 そんなことになったのはあまりないけど、とてもつらかったんだと思いました。

心配なこと
 私が言う心配のことは、中学校で勉強についていけるか、先輩と仲良くできるかです。
 だけど頑張って勉強したりしたいです。

  心配なこと
 私が心配なことは、やっぱり中学校のことです。部活も多分やると思うから、勉強と両立できるか心配です。

  中学校への道のり
 ぼくは、あと1カ月ほどで中学校へ行きます。そのときに、ぼくは不安なことが二つほどあります。一つ目は、先輩後輩の上下の関係についてです。トラブルに巻き込まれる可能性があるからです。
 二つ目は学習面です。テストで順番が出るので、できるだけ復習をして、少しでもよい点数を取れればいいなと思っています。以上が、ぼくの中学校への不満なことの二つです。

  悩みといえば…
 今の一番の悩みといえば、友達関係です。人との話について行けなかったりするのがよくあります。一人になると、悲しくなるので、無理矢理でも話を合わせるけど、今日の「一人になる勇気」という言葉を聞き、生きる一人になって自分を見つめ直すことも必要かなと思いました。あと、「一人にさせない勇気」では、一人を作らないように、回りにも気を配りたいです。差別をしないようにみんなで考えていくべきだと思います。それに、悪口などを言われないようにして、残りの日を楽しく過ごしていければいいです。
 人の表情をうかがって、淋しそうな時は話しかけたりしたいです。

 Sが福岡に転校してしまうことがとても悲しいです。それは、今まで学校に一緒に行ったし、ハレマスタでも一緒にいたのに、転校してしまうのがとても悲しいです。
 でも、Sは、ずっとぼくの親友だと思っています。

  気になっていること
 ぼくは中学校に入ったら、たぶん部活は野球部です。ですが、軟式は慣れていないので心配です。あと、先輩がどういう人なのかが気になって仕方ありません。中学校の先生は、怖そうだったし、勉強が難しくなるので心配です。

 合唱が終わってしまったことです。四年間続けていたので寂しいです。
 あと、やっちゃんの転校です。今年初めて同じクラスだったけど、前習い事を一緒にやっていたので、やっぱり悲しいです!

 ぼくが、今気にしていることは、中学校の勉強とそのテストです。ぼくは、先輩が「テスト範囲が広くなるから、難しいよ」と言っていたのでとても心配です。

2012年3月14日 (水)

天までとどけ2011/第66号:1年間をふり返って~3学期のアンケートから・その2~

年度末アンケートの結果、その2です。

sprinkle 六年生の生活で最も心に残っているシーン

い・り
1.修学旅行でみんなとホテルに泊まったり、グリーンランドで遊んだこと 2.上水流さんのがんについての話を聞いたこと 3.学習発表会で頑張ったこと 

い・け
1.学習発表会で拍手喝采のソーラン節 2.修学旅行で楽しんだ 3.上水流さんのがんのお話が衝撃的

い・し
1.修学旅行。ホテルでの消灯時間と、グリーンランドは特に楽しかった。 2.運動会での組体操。みんなで心をひとつにして作り上げた。 3.2学期のお楽しみ会の6・1グランプリで、ハレマスが優勝したこと

う・も
1.修学旅行のホテルの中で遊んだこと 2.学習発表会の「未来へ」 3.運動会の組体操

う・み
1.修学旅行のグリーンランドで友達と二オーに乗ったこと 2.伊敷台祭で友達と一緒に回ったこと 3.運動会の組体操をやり終わった後に拍手がもらえたこと

お・み
1.運動会のかけっこで1位になった 2.学習発表会で学年最後のソーラン節を踊った 3.修学旅行でジェットコースターに乗ったこと

か・り
1.修学旅行で初めてケットコースターに乗ったこと 2.委員会でたくさんお仕事をできたこと 3.県合唱祭で、合唱部みんなで本当に楽しく歌ったこと

か・も
1.修学旅行で、友達と協力し合って自主見学のルートを決めた 2.学習発表会で練習を頑張った。本番で踊り終わると友達に「かっこよかった」と言われた。 3.運動会でリレーで距離を縮めたこと

こ・み
1.修学旅行。熊本城やグリーンランドに行ったこと 2.学習発表会。ソーラン節をかっこよく踊れたこと 3.劇団四季の観劇会。とても感動した。みてよかった。

ご・て
1.修学旅行…みんなで協力して作り上げたこと 2.伊敷台祭…頑張ってみこしを作ったこと 3.川辺大会優勝…努力すれば結果はついてくる

さ・し
1.学習発表会のソーラン節 2.修学旅行でのグリーンランド 3.修学旅行でのホテル

し・さ
1.修学…グリーンランドで長い時間を遊びたいだけ遊んだこと 2.学習発表会…震災の思いを伝えることができたと思うしソーラン節は最高の踊りになった3.運動会…短距離

た・や
1.修学旅行。グリーンランドでのアトラクションや食事がおいしかった 2.学習発表会。拍手喝采。うれしかった。 3.運動会。みんなで協力したリレーとみんなが頑張った短距離走。

た・り
1.修学旅行のグリーンランドで、友達とたくさん遊んだこと 2.上水流さんのお話で、命について考えることができたこと 3.組体操でピラミッドを見事に完成させたこと

ど・み
①運動会の紅白リレーのゴール 2.修学旅行の活動すべて 3.伊敷台祭りで友だちと回り、花の販売をしたこと

と・も
1.修学旅行。友達と楽しくしゃべったり、遊んだりしたこと。最高の思い出ができました。 2.伊敷台祭り。委員会で花の苗を売ったり、いろいろ買ったりしました。とても楽しい祭でした。 3.バイキング給食。栄養を考えながら、食べ物をついでいきました。おいしかったです。

と・ま
1.学習発表会のソーラン節を踊ったこと 2.修学旅行で見た熊本城の内部と遊んだグリーンランド 3.修学旅行の夜に友達と枕投げをしたこと

に・り
1.修学旅行。熊本城を見てとても感動した。 2.劇団四季の観劇会。とても印象が強い。感動した。 3.学習発表会。ソーラン節を力強く踊った。

の・は
1.急に関節がいたくなって立てなくて、歩けなかったと 2.上水流さんががんの話をしてくれたとき 3.命の授業をしたとき

は・み
1.学習発表会のソーラン節の最後のポーズ 2.修学旅行のグリーンランドでたくさん遊んだこと 3.運動会で3位は3位だったけど、2位と差をつけずゴールできたこと

