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2016年12月

2016年12月16日 (金)

2016年度後期「特別活動に関する研究」通信№11~死を見つめ、「生きること」を問い直す~黒島冨士子さんの「いのち」の授業

Pc090136_r 一週間のご無沙汰でした。初めての沖縄の「冬」を経験していますが、こんなに暖かいとは驚きです。もう少しは寒くなるのでしょうか?

 さて、先週10班のスタート活動は、ゲストの方々も巻きこんで、とても盛り上がりましたね。ゲーム自体もよかったのですが、誰かが言ってくれたように、臨機応変の対応での運営が、とてもよかったです。

 私は、こうした力を「アドリブ能力」と呼んで来ました。最近では、どちらかというと融通の利かない、直線的な反応をする子どもたちが多くなったと感じてきましたが、実は、先生たちの中にもそんな人がいましたよ。さあ、受講生のみなさんには、ぜひこうした「アドリブ能力」を磨いていって欲しいと思います。

◆前時の授業の主な流れ

1.授業スタート活動(進行:10班/10分)
(1)班ごとに出席&コンディションチェック
(2)10班の企画
2.黒島さんの授業
3.黒島さんのお話をどう受け止めたか~タイトルを考えることから~
4.田名さんのメッセージを聞く
5.感想文を書く

pencil 前時の授業の感想文

Pc090148_r  前回は、石垣在住の黒島冨士子さんの特別授業でした。乳がんを体験し、数回の再発、転移を繰り返し、現在、がんサバイバーとしてだけでなく、患者支援のボランティアも続けられているとても素敵な方でした。
 がん体験者として、「いのち」の意味や「生き方」を自問されてのお話は、とても心に突き刺さる内容でした。みなさん、人ひとりが感じ、学びとってくれたことを、これからの人生にしっかりと刻んで、歩いて行って欲しいと思います。

  残りの命について
 今日の話を聞いて、思い出した話があります。「医者は病気を治すための存在ではなく、どうやって長く生きるのかを手助けする存在なのだ」というものです。ふつうは病気になると即手術と考えがちですが、手術は成功したとしても、その手術が原因で衰弱し、亡くなってしまっては意味がないので、患者と手術をしないという選択も含めて相談していくというものです。がんに限らず、日ごろから自分がどのように生きるかを考え、正しい選択ができる状態にしておきたいです。
※そうですね。そのために「命」について見つめる学習が必要だと思います。しっくりきて、じっくり考えつづけること …。

  いのちとは時間
 自分の中で、生きていること、生きることは当たり前といった感じがあります。いつ死ぬかわからないし、いつ病気になるかもわからないけど、そんなものを実感なんてできないし、何となく朝起きて、夜になると寝てと何となく生きている気がして怖くなりました。命の長さも、生きている環境も、人それぞれ全く違うけど、時間時計は二十四時間誰しも一緒で、その限られた時間の中で、目標に向かって生きるのか、自分のために生きるのか、他の大切な人のために生きるのか、何気なしに生きるのか …。
 命を大切にするためには、時間を大切にする。時間を大切にすると命を大切にすることにつながる。1分 1秒1日を大切にして、自分のために、人のために、目標のために、自分を大切にしながら生きていこうと思えた授業でした。
※命=時間 …じっくりと、一回きりの人生を歩いて行こう。そういうことを考える時間を、ぜひ子どもたちとともに持てるように!

  向き合うのではなく受け入れる
「人という字は、人と人とが支え合っているから人なんだ」なんていうことを、小さいころからそう教えられたことがあったが、本当にそうなのかなと調べてみると、実はそうではなくて、人が一人で立って歩く姿から、人という字が生まれたことを目にした。
 今回、黒島さんの話を聞きながら、つまるところ人の運命というのは、一人で生まれて、ひとりで死ぬしかないのかなとふと考えていた。正直なところ、僕自身は、黒島さんの考え方に否定的であった。というのも、自分の細胞から生まれたがんに対して、「がんに負けない」だとか「がんと向き合い」だとか、敵として対立した関係として見ているようでならなかったからだ。医療に関してもそうなのだが、そうやって「がをやっつける」とか「がんをつぶす」とか、いつまでも敵対視している限り、死に対する不安は消えることはないと思う。今回タイトルとして、僕自身は「絶望を抱きしめて」が、を本音としてはしっくりくるように感じていた。
※なるほど!「悲しみを抱きしめようと決めた…」という長渕剛さんの歌詞がありますが、現実を受け止め、そこから生きていこうということだと思います。「がん」という病によって、黒島さんは見えない世界が見え、今は感謝しているとも語られていました。黒島さんは、「がん」を受容し、ともに生きていこうと決めたからこそ、こうやってみんなの前で語ってくださったのかもしれませんね。