は・ま
1.修学旅行でいっぱいジェットコースターに乗れたこと 2.学習発表会で6の1ソーランが成功したこと 3.運動会で組体操がほぼ全部成功したこと

ひ・と
1.学習発表会で、ソーラン節を踊り終えた瞬間 2.「ユタと不思議な仲間たち」の最後の別れのシーン 3.修学旅行のお化け屋敷で怖すぎて走ったこと

ふ・す
1.友達との絆がさらに深まった修学旅行 2.劇団四季「ユタと不思議な仲間たち」を見たこと 3.運動会のリレーで追い詰めたけど、惜しくも負けたこと

ほ・み
1.学習発表会でソーラン節を踊って、みんなに「凄い」と言われたこと 2.修学旅行で友達と枕投げをしたことと熊本城に行ったこと 3.劇団四季の劇を見に行って、友情の大切さを学んだ

ほ・あ
1.修学旅行 2.運動会 3.伊敷台祭り

ま・れ
1.修学旅行のホテル 2.ハレマスがてきたこと 3.修学旅行でグリーンランドに行ったこと

ま・え
1.修学旅行。みんなで協力して自主活動をしたり、アトラクションに乗ったりしたこと 2.持久走。朝、友達と練習して、目標タイムを決めて10位以内に入った 3.劇団四季。「ユタと不思議な仲間たち」を見に行ったこと

み・か
1.学習発表会で長半天を着て、ソーラン節を踊ったり、朗読で震災について語ったこと 2.運動会での組体操が大成功したこと 3.おみこし作りが大変だった

も・や
1.運動会の組体操で技を全部成功させたこと 2.学習発表会のソーラン節で、最後のポーズが決まったこと 3.修学旅行の一日目、班で助け合って見学したこと

も・み
1.かけっこをした 2.リレーをした 3.水族館に行った

や・た
1.学習発表会の毎日練習したソーラン節 2.みんなで行った修学旅行での熊本城見学 3.修学旅行のグリーンランドで遊んだこと

ゆ・そ
1.修学旅行のホテルでハレマスで泊まれたこと 2.2人の肉離れをきっかけにハレマスができたこと 3.持久走大会で7位になったこと

よ・ひ
1.修学旅行で寝るとき、HNLYTが凄い発言をした 2.運動会の組体操で海賊船を作ったこと 3.ミシンで自分の指を貫いたこと

わ・ひ
1.修学旅行のグリーンランド、枕投げ 2.学習発表会で暗記して発表したこと 3.運動会での応援団

む・ゆ
1.学習発表会のソーラン節 2.ユタと不思議な仲間たちを見たこと 3.ドッジボール大会で協力して頑張ったこと

2012年3月13日 (火)

天までとどけ2011/第65号:東日本大震災から一年を…子どもたちはどう捉えたか…

  東日本大震災  ほ・あ
 今日で、東日本大震災から一年が経ちました。まだ、一年だったけれど、がれきが少し片付いたぐらいです。今まで芸能人の人達などが、ボランティア支援に行ったりしていました。ボランティアでは、すごい思っているなあと思っていました。そして、震災が起きたのは、東北中心だったけれど、私たちに関係ないことはない。東北の人達だけが苦しむだけではいけない、その心を大切にしていきたいです。テレビでは、地震に関する津波や地震の映像がたくさん流れていました。初めて見た映像もあり、とてもびっくりしました。やはり悲しいと改めて感じました。これからも、きちんと心において生活していきたいです。

  あの日から…  に・り
 日曜日、今日で、あの最悪の日から一年が出しました。あの日、そう、東日本大震災が起こったあの日です。マグニチュード九.〇が発生し、それにさらにのしかかった津波です。
 今、最も注目すべきはずの復興が、一年経っても変わることはありませんでした。ぼくは、復興のために何もすることのできない自分が無力で、自分自身に悔しいです。今からでも、何かできることは、どんなことでもしていきたいと思います。

  震災から一年  ま・れ
 一年前の三月一一日、東北で大震災が起きて一年がたちました。一年がたった今日は、テレビでは東北の状態が映されていた。一年がたっても、なかなか東北はがれきなどでいっぱいです。テレビでは、「自分のもとにいた場所には、いたいけれど、津波などがまた襲ってくると怖いから、木を切り倒して高いところに家を作る」などと言っていました。
 でも、元の東北に戻すまでに、まだたくさんの時間がかかります。でも、一日でも早くなおって欲しいです。ぼくたちも、亡くなった人のぶんまで頑張って生きていきたいです。

  東日本震災について  む・ゆ
 東日本大震災から一年が過ぎました。私たち自身は、体験していないけれど、とても大きな揺れと共に波が襲ってきて、津波に巻き込まれたり、家の下敷きになったりして、命をなくした人々がたくさんいる。そんな怖いことが、自分たちの身近なところで起こるとは思わなかった。とっても怖かっただろうし、また悲しい思いをした人もたくさんいる。また福島では、放射線が空気中にたくさんあるため、今まで住んでいた家で暮らせない人々が数多くいる。まだ復興があまり進んでいないところもいっぱいあるので、頑張っていってほしいと思う。

  2011年3月11日の震災から一年  ゆ・そ
 2011年3月11日の東日本大震災から、今日、一年になりました。一年前、学校から帰ってくると、テレビに東北の映像が映っていて、何があったのかと驚き、じっくり見てみると、マグニチュード九.〇の地震があったと表示されていました。そして、夜からずっと東北の映像が映っていました。次の日もその次の日もすっとその映像を見ていると、津波や地震の怖さということがすごく伝わってきました。特に、津波の被害がひどかったと思います。死者・行方不明者は合わせて約二万人。その文字を見て驚きました。次に、福島第一原子力発電所事故。この事故は、福島に凄い被害を及ぼした。それから日が経っていき、ぼくたちは学習発表会で「未来」という題で朗読とソーラン節をやった。学習発表会も終わり、今日2012年3月11日、ぼくは赤十字委員会で東日本大震災義援金集めをした。最後に、震災というものはいつ起こるかわからないので、それなりの準備と、楽しい思い出を作っとくということを頭に入れておいた方がいいと思う。