Pc090157_r  命との対面
 今回の講義では、遠く八重山から来て下さり、実体験の話を聞くことができた。話を聞き終って、私はあるアニメで出てきた言葉を思い出した。「死があるからこそ生きることは尊い」という言葉だ。黒島冨士子さんは、死と向き合うことで生きることに前向きなんだということを語っていた。私が、前に聞いたアニメの言葉は、実際にこんな意味だったのかなと思うことができた。また、黒島さんは、誰かのために生きている時間を作ってみては、とメッセージをくれた。これについて、誰のために使うのかと聞かれて、正直 急にこたえられず、お茶を濁すかんじになってしまったが、改めて帰った後に考え直してみたい。もしかしたらずっと見つからないかもしれないし、もう見つかっているのかもしれないが、考える意味は必ずある。
※そうです。考える意味が必ずあります。答えは、生きて、考えることの中にあるのかもしれませんよ。

             
 黒島さんと田名さんのお話を聞いて、命について、もっと考えたいと思いました。命とは何か、生きるとは何かなど、今まで考えることはあっても、現実的に身近に考えることができていなくて、ふわふわしたような考えしかありませんでした。しかし、今回の話を聞いて、今、命がある時をしっかりやりたいことをやって生きよう、誰かのために考えて、時間と命を使いたいと思いました。命は、実際目に見えないけれど、何よりも大切なもので、大事にしなくてはいけないと考えました。
※その大切さを、子どもたちと共に学び、味わえるのが教師のよさです。ぜひそういう学びを作り出してくださいね。

  誰かのために使う命
 がんになって、誰かのために自分の力を使おうと思えた黒島さんの考えがすごいなと思った。私は、課題がいっぱい詰まってきたり、風邪をひいただけで、自分のことしか考えられないし、他人のことなんて、考えられる余裕なんてないだろうなと思って、黒島さんの心の広さを感じた。自分をあと何年生きられるかわからないから、命の使い方なんて考えたことがなかったけれど、今回の講演を聞いて、自分の人生について、私は誰のために生きていけるか、誰を幸せにできるだろうか、もっときちんと考え直そうと思った。そして、どんなつらいことがあっても、とにかく前向きに生きていこうと思う。「なんくるないさ!」と今までは軽々しく使っていたけれど、本当にそういうふうに考えれば、どんなことでも乗り越えて行けるだと感じた。
(宮沢りえ主演の「湯を沸かすほどの熱い愛」という映画を思い出した。余命二カ月を宣告された母が、残される家族に自分がいなくても生きていけるように、ばらばらになった家族を再構成させる話です。)
※真の「なんくるないさ!」を目指していきましょう。おそらく、黒島さんは、がんになる前もポジティブに生きてこられたのだと思います。生き方が、死に方につながるんですよね。

               
 今回は、がん患者を支援する会の黒島その話を聞いた。私の祖父も、胃がんを患い、入院していた時期があったので、それほど遠い話ではなかった。幸いにも、祖父は、完治し、今は自転車で買い物に行くほど元気だ。黒島さんの話の中で、「命は時間だから見えない」という点が印象に残った。自分の時間、自分の命をどう使うか、自分だけではなく誰かのためにどう使うか考えていきたいと思った。
 また、田名さんの「車は2年に1回検査するのに、なぜ自分の検査はしないのか」という話を聞いて、確かにそうだよなあと思った。
※今回の話を聞いて、どう生きていくか考えるきっかけをつかめたと思います。自分の人生につないでいってほしいと思います。そしてぜひ、子どもたちとともに「いのち」を見つめ考える時間を作ってほしいと思います。