  東日本大震災から一年…  は・ま
 今日、3月11日。日本の東北で起きた大震災から一年がたちました。マグニチュード9.0という大地震が起き、津波を引き起こし、今まではがれきはあまり片付いていません。
 私は、この大震災が起きて学んだことは、「家族って大切だなあ」「家って大切だなあ」と思いました。
 そして、家をなくした人々は、仮設住宅に住んだり、他のところに引っ越したりして、すごくかわいそうだなと思いました。家族をなくした大人や、子供がすごくかわいそうでした。私だったら、ずっと悲しんでいると思います。これからも大震災のことを思いながら過ごしていきたいです。

  震災から一年…  ま・え
 私が、学校で勉強しているときに起こった東日本大震災から、今日でちょうど一年が経ちました。私は、朝、テレビを見て一年前の現実を思い出しました。このテレビは被災された人にインタビューしていて、私は「家に帰りたい」とを持っているのだと思ったけど、「家に帰ると怖いから、帰りたくない」という人もいました。それに、私と同じ六年生の女の子が、津波でお母さんが行方不明になっていることを知り、一年経ってもまだ見つかっていない人もいる。それ程被害が大きかったことを、改めて実感しました。三月一一日にたくさんの命がなくなり、そして何こかの命が生まれたことも知りました。いまだ避難している三四万人がいることも知りました。海に犠牲者の冥福を祈り、灯篭を流す人の思いを考えると、心がずきっとします。犠牲になった一万五八五四人、行方不明者三一五五人のためにも、私たちが、犠牲になった人達のぶんまで、しっかりと生きたいです。

 3.11のニュースを見て…~あの日から一年~  た・り
 今日、東北地方大地震からちょうど一年経ちました。東北地方は、まだがれきだらけだったり、避難所で暮らしている人達がたくさんいました。私は黙とうをして、一年前の震災の様子を思い浮かべていました。やっぱり津波は、何もかも奪う恐ろしいものだと思いました。私は、ニュースで、優しい夫と娘二人を震災で亡くした東北地方の避難所で暮らしている人の話で、泣きながら津波は恐ろしいものだと訴えているのをみました。私は、これから先、この震災のことを忘れないで、東北の勉強できない人やスポーツができない子供たちの分まで、頑張って勉強したり、スポーツをしたりしたいです。そして私は、大切な人は失って初めて分かるんだなと思いました。

  あの震災から…  ふ・す
 今日で、あの東日本大震災からちょうど一年です。ですが、震災から一年たったいまも、復興はあまり進まず、出たがれきもまだ六.四%しか処分ができていません。さらに、行方不明者もまだ三〇〇〇人ほどいます。
 ぼくたちは、この震災があったことを忘れずに、子孫に伝えるとともに、一日でも早く復興することを願っていかなければいけません。

  感想  さ・し
 この一年はとても早かったと思います。震災当時、散乱していたがれきもきれいになりました。それに、東北が復興ということで、とても生き生きしています。なので、これから先も応援していきたいです。

  明日は  い・し
 2011年3月11日14時46分18秒に、東北地方太平洋沖地震が発生した。その時、ぼくは五年生で授業を受けていた。浜田先生が、「東北地方で震災があった。」と言った。
 ぼくは大したことではないだろうと思っていたが、家に帰ってテレビを見ると、どの局でも震災のことをリアルタイムで特集していた。ぼくはそれを見て唖然としていた。津波押し寄せてきたために、建築物はゴジラがやってきたかのように壊されていた。あまりの光景に、ぼくはそれを現実だと思えなかった。そんな震災から、もう一年経った。それでもまだ東北地方は、元の形を取り戻してはいない。だけど東北地方の人々は、前向きに強く生きていた。ニュースや番組の中で、カメラを向けられた被災者が、笑顔で「頑張っています」と言っているのを見て、ぼくが逆に元気をもらった。
 震災から明日でちょうど一年になる。この震災は、一生日本の歴史に残るだろう。震災が招いた壊滅的な被害を。しかし、それと同時に強く生きている人々のことも忘れられず、歴史に残るだろう。

  東日本大震災から一周年  た・や
 今日で、東日本大震災から一年が過ぎた。でも、東北は一年経ってもまだ去年と変わらないまま。ぼくは、少しでも早く東北が復活してほしい。そのためには、募金などの復興支援が大切だ。ぼくも、東北の人の気持ちになって、これからも日々生活を送りたい。また二年、三年となるにつれて、家々も建て直し、元の東北に戻って欲しいなと思っています。

  東日本大震災から一年  し・さ
 私は、東日本大震災に関するテレビ、多くの人が犠牲になった宮城県や、福島県のがれきや、行方不明者を探していた「自衛隊」の人達のテレビを見ました。
 その自衛隊の人達は、活動するときも、自分の家族に会うことはできない中、行方不明者を必死になって探しているところが印象的でした。そして、福島県の放射線の高い場所にも、自分から進んでいきたいといって活動してくれていた人がいたといっていたことに対して、自分の命も危険にさらされているのに、行方不明者を探し、家族に返すというとても大変なことを、一生懸命生きている姿に、私は、自分が学校で勉強や遊んでいるときにも、命を張って、他の知らない人の命を見届けるということに、凄さを感じ、実際の映像を見て、この東日本大震災は一年経っても何年経っても、津波の映像、福島第一原発の水素爆発をする映像、自衛隊の人が行方不明者を捜している映像、改めて見ても、心にしみました。