  本日の感想
 女性の方は、乳がんや子宮がんになる確率が非常に高いと言われています。こういうがんで、乳房を摘出した話を聞くと、毎回「女性が乳房や子宮を摘出することはどんなにつらいことなのだろう」と思います。
 私は、音楽教育専修で、ピアノを弾いていますが、私が腕を切除されるのと同じくらい苦しいんだろうなと感じました。
 私の車もそろそろ車検なので、車検と同じように体も検査してみようと思いました。
※大切なものを失い、見えてくるものがあります。命の危機に直面して学ぶことがあります。今日の授業を、その一つのきっかけにしてほしいと思います。

Pc090152_r  Time is your life
 黒島さん方は、がんというものに正面と向かい合って闘ってきて、とてもつらかったと思いますが、それと引き換えに得たものも大きかったと思います。そういった方々の思いというのは、とても強いし、私たちに伝えたい気持ちも強いと思いますし、聞いていて伝わりました。“Time is your life”という自分なりの解釈(この講義で考えたもの、得たもの)を忘れずに、子どもたちにその思いを伝えられるよう、今後も考えていきたいと思います。
※黒島さんのメッセージ、しっかりと受け止めてくれましたね。今後、考え生きていくことと、子どもたちとともに考える時間を持つことが、砂川さんたちに渡された課題だと思います!

               
 未来の息子に向けて命を使うって、とても素敵だなと思いました。「Time is your life」ってタイトル、自分たちの班のなんですが、とても気に入ってます。「いのちの時間」「今を生きる」「わたしの時間」「未来へ生きる」っていうタイトルも好きです。「みえない命とみえる幸」も、語呂がよくて好きです。
※どの班も、ストンとくるタイトルを考えてくれましたね。「Time is your life」これもとでも意味があるタイトルで素敵です。

               
 黒島さんの話を聞いて、私の祖父もがんで亡くなったので、がんの診断をされた時は、人生が終わったような気がしたと思います。もし、自分がなったらと考えると、とても怖いです。命と時間についても話がありましたが、私は、部活をしていて、今あるのは、過去があるからだと感じています。なので、今の生き方をもっと考えることが必要だと思いました。
※今、自分がどう生きているのか …それをじっくりと考えること。そういう場になりましたね。ぜひ、子どもたちとともに、見つめる時間を作り出してほしいと思います。

  今日の感想
 今日は、「デス・エデュケーション」、「がん教育」ということでしたが、こういう授業を受けたことがなかったので、このような領域があることも知りませんでした。子どもたちにとって、死や病気は身近なものではない(のではない)かと思います。実際、私も両親からそのような話題は流れてこなかったし、心配させちゃいけないと思われていたからだと思いますが、病気がどんな状態だったかも知らずに亡くなったりして、そんな悪いと思ってなかったのに…と後悔したりということもありました。
 今年もがんで従弟が30歳で亡くなりました。今までは中高年の病気というイメージがありましたが、私にとっても身近なものになりました。まだまだ知識はないし、子どもたちにどう興味を持ってもらうかという問題はありますが、ぜひ「デス・エデュケーション」をやってみたいと思いました。よるサイバー、今回のように患者さんに来ていただくのが一番心に響くのかなと思いますが、年一ではなくある程度続けるようにしたいと思います(む・文末はコピー切れのため予測)。
※ぜひ、子どもとともに「いのち」を見つめていく教育を作っていってほしいと思います。ゲストを呼ぶには、自分自身がまず出会いを求めて外の世界に出ていく必要があります。どんどん学校の外の世界に飛び出そう!

  今日の感想
 今日は、黒島さんのお話を聞いた。テレビ等でもがん患者の話をやったりするが、みんな強いなと思った。決してあきらめず、がんと闘いながら過ごしている、そんな姿がすごいなと思った。
 最後のメッセージの「今、自分が生きている時間を大切にしてほしい」という言葉が、自分の中に強く残った。今回までの性、LGBT、がんの授業を通して、先生が言ったように、これからは扱いづらくて通り過ぎることができるかもしれないけど、自分は、この授業を受けていろんな影響を受けたから、教師になっても子どもたちにもこのようの授業をしたいと思った。
※黒島さんの生き様が、心にしみましたね。人間は、生きることにどう真剣に向き合えるかが大切で、子どもたちと一緒にそれを考える時間を持ちたいですよね。ぜひ教師になって、そういう学びの場を持ってください!

               
 自分の祖父は、胃がんを患い、余命1年といわれたが手術を受けて、その後二〇年以上生きていました。祖父から、がんの話を聞くことはありませんでしたので、がん患者の話を聞けたのは、自分にとっては新鮮でした。
 がんについて医療的にも進歩し、がんへの理解が行き渡れば、死への不安も減ると思う。結核のように「死ぬ病気」→「治る病気」になると思う。しかし、がんのように、また新しい病気が発見され、また新たな「死への不安」が出てくる。その時、われわれは、生き続けようとする努力と、死の受容が必要だと思う。
※そうだね。「がん」は死因のトップというだけで、人は一〇〇%死ぬのだから…。「生き続けようとする努力」の積み重ねが、実は、「死の受容」につながっていくのかもしれませんね。

  黒島さんの講演を聞いて
 私は、初めてがん患者の講演を聞きました。私のイメージの中でもがんを宣告されると、まず初めに「死の病」ということが頭に浮かびます。しかし、こうしてがんと向き合い克服してきた人たちの話を聞いて、がんについてのとらえ方が変わりました。ネガティブにならずに、今ある時間を大切にしていく時間は平等なので、落ち込むよりも前を向いて進んでいく「病は気から」もそういうことに当てはまるんじゃないかなと思いました。私も、これからの長い人生、いろんなことがあると思いますが、一日一日を明るく楽しく過ごしていきたいと思います。
※黒島さんや田名さんの様に、「がん」という病とともに前向きに生きていくことができる人の存在を知っておくことは、大きな力となりますよね。自分の「生」につないでいきたいですね。

  命は時間
 私たちが今もっている命、つまり時間をいかに使うのか考えさせられた。これは、がんになった、なっていないに関わらず、この世に生を受けて生まれてきた私たちすべての人々が、考えるべきことなのに、決して少なくないとその人々が、そのことに気づいていない。私自身、毎日をのうのうと生きているだけで、自分の時間の使い方をあまり考えていなかった。とても反省した。人の悪い癖で、「死」を目の前にした時に初めて「生・命」に気がつく。けど、もしもっと前から命と自分に与えられるとは限られた時間に気がつき、その使い方を考えることができれば、きっともっと意義のある毎日を送れるはずだと思った。私が、教師になった時、生徒たちにそれを教えるのではなく、気づかせるヒントを与える授業をしたいと思った。具体的には、今日のように、実際に時と向き合っている人たちをゲストに呼んでお話を聞かせたり。これから、それらについて考えていきたい。
※子どもたちと「いのち」を煮詰め考える授業は、子どもと真剣に向き合う中で生れます。ぜひ、それを教師として追求してほしいと思います !

  今日の感想
 今日は、「デス・エデュケーション」・「がん教育」と題して、命と向き合う、考える授業でした。お話をしていただいた黒島さんは、平成16年にがんが見つかり、抗がん剤治療といった闘病生活の中で、気持ちもどん底まで落ちていった中で、「命の大切さに怯えたからこそ見えたもの」があったというふうに話していました。それがとても印象的で、最後の「一度しかない自分の人生、やりたいことを思い切りやって、そして自分の時間をほかの誰かの時間に使ってほしい。そうすることで自分の時間がより充実する」という言葉がとても心に残りました。僕たちは、この今日の時間を将来子どもたちにもしっかり共有していく必要があるのと感じました。
※そこをつかんでほしかった!「いのち」の大切さを、より説得力のある学びとして作り出してほしいと思います。

  黒島その話を聞いて
 黒島その話を聞いて、今まで学んできた「命の大切さ」というよりは、「どう生きるか」ということが印象に残りました。生きている今を、ばれにどのようにどういう気持ちで過ごすのかということがとても勉強になりました。
 また、「死」を目の前にして「生」を実感するのだなと思いました。このことは、今まで学んできた命の大切さの授業と共通している部分だと思います。死を目の前にはしていないけれども、自分の今を、これからをどう生きていきたいかを考えながら、これからの生活を送って行こうと思います。
※「どう生きるか」をとりつつ生きる…これが大切だね。そして、ぜひ、子どもたちとともに、そういう時間を作っていてほしいと思います!