  夢・希望・そして復興  ご・て
 一年前のあの日、日本観測史上最大マグニチュード九.〇の地震と大津波が、東日本の太平洋沿岸を襲った。テレビで映し出せる津波の映像、破壊された町、それを現実に受け止めるまでは、自分にとってもかなりの時間がかかりました。ぼくは、今野球で、復興チャリティー大会やいろいろな大会で、東日本大震災で被災した人達のための言葉がきかれたりしました。そして、三月一一日。ぼくたちは桜島の溶岩グラウンドで、最後の大会をしました。昨日勝ち上がり、準決勝。ぼくは打席に立ち、東北と一緒になって打ちました。思い切り振って、ヒットになりました。それで、勢いづき、決勝まで進みましたが、結果準優勝でした。ぼくたちは、精一杯やったので東北の人々に元気を与えられたと思います。時が来るのは仕方がないことだけれど、時が経つ間にできることをやろうということを伝えたいです。

  東日本大震災  は・み
 東日本大震災から、一年が経ちました。私たち六年一組は、敬君のお父さんにお話を聞いたり、支援物資を送ったり、学習発表会で朗読をしたりしてきました。でも、私が特に頑張ったことが、募金活動です。私たち赤十字委員会は、八月に三回ぐらいと、三月一一日に募金活動行いました。そのとき私は、「どんなに少ないお金でも、そのお金に思いが込められているのかなあ」と思いました。そして、一緒に募金活動を行ったおばあさんたちは、だれかがお金を入れてくれるたびに、泣いていました。私は、これからも頑張って命を大切にしていきたいです。

  3.11から一年  も・や
 3.11からついに一年が経ちました。今でもいろんなテレビ局で、昨年の3.11に起こった「東日本大震災」について報道しています。その中で、私が気になったものがありました。それは、あるニュースで、被災地の人が言っていた「支援物資が全然来ない」というコメントでした。
 震災から一年が立とうというのに、被災地にまだ支援物資が届いていないのはおかしいと思いました。だから、いくら私たちがたくさん支援物資を送っても、一部の人に届かないと意味がないので、一年たった今も、復興はできていないんだなと思いました。

  今、思うこと  う・み
 一年前の今日、東北でとても大きな地震と大津波が起こりました。
 私は、最初、その被害の大きさを知らなかったので、「そうなんだー」ぐらいにしか思っていませんでした。でも、今思うと、あの地震と津波は、人々の思い出や大切な人も奪ったんだなと思います。
 小学生の自分にできることは、亡くなった命の文まで精一杯生きることだと思うので、命を無駄にせず、亡くなった同世代の子たちの分も、精一杯生きようと思います。それと、日頃からこういう時のために備えておきたいと思います。

 東日本大震災から一年経って  か・も
 去年の三月一一日。東日本大震災の国が起こりました。あれから一年経ち、テレビや新聞などで多くのことを知りました。その中で、一番心に残ったことは、アメリカと日本の間での「トモダチ作戦」です。
 アメリカは、日本の状態を知り、一人に一本もなかった水や食料などを、連絡・予定もなく避難所に届けてくれたそうです。米軍の中にある「黒の騎士団」に所属しているナディア・ブルーイットさんが、大人だけでなく子供にも笑顔になってほしいと言い、縫いぐるみを手渡しているシーンがあり、笑顔はその時の気分を明るくすることを知りました。
 このことを知り、笑顔で相手を明るくすることができるなら、これから笑顔で、相手を明るくしたいです。今までは、何ができて何をすることがよいのかわからなかったけど、自分ができることを見つけ、東北地方に近付けていきたいです。

  一年がたって…  と・も
 あの日から一年が経ちました。被害にあった人達の中には、少しずつ前に進んでいる人もいれば、三月一一日、あの日のままで止まっている人もいます。
 テレビを見ていると、「絆という言葉が安っぽくなってきている」と言った人がいました。がれきを受け入れてくれるところがないからだそうです。私は、少し悲しくなりました。復興のためにも、早くがれきなどを受け入れてほしいです。
 私たちの想像以上に苦しいと思うけれど、これからも力を合わせ、復興に向けて、一緒に頑張っていきたいです。
 絆という言葉を安っぽくしないよう、実現していければいいです。

  震災から一年  こ・み
 今日で、震災から一年がたちました。テレビでは、いろいろな番組が流されていました。いまだに復興のめどは立っていない場所もありました。
 テレビで、被災地の受験生の様子が流れていました。仮設住宅では、勉強ができない環境になっていたため、被災地では無料塾を開いて勉強する場所ができるようになっていました。受験生の頑張っている姿を見て、凄いなと思いました。受験生を応援するために、一個一五〇円の弁当を売っている人もいました。私は、自分のことで精一杯なのかなと思っていたけれど、被災した方々は頑張っている人を勇気づけていたので、とても感動しました。
 仙台のある中学校の合唱部の人達が「明日という日が」という歌を歌って、コンサートをしていました。また、大震災を経験した神戸の中学生も、チャリティーコンサートの寄付活動をしていました。
 このように、寄付など私たちにできることは、たくさんあります。自分たちにできることを考えて行動したいです。

  3.11から一年  い・り
 今日で、あの東日本の大震災から一年がたちました。私は、今でもあの何日間も続いたテレビのニュースが、ずっと忘れられないように思えました。
 また、地震の時からあった福島第一原子力発電所のことも、ずっと忘れられないけど、今思うと地震も事故についても、みんな必死になっていてとても変わってきたんだなと実感しました。

  3.11から一年  お・み
 東日本大震災、あの大津波と大地震で東北地方の人が行方不明者や死者が多くて、悲しみあふれ、あの大地震は一瞬にして平和を壊し、つらい人生に変えてしまった。
 その日から一年、今も復興を目指してできるだけ募金などをして、つらい人生を平和な人生に変えていきたいです。だから、自分も募金などできるだけ復興を目指して頑張りたいです。

  あれから一年…  の・は
 今日2012年3月11日、日本で最悪のことが起こった日から、ついに一年がたった。今日のテレビは、東日本大震災のニュースでいっぱいになった。ニュースでは、津波が来た時の映像や、その後の暮らしなどが映っていた。津波が来た時の映像で、衝撃的なシーンは、堤防を乗り越えて町に入ってきたことや津波で家が押し流されることなどがあった。ぼくはそれを見て、鹿児島にもこのような津波や放射能などがまき散らされている状況などを想像して、とても怖いです。
 それだけのことが起こっているのに、国は何もせずただ口だけなので、早く東北を復興してほしい。

  3.11の一周年  い・け
 三月一一日、あの東日本大震災から一年がたちました。大震災からちょっとは回復したけれど、まだまだ問題はあります。「一年間でこれだけか」とぼくは悲しくなりました。被災者は、野球がしたくてもできないので、その分まで頑張ろうと思い、さよなら大会に臨みました。結果は、三位だったけれど、被災者の分まで頑張れたのでよかったです。これからも、復興のために募金などをしていきたいと思います。

  一年たっても…  と・ま
 今日、朝、テレビを見てみると、ほとんど震災の特別番組やニュースの中の特集が流されていました。テレビを見ていると、「あの震災から、もう一年が過ぎたんだな」と感じました。だけど、一年経ってもまだ復旧していないところが多くて、放射能もまだまだ減ってきていないから、これからも大変なことがたくさんあると思うけど、負けずに頑張って欲しいし、私たちも、被災者を応援して困ったことがあったら助けていきたいと思います。

  震災から一年  ど・み
 2011年3月11日に起きた東日本大震災から一年がたちました。まだ、3000人余りは行方不明なままで、震災のショックから立ち直れていない人が大勢いるとテレビで言っていました。原子力発電の問題などは、まだ結論も出ていない上に、次々と新たな問題も起きています。一一日はソフトの試合がありましたが、二時四六分前になると試合を中断し、黙とうを捧げました。まだ、復興には時間がかかりそうなので、自分たちが生きているということに感謝しながら、自分たちにできることをやっていきたいです。

  あれから一年…  ほ・み
 今日は、三月一一日。東日本大震災から一年がたちました。朝から、テレビでは「三.一一」のスペシャルのニュースなどでした。
 長いようで短い感じもする一年だったと思います。テレビでインタビューされていた人も同じようなことを話していました。
 学習発表会での朗読劇で思ったように、すごく大変なことが起きて大勢の人々が不安や悲しみを背負い、今も、未来への希望を求めています。私はこの時にこそ、笑顔が大切だと思います。
 あれから一年、被災地はがれきが残り、多くの傷跡があります。私は、命を大切にするだけではなく、津波にあった人達の命を無駄にしないで、訓練を大事にやっていきたいと思いました。
 これからも、少しずつ明るい未来になっていけるようにしていきたいです。

  東日本大震災  や・た
 今日で、東日本大震災が起こった日から一年たちました。そして、今日ぼくのおじいちゃんが、東日本大震災の義援金の募金をAコープでするということなので、お金を持ってAコープに行きました。すると、赤十字委員会のみんなも募金活動をしていました。
 みんなも東日本の人々のために努力しているんだなとぼくは思いました。そして、一日一日の行いも大切なんだなとぼくは思いました。

  3.11から一年  よ・ひ
 今日、ぼくは、震災から一年経ってから、いろいろと考えました。今日はソフトの県大会で、負けたら終わりの試合でした。試合が終わってから、昼の二時四六分に黙とうのアナウンスがありました。その試合が終わった後、テレビを見ていると、震災の特集がありました。それで、津波が来る様子を携帯で撮影した人がいました。その人は、川の水かさが増えても、全然逃げていませんでした。その人は、生き残っていたのですが、なぜ逃げなかったかと聞くと「おもしろ半分だった」と言っていました。それを聞いて、ぼくは、ものすごくショックでした。理由は、その人は命が一つしかないことも分かっていなかったからです。それから、ぼくは、この震災があったことを、これから生まれてくる人に言い伝えたいです。

 震災によって分かったこと…  ひ・と
 最近、3.11の一周年として、東日本大震災に関してのニュースや番組が多く流れています。だから、ぼくは、せっかくこんなに流れているのだから見てみようと思い、いくつか見ていました。そしたら、震災の時に起こった津波が悪いことばかりではないことが分かりました。津波が起こったことで、海水がきれいになり、海がリフレッシュした状態になっていたのです。ぼくはそれを知って、大津波によって多くの犠牲者が出たが、その一方で、海では海の命は震災以前よりも回復していて、震災は悪いことばかりではなかったんだと思いました。
 そして、他にも震災は悪いことばかりではなかったんだと思うことがありました。それは、人と人とが協力し合うことで生まれる「絆」に改めて気付いたことです。普段はあまり意識しない「絆」ですが、震災が起こったことで改めて「絆」の大切さに気付くことできたのです。
 ぼくは、そんな震災によって気付かされたことを、これからも生かしていけたらいいと思います。

  東日本震災  か・り
 今日で、震災から一年がたちました。テレビでは、震災のときの被害の様子がたくさん放送されていました。屋上まで波が来た学校、建物の上に打ち上げられたバス。改めて、震災の恐ろしさを感じることができました。
 また、お父さん、お母さんなどの家族や友達をたくさん亡くした子供もたくさんいるし、家を全部流されて、つらい思いをしている人もたくさんいるのに、みんなそれぞれ頑張って、復興に向けて動いているので、みんな強いなと思いました。
 本当に本当に早く、みんなが笑顔になりますようにという思いを込めて、夜ご飯の前、家族で黙とうしました。
 これからも、震災のことを忘れないで、震災で亡くなった人の分まで、頑張りたいです。

  あの日から  う・も
 三月十一日、東日本大震災が起こった日から一年がたちました。私たち、六年一組は、いらなくなった物を被災地に送ったり、学習発表会でソーラン節を踊ったりしました。ぎせいになったのは、東北地方だけど、同じ日本なので、そこは助け合って生きていきたいと思います。ひさいされた方も、希望を持って、何事も前向きに生きていきましょう。

  あの日から一年…  み・か
 あの日から一年がたちました。3月11日、東日本大震災で、マグニチュード九.〇の地震。あれから一年、まだ仮設住宅のままで、がれきも処理は進んでいるものの、処理ができない所もあります。そして、「物資がとどかない」などの問題が出ています。今は、「原発をなくそう」など、復興に向けての活動が始まっています。
 私は、震災があったときに、最初に思ったのが、「みんな無事にひなんができたか」でした。そして、ニュースを見ているうちに、どんどん行方不明の人や死者などが出てき、その時のビデオをとって、なくなった人々もたくさんいました。もし、原発がなかったら、こういう事は無かったと私は思います。これからも、復興に向けて、がんばっていきたいと思います。