  がん=生
 黒島その経験を聞き、今を生きたいと感じ、もっと多くの人に伝えたいと思った。死が目の前にあるなんて、普段考えられない(これが健康な人にとっての普通)からこそ、このような機会を大切にしなければならないと強く感じた。
 また、田名さんのお話、「がん=生」という言葉は、がんと向き合う勇気につながると思い、現在がんと向き合っていない人にも伝えたい言葉だと思いました。
※その通り !生きていく中で、どう学びの機会を作っていくのかが大切なのですね。ぜひ、それを伝える場、子どもたちと共有し合う場を持って下さいね!

Pc090155_r  命は時間
 命は時間という言葉が一番印象に残っている。私は、自分ががんになることなど全く予想していなかったが、そう思えば、幼なじみのお母さんは、幼稚園生のときがんで亡くなったし、家が前のおばちゃんは、小学生の時がんで亡くなったのを思い出した。
 私は今、毎日精いっぱい生きているし、後悔しないように生きている。なぜなら、時間はみんな平等にあって、使い方次第で自分の完成度、達成度が変わってくるからである。その考えは、将来病気になるかもしれないということは考えていない。だから、もし、自分が将来病気になってしまったら…と考えると、また生きる意味とかが違ってきて、面白いと感じた。
※「病」「死」という角度から、自分の命を見つめてみると、また違う世界が見えてきますね。精いっぱい生きていくために「死」を学ぶ意味はあります。

  命は時間
 黒島そのお話は、本当にがんと闘っている人の心の苦しみ・悩みがひしひしと伝わってきて、命について深く考えさせられる大きな機会になりました。先生の「今日、黒島さんは命、時間を削ってここにきてくれた」という言葉が、私は最後にぐっときました。自分に与えられた、限りある時間を、誰かを傷つけるために使うのか、それともだれかの役に立つために使うのか。それを考えると、本当に命は時間であり、その時間を誰とどんな風に使うかを、毎日考えて過ごしたいと思いました。
 田名さんのお話は、本人はおもしろおかしく話して下さっていましたが、ここまで心の整理ができるまでどれくらい大変だったのだろうと考えると、田名さんの強さが感じられました。本日は、皆様お忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
※本当に、ゲストできてくださった皆さん、自分の時間を削って、命を削ってやって来て下さいました。その思いを、しっかりと受け止め、やれることを精いっぱいやっていってほしいと思います。それは、今をしっかり生きていく、時を大切に過ごすということだと思います。

  命と時間
「死ぬも生きるも100% 全開」という言葉が一番響いたし、好きになりました。でも、私は今、生きることに全力を注いでいるかというと、はっきり全力できているとはいえないかもしれないと思いました。そこで、講演のタイトルをグループで決めているときに、黒島さんからのメッセージも含め、これからの私の人生の目標を決めました。「タイムリミットまで精一杯」 死というものは、だれにも必ず訪れるから、恐れるよりも、その命のタイムリミットがあるということは受け止めて、刻々と減っていく命の時間を、後悔しないように、やりたいことを精一杯やって、誰かのために自分の命の時間がつかえたが、タイムリミットが来た時に、笑って命の時間を終われると思います。
※そういう素敵な時間となるよう、生きていってほしいです。そして、こうした時間を、子どもたちと共有できるように!

  がん教育
 最初、がん教育と聞いて、まだ若いのだから、がんとかまだ心配しなくてもいい、必要ないと思っていた。でも、黒島さんの話しを聞いて、がんは生きることの大切さを伝えるための過程にすぎなく、別にがんじゃなくてもよかったのだと感じた。
 生きていることが当たり前だと思っていたが、急に命を落とすことになるかもしれないと思ったら、毎日全力で悔いがないように過ごしたいと感じた。黒島さんが言っていた、「死ぬも生きるも一〇〇%全開」「命を誰かのために使う」という言葉を、たまには思い出して生きていること、命を大切にしたい。
※そうです。「がん」を通しての教育であって、生き方を見つめる教育です。この「たまに」というのが大切なのですよ。そういう振り返り、今を見つめる瞬間を大切にしていきましょう。

  感想
 今日は、八重山のがん患者を支援する…やいまゆんたく会の副会長の黒島さんと、会長の田名さんの話しを聞かせてもらった。その中でも、特に印象に残っている言葉が、黒島さんの「過去は捨てることができる。現在も、ただ過ごしていくことはできる。でも、未来は今の積み重ねでできていくものです。」という言葉。この言葉からは、何をするにせよ、今を精一杯生きてほしい。当たり前のことが当たり前にできているということがどういうことなのかを感じながら生きてほしい。という強いメッセージを感じた。私もただ過ごしていくのではなく、せめて精一杯生きていきたい。
※今の積み重ねが未来をつくっていくのですね。今回の授業を、ぜひ未来に(教師としての)つないでいってほしいと思います !

  感想
 黒島さんの授業は、朗読で、とても落ちついた声で聞いていて心地よかったです。あんなふうに落ち着いて命のことを語ることができるのは、必死に戦った経験や乗り越えつつ、向き合う不安だったり、恐怖だったりがあるからだと思います。
 誰かのために命を遣うのは、今の私にはない感覚だけど今は自分のために精一杯生きたいと思います。
※そうです。自分のために精いっぱい生きていることが、実はだれかのために生きていることです。百恵さんにつながるすべての人のために生きていることと同じです。大切に生きよう!

  今を全力で
 今日は、黒島さんの話を聞いて、これからの自分の人生をもっと全力で生きていこうと思いました。普段、意識することのない「死」を感じた時に、自分ならどう感じていたのか考えてみた。そうすると、今日の話を聞いていなければ、切望してふさぎ込むだけだっただろうと思った。この授業のために、自分の時間を使い、自分の体験を話してもらって、とても貴重なことを聞けたと思います。
 最後、会長さんからあった、自分の体の検診はしっかり忘れないようにしようと思いました。
※私自身も、初めてがん患者さんから話しを聞いた時、Dさんが感じたことと同じようなことを感じました。だからこそ、こういう授業を続けていこうと思ったのです。

  いのち
 今日の授業は、今まで受けたことのない新しい授業だったように思います。普段の授業の中で、「いのち」について取り上げるとなると、とても簡単ではないし、かといって命について考えてみようなんて、上辺だけのような授業はできないのではないかと考えていました。がんという視点から、命について考えてみる、ということは、日本人にとって身近で取り扱いやすいのかなと感じました。実際、私の祖母もすい臓がんで亡くなりました。余命数カ月と宣告されたのにもかかわらず、私は小五になるまで、約数年生き続けました。今になって、祖母に聞きたいことは山ほどありますが、それはもう聞くことができません。しかし、このようないのちの授業を受けたり、命について考える機会が私にあったなら、身近な人の死をもっと考えられたのかなと、今になって思います。
※だからこそ、これからしっかりと命と向き合える子供たちを育てていきましょう!そういう取り組みが、今の子供たちに必要だと思いませんか? 思うよね。

  本日の授業を通して
 黒島さんのお話しを聞くと、自分の命の大切さを学びました。その後の話し合いでは、発表の後で、少々ぽかんとしましたが、きちんと考えられたと思います。「死とは当たり前のことができなくなること。だから、今のうちにやりたいことを思いきりやってほしい。それが、あなたが今生きている証拠だ。」という言葉は、私の胸に刺さりました。今は、自分が「生きる」ことでいっぱいですが、それをやりきった後、自分の「時間」をほかの人や子供たちのために使えるような人間になれればと思います。
※今、自分のために生きているそのものが、ほかの人たちにとっても意味があることです!しっかりと生きていって下さい!