2012年3月12日 (月)

天までとどけ2011/第64号:一年間をふり返って~3学期のアンケートから・その1~

 いよいよ卒業間近。先日行いました、アンケートを項目毎にご紹介し、全体でのまとめをしたいと思います。

  ○六年生で一番がんばった ・良かったと思うこと
  ●六年生で一番残念だった こと・悔しかったこと

い・り
○学習発表会で朗読やソーラン節を精一杯演技したこと
●運動会のリレーでもう少しのところで負けてしまったこと

い・け
○みんな心一つにした学習発表会
●ドッジボール大会で初戦敗退したこと

い・し
○運動会のリレー。びりでもみんなの絆が深まった気がする
●学習発表会の練習をたくさんしたのに、本番で出られなかったこと

う・も
○学習発表会の朗読
●運動会のリレーで3位だったこと

う・み
○東日本震災をテーマにして、みんなでたくさん練習した学習発表会の朗読とソーラン節
●運動会で、赤組が負けたことが1番残念だったし悔しかった

お・み
○運動会のかけっこで一位を取ったこと
●持久走で十位を取れなかったこと

か・り
○情報委員会。いろいろな行事で仕事ができて楽しかったです
●持久走大会のスタートで転んだこと

か・も
○学習発表会でのソーラン節練習
●運動会での学級対抗リレー

こ・み
○応援団に初めて入って大きな声を出したこと
●応援団で頑張ったのに負けたこと

ご・て
○川辺大会優勝。努力すれば結果がついてくるということがよく分かった
●最後の県大会でボロ負けしたこと

さ・し
○伊敷台祭りの出し物
●リレーで惜しくも三位

し・ま
○学習発表会のソーラン節
●学級対抗リレーで3位だった

し・さ
○委員会にほとんど毎日行くことができたこと
●運動会の短距離走で、練習で三位だったけど本番で転んでしまいくやしかった

た・や
○学習発表会。僕は、東日本大震災の朗読とソーラン節です。僕が6年になっての最大の思い出です。
●野球の県大会で負けたこと。僕たちは市内予選を勝ち上がって県大会まで行ったのに、ピッチャーの失点で負けたことです。とても悔しかったです。

た・り
○家庭科でなれないミシンを上手に使いこなすことができたこと
●運動会で、リレーの時、あと少しで越せなかったこと

ど・み
○学習発表会での朗読、ソーラン節
●ドッジボール大会、初戦敗退。運動会の学級対抗リレー、三位。

と・も
○学習発表会です。手作りの長はんてんを着て、朗読やソーラン節を頑張ってよかったです
●運動会の徒競走がとてもおしかったです。あと少しで3位だったので残念でした

と・ま
○運動会の組体操
●修学旅行のグリーンランドで転んだこと、友達に1日何回も驚かされたこと

に・り
○応援団の団長をしたこと
●団長として頑張ったのに負けたこと

の・は
○持久走大会前にかに座をたくさん走って一位になったこと
●陸上記録会の時、あと0.4秒で十位になれたこと

は・み
○学習発表会でみんなの心が一つになったこと
●ドッジボール大会の一回戦で負けたこと

は・ま
○運動会の組体操でみんながほぼ失敗しなかった
●修学旅行で二オーに乗れなかったこと

ひ・た
○保健委員会の委員長として、代表保健委員会に出たりいろいろな活動をしたこと
●運動会の短距走で、ギリギリ3位になれなかったこと

ふ・す
○みこしを作ってかついだ伊敷台祭り
●ドッジボール大会で負けたこと

ほ・み
○運動会での組体操
●運動会で白組に負けて、6年生でも勝ちたかったこと

ほ・あ
○長はんてんを協力して作ったこと
●最後に手をけがしたこと

ま・れ
○応援団
●学級対抗リレー

ま・え
○授業でも冬休みも頑張った長ばてん作り
●学級対抗リレーで3位だった。悔しかった

み・か
○学習発表会でのソーラン節と朗読がよかったと思う
●運動会のリレーで3位だったこと

も・や
○運動会の組体操で練習できなかった「しゃちほこ」を成功させたこと
●陸上記録会のリレーの時反則してしまってびりになったこと

も・み
○総合でグリブをかいたこと
●ありません

や・た
○運動会の組体操
●バスケットがうまくできなかったこと

ゆ・そ
○持久走大会で10位以内に入れてよかった
●最初の始業式に出られなかったこと

よ・ひ
○持久走大会で五位になったこと
●ドッジボール大会、初戦敗退

わ・ひ
○学習発表会で、作文を暗記し発表したこと
●運動会のリレーが惜しくも3位になったこと

む・す
○みんなで頑張った学習発表会
●ドッジボール大会で負けたこと

2012年3月 6日 (火)

天までとどけ2011/第63号:卒業への歩みをしっかりと、落ち着いて…その2

  卒業式練習が続いています。昨日は、Y先生の指導で「お別れの言葉(よびかけ)」の挿入歌の練習を行いました。

 実は、朝の会で練習をしていたのですが、あまり心もこもっておらず、「あいたっ」と思っていたのです。ところが、時間がたつにつれて、子どもたちの歌声が確実に変わっていくのを感じました(やはり、指導の問題…笑)。本番での、美しい歌声を、どうぞ期待してください。

            ※

 さて、いよいよ目前に迫ってきた卒業式。少しずつ緊張感も高まってきました。子どもたちの様子を見ていると、なんだかやはりそわそわと落ち着かないようです。

 考えてみれば、それも当然で、中学校への不安や期待、友だちと別れる寂しさ、少年団活動なども含めた小学生時代の様々なとり組みが、一つずつ終わっていき、これまでしっかりとしていたはずの「自分」というものの居場所が、なくなっていくように感じているのでしょう。

 けれども、これは、決してマイナスの面ばかりではありません。この時期の不安感や、緊張感、それとは逆の虚脱感・脱力感…。これらの感情も、じっくりと味わい、成長につないで欲しいと思っています。人は、節目節目でこういう時期を経ながら、「人間」として育っていくのですからね。

 もちろん、それには、保護者の皆さんの支えが欠かせません。しっかりと寄り添い、話を聞いて、声かけをよろしくお願いいたします。

2012年2月24日 (金)

天までとどけ2011/第62号:卒業への歩みをしっかりと、落ち着いて…

  少し、暖かくなってきましたね。このまま春に向かってくれればよいのですが…。

  いよいよ卒業式の練習も本格的に始まり、緊張感が高まってきました。しかし、この緊張感は、「プラス」の方向にだけ発揮されるのではなく、騒々しく、落ち着きのない態度や行動にも容易に結びついてしまいます。

 授業へのとり組みの姿勢、委員会などの活動、休み時間の過ごし方、友だち関係、掃除時間の態度、家庭学習…。

 今、自分自身をしっかりと見つめ直し、卒業までの歩みを小学生時代の総仕上げとして主体的に創り出せるよう、とり組んでいって欲しいと思っています。

 さて、子どもたちの日記から、卒業を目前にした子どもたちの「学校生活」をご紹介します。

  奇跡  と・も
 5時間目の体育はバスケットボール。気が重くなりながらも校庭へ向かい、そのあと、この前の復習をして、指示を待ちました。その指示の中、「試合」という言葉が出てきて、さらに気が重くなりました。のろのろと合の場所へ行きました。少しすると、試合が始まり、それからパスをされて、しっかり受け取ることができ、ほっとする間もなく「シュート!」と言われて、ちょっと混乱。シュートしようか迷っている暇もなさそうだったのでゴール目掛けて投げました。なぜか、私は目をつぶっていて、目をあけたのはボールが網の中をくぐり抜けるその瞬間。「わっ入った~!」と思いました。試合中に入ったのは初めてだし、積極的(?!)に動けたのも初めて。そのあと、私はシュートでボールが入ることはなかったし、パスがうまくできなかったりしましたが、他の人がカバーしてくれたり、シュートなどいろいろうまくて、勝つことができ、うれしさ、楽しさ、感動でいっぱいでした。
 体育では、私はいつも初めから「うまくいくわけないからやりたくない」とか「笑われるかもしれないから怖い」とか初めからあきらめてかかっていた気がします。
 今日の練習では、積極的に行動することの楽しさ、勇気など、いろいろ得られた気がします。それに、私たちは、チームプレーもなかなかよかったので、この調子で頑張りたいです。
 これからは、いろいろとチャレンジ、チャレンジ、練習、練習!何もかも頑張っていきたいです。
 次の授業も積極的に頑張ります。今日起きた奇跡、何かあったときを思い出して、前に進んでいきます。〔奇跡を当たり前と思えるまで(自分が)頑張る〕 (二月八日)

  行動で  匿名さん
 今日の二時間目の社会の調べ学習の時に、鉛筆削りかすを落としてしまいました。それを僕は拾わずに、教室に帰ってきてしまいました。
 僕はその時に、脇先生や図書館を利用する人が困ったり、迷惑が掛かるとその時に考えることができたであろうに、そう考え、行動に移せなかったのです。
 中学生ではそのことを許されないので、今のうちにそういうところを直したいです。今日のことは、ただ謝るだけではなく、行動で示したいです。

  卒練、気を付けたこと  ひ・と
 6時間目の卒練では、入退場の練習を主にやりました。そこで、僕が気を付けたことは、背筋をキチッと伸ばした、前の人と一m間を開けることです。背筋をキチッと伸ばすことは、視線を前に向けて自然に背筋をキチッとさせました。一m間をあけることは、最初に一mあけておき、そこから前の人と同じスピードで歩いていきます。
 このことを、今後も気をつけたいです。(二月二一日)

  バイキング給食  ご・て
 給食時間にバイキング給食がありました。フライドチキンやワカメスープやプチパフェなどが出ました。普段は量が少なくて、味もあまり美味しくない給食ですが、今日はとても違いました。
 六年間でめったに出なかったものがいろいろ出てきて、とてもおいしくたくさん食べられました。記憶と記録に残る思い出の給食でした。(二月二十二日)
                         
  クラブ  ほ・み
 明日は、ついに本当に最後のクラブです。六年生なので、これからはどんどん何事も終わっていきます。
 クラブに、家庭科など、いろいろのことと別れていきます。あと学校に行くのも一九日。二〇日後には卒業式です。卒業式までの二〇日間しか今のクラスでいられないんだなと思いました。(二月二十二日)

2012年2月20日 (月)

天までとどけ2011/第60号:劇団四季ミュージカル「ユタと不思議な仲間たち」感想文集

 とても感動的なミュージカルでした。まさに、本物のステージ。子どもたちの感想文をご紹介します。
                         
                  い・し
「ユタと不思議な仲間たち」は、ぼくにとって人生初のミュージカルとなりました。一番心に残った場面は、ユタとペドロたちが初めて出会った場面です。その場面で、ヘドロがユタに対して言った言葉がとても印象的で、改めて命の大切さを感じることができました。
 ユタが最終的にいじめっ子たちと友達になることができたのは、ペドロたちのおかげだったはずです。だからこそ、大震災が起こった今の日本にも、ユタとペドロたちのように支え合うことが大切であると思いました。そのためにも、このミュージカルで学んだことを自分の生活に生かしたいです。近くに困っている人がいたら、その人を助けられるように、自分が困っているときは助けられて、友達や家族、すべての人と共に生きていきたいです。

                む・ゆ
 私は、この劇を見ていろいろなことを知ったり、また命の大切さを知ることができました。
 この劇を見て一番印象に残ったのが、授業の時のシーンでした。そこでは、面白いところもあり、また命のことも少し出てきました。自分は、今まで自分が生きていることは当たり前なのだと思っていました。でも、この「ユタと不思議な仲間たち」を見て、こうやって生きていることは素晴らしいことなんだと思いました。大きな命でも、どんなに小さな命でも、とてもとても大切なんだと思うことができました。また、人を思いやることも大切ということも知ることができました。
 これからは、もっと命や仲間を大切にして、どんなに小さな命でも、大きな命でも大切に大切にしていきたいです。また、友達ももっともっと大切にして生きていこうと思いました。
 本当に楽しかったです。楽しい一時をありがとうございました。