  今日の感想
 死について考えるのは、どうしても自分とは遠い世界のことのような感じがしていました。今回は、がんを通して人、自分の時間について近づいて考えることができました。私のおばが、半年前に乳がんで亡くなりましたが、その時でさえ、私は死についてピンと来ず、よくわからない気持ちでした。しかし、今回の命とは自分の時間というお話しで、おばさんが心残りなことを話してくれたことを思い出しました。
 命とは時間というのは、こういうことなんじゃないかなと感じました。命を大切にすることは、今ある時間を大切にすることでもあると思います。
※その通りです。一つ一つの事柄に注いでいく時間を、丁寧に大切に作っていきたいですね。

Pc090150_r 命は自分の持っている時間
 限られた私の命をどう過ごすのか、人生をどう生きるのではなくて、時間をどのように過ごすのかの方が、とても身近で、いつでも命を考え、そしてより良く生きていけるのかなと思いました。後悔のない自分の一生を生き抜くために、1日1日の今、このささいな瞬間さえも楽しく生きられたらいいなと思います。車の車検はするのに、自分の体はなぜ検査しないの?という言葉がとても心に響きました。今日の授業は、本当に本当に、これからの自分のためになります。ありがとうございました。
※そう言ってもらえるとうれしい!黒島さんも「エネルギーをもらった !」と言っておられましたよ。「いのち」を見つめる時間を、子供たちとともに、ぜひ持ってください!

                  
 黒島さんの話の中で、一番最後の「今を大切に」という言葉がとても印象に残りました。過去のことをどんなに後悔しても変えることはできないが、今を大切に生きることで、今の積み重ねである未来は可能性を無限大に広げることができると思いました。黒島さんが自身と同じ乳がんの人たちが集まる会に参加したことで、気持ちを共有する仲間ができたり、毎月の定例会がとても楽しいとおっしゃってて、やっぱり、同じ境遇の仲間がいることは心強いのかなと思いました。
※黒島さんの前向きな生き方に、たくさんのことを学ぶことができますね。伝えられたメッセージを、しっかりと子供たちに伝えていけるようになってほしいです!

  デス・エデュケーション~時間について~
 これまでは、「生きる」とはということなのか?と聞かれたら、答えに困ってしまっていたけど、黒島さんのお話を聞いて、生きるとは、自分の時間を使って生きるという考え方を知ることができました。また、がんの治療中、家族からの言葉で励まされ、治療後は同じような体験をした仲間たちと語り合ったりすることも、良好な治療法で、周りの人たちに、「必要とされること」が元気の源だと言っていたことが印象に残りました。
 自分の時間を使うことを、周りの人々に必要とされているという自覚を持てることが、生きているということなんだと思いました。
 私が、このことを他人にうまく伝えることができるか自信はありませんが、何か「いきる」ということについてもっと知りたいと思いました。
※「必要とされること」は、確かに自分の生きる意味を教えてくれますね。しっかりと、今後も「生きる」ことを大切に、問い続けていって下さい。

  第10回特別活動の研究
 今日の、思春期と向き合う教育実践は、現在もがんとともに生きている黒島さんの話しを聞くことでした。がんと知り、落ち込んだこともあった黒島さんが、石垣島から、私たちにいのちについてどう向き合うか、考えるかを問わせる深い授業でした。
※深い内容をしっかり自分たちのものにしてほしいと思います。これからは、生きていく中で、今回の授業を是非大切にするとともに、子供たちと学び合う場を作っていってほしいと思います。

 黒島さんのお話しを聞いて  ~いのちは時間~
「いのちは自分の持っている時間」「いのちをだれかのために使う」この二つがとても心に残りました。「いのち」って何?「生きる」って何?と聞かれたとき、きっと私は答えられないと思います。なぜなら、今まで自分の命を脅かす病気や事故にあったことはないから、「いのち」や「生きる」ということを深く考えたことがないからです。しかし、今日の話を聞いて、少し答えが見えました。「いのちは時間」あー、これかと思いました。
 がんはとても身近なもので、自分もおじいちゃんが二人ともがんになりました。とても身近なもののはずなのに、学校でがんの勉強はあまりしたことがありません。授業になくても、学級の時間を使って「がん」の授業やそこから考える「いのち」の授業をやる必要があるのではないかなと思いました。
※今回学んだことを、これからの「生」につないでほしいと思います。学校教育の中で、じっくりと時間を作って取り組んでいくべき課題であると考えていますよ。頑張ろう!