                ご・て
 ユタと不思議な仲間たちを見た感想は、いじめにあったユタを助けたペドロたちが出てくるシーンです。ペドロたちがお化けのように登場したからビックリしましたが、そのあといじめから解放されるまでいろいろなことをしてくれたのにはとても感動しました。これからは、一人をみんなのために、みんなは一人のためにをしっかり覚えて、実行したいと思いました。自分がいじめにあったときは、みんなに助けてもらいたいし、他の人がいじめにあったら、助けてあげられる人になりたいと思います。これからも、仲間との友情と絆を大切にして、自分なりにできることをやっていきたいと思います。素晴らしいミュージカルをありがとうございました。

              に・り
 ミュージカル「ユタと不思議な仲間たち」を見て、一番印象に残っているところは、一番最初のユタがいじめられていたところです。何回も振付を見直して、何回もリハーサルしたとよく分かりました。この劇を見て、自分は、身の回りのもののありがたみや感謝の気持ちが足りないんだなと思いました。どんなに力が強くても、どんなにけんかが強くても、友情があり、努力すれば、いじめっ子にも理解されるんだなと改めて知りました。
 これからは、友情や思いやりの気持ちを持って、どんなにつらくても苦しくても生きていけるありがたみを大切にしたいと思います。

              い・り
 私は、劇団四季「こころの劇場」を見て、たくさんのことを学びました。
「ユタと不思議な仲間たち」の中で、一番心に残っているシーンは、ユタと、ざしきわらしたちが別れを悲しむところです。私は、今の生活で、人がいなくなるということをあまり考えたことがなくて、そのことがよく分からなかったけれど、大切な人と別れるというのは、こんなにつらいものなんだなと思いました。
 これからは、人の命や感情のことに今よりもっと目を向けてみてみたいです。本当にこのミュージカルが見られてよかったです。

                さ・し
 ぼくは、「ミュージカルって、どんなのだろう」と最初は思っていました。実際に見てみると、とても迫力があり、はらはらドキドキしてみていました。そして、細かいところまで忠実に表現されていて、登場人物一人一人の動きがよく分かりました。
 生きることの大切さ、生と死の関係、命の大切さ、いろんなことも教わりました。とても楽しい時間、いろんなことを教えてくれた時間をくれて、本当にありがとうございました。

               わ・ひ
 ぼくは、「ユタと不思議な仲間たち」を見ているときは、ずっとはらはらどきどきで、このあとどうなるんだろう、主人公は今どんなことを考えているんだろうと思っていました。ぼくの一番心に残ったシーンは、主人公のユタが、戦いを表現したダンスです。とてもダンスがきれいでかっこよかったです。
 ユタは、最初いじめられていたけど、後からざしきわらしと友達になって、最後にはいじめていた人も友達になりました。だから、ぼくは友情やそれを作るきっかけが大事なんだなと感じました。なので、ぼくも友達を大事にして、大切にしていきたいなとこの劇を見て思いました。
 この素晴らしい「ユタと不思議な仲間たち」という劇を見せてくれてとても感謝しています。ぼく自身も、これからこういう劇をたくさん見たくなりました。

                か・も
 私は、今回初めて劇団四季を見ました。見る前までとてもわくわくしていました。見ていると心が和みました。
 そこで、一番心に残っているシーンがあります。それは、ユタをいじめていた子供たちと、いったんは仲直りをして、握手するところです。そのシーンは「大切な仲間」たという言葉が出てきて、心に響きました。
 今の私は、座敷わらしに会う前のユタのように、自信のないところがたくさんあります。しかし、今回「ユタと不思議な仲間たち」を見て、その自信のないところを見つめ直し、地震のあるところにしたいです。
 そして、これから座敷わらしやユタなどの登場人物のように、信じること・思いやることを大切にしていきたいです。
 今回は、とても素晴らしい公演をありがとうございました。見ていて楽しかったし、また見ることができるならまた見たいです。これからも「感動の輪」を広げるために頑張ってください。

                も・や
 私が今日「ユタと不思議な仲間たち」を見て一番心に残ったところは、ユタが座敷わらしたちと友達になったところです。理由は、転校した村に友達がいなく、いじめを受けていたユタに、座敷わらしたちがユタに友達を作るために友達になったところはとても感激しました。
 また、今の自分もこの劇団四季のミュージカルと照らし合わせてみると、いつも支えてくれる友達がいることや、育ててくれる親がいることがどんなに素晴らしいことなのかを改めて知ることができました。
 だから、私はいつでもうじうじしたり、後ろ向きのことばかりするのではなく、しっかりと前を向いて、人々と助け合いながら、命ある限り一生懸命生きていきたいです。

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フォト

本日の1枚

  • ウォーキングで見つけたもの 2017
 /05/11
    日々の教育実践、わたしのくらしの中から、最も心に残った場面を切り取って紹介していこうと思います。

初めてみた光景・風景・撮っと景

  • もみじのたね
    世の中便利になりました。これまでは、びっくりするようなシーンに出合っても、言葉でしか伝えられないことが多かったのですが、持ち歩く携帯電話でパチリと写しておけば、画像を見ながら話せます。 このアルバムは、わたしが出合った初めての風景を紹介したいと思います。あくまで、わたしが初めて見た風景ですので、「知ってるよ」ということもたくさんあるかも知れませんが…。

お薦め教育本

  • ‘人間と性’教育研究協議会編: 新版 人間の性の教育 全6巻
    子どもたちの事実を見つめ、そのニーズに応える性教育の実践。「どこでもだれでも取り組める性教育」をめざして、理論と実践を分かりやすくまとめてある。
  • 種村エイ子: 「死」を学ぶ子どもたち
    種村先生の出前「いのち」の授業。光栄にも、執筆協力させていただいております。
  • 金森俊朗: いのちの教科書
    わたしの目標とする教師の一人・金森俊朗さん。実践構想の土台の広さ、子どもを見つめる視点の豊かさと確かさ…。教師として生きるものに、エネルギーを与えてくれます。
  • 金森俊朗: 希望の教室
    金森先生の実践づくりの発想・方法が、具体的な授業実践を通して学べる。

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