cake 10班の授業スタート活動「ハウメニー」

Pc090139_r・今日は、授業のイントロを私の班はまかされました。「ハウメニー」というゲームをメインで行いました。大変緊張しました。時間配分がうまくいかず、「しまった」と感じました。やっぱり、みんなの前に立つとうまくできないなと思いました。

・授業はじめの10班の企画は、だれもができて楽しめる企画になっていて、すごく面白いと感じました。
 
・授業を始めのイントロダクションは、予想が全くあたりませんでした。しかし、楽しかったので覚えておこうと思います。

・10班さん、お疲れ様でした!元気ではきはきとしていて、こっちまで元気になりました!とても楽しかったです。ゲストさんもゲームに参加してもらうコミュニケーション能力の高さ。とても素敵だし、思いやりを感じました。

・10班の発表は、とても面白くて楽しかったです。ぜんぜん当たらなくて、悔しかったです。

・10班の企画は、発想がいいと思いました。どんな問題でも作れるし、みんなのコミュニケーションの輪が広がっていいと思いました。

・10班の企画、サイコーでした。

・今日の10班のクイズは普段の何気ないことが、クイズで見えるもので面白かったです。

Pc090143_r・10班のゲームについて、そこに集まる人や日にちが違うと、答えも変わってくるゲームだったので、繰り返し使えるし、自分が参加しててもとても楽しかったです。

・10班の授業スタート活動のゲームは、クラスが一体となって面白いを共有できるゲームだったと思いました。ゲストの皆さんもすぐに参加でき、楽しんでいたので素晴らしかったです。

2016年12月 9日 (金)

2016年度後期「特別活動に関する研究」通信№10~性と人権、多様な性と生~レインボープロジェクト代表・宮城桃子さんに学ぶ

一週間のご無沙汰でした。次第に涼しさが増してきているようですが、体調はいかがですか?

 さて、先々週の四班による「名言クイズ」へのコメントをし忘れていましたので、ここからスタートです。

 四班の仕込み、とても良かったですね。聞きながら考えていたのですが、名言というのは、発した人と言葉とが、響き合って作り出す「世界」を持っていますよね。同じ言葉でも、あの人が言うと重みが違うよなあとか、その逆も(笑)。また、発した人でないと気づけない世界を教えてくれるという側面もあって、思わず、「ほう」と唸らされることもあります。教師や親として子どもの世界に接するようになると、成長過程にあって未熟であるが故の彼らの言葉・つぶやきは、達人の名言にも匹敵するような気づきを与えてもらうことが少なくありません。どうぞ、そういう世界を楽しんでくださいね。

  そして先週は、二班の「うちなーぐちクイズ」からのスタートでした。二班の人たちと後で話をしてみると、問題文自体をおばあちゃんから取材して作ってくれたのだそうです。これは、国語や総合の時間などに、応用できそうなとりくみですね。それにしても、「うちなーぐち」は難しいけれど面白いです。伝承していくとりくみが始まっているようですが、本当にしっかり受け継いでおく必要がありますよね。先週の授業では、感想文用紙を急遽変えたので、この発表についての感想が書かれていませんでした。ぜひ、二班のみなさんに口頭で伝えておいてくださいね。

◆前時の授業の主な流れ

1.授業スタート活動(進行2班)
(1)班ごとに出席&コンディションチェック
 (2)2班の企画「うちなーぐちクイズ」
2.宮城さんの授業
3.質疑
4.感想文を書く

pencil 前時の授業の感想文

Pc020111_r  前時は、二人目のゲスト、那覇レインボープロジェクト共同代表の宮城桃子さんを招いての「LGBT」の視点からの授業でした。

 二つのワークが入りましたが、どの班も活発に意見交換が進められ、人間の生き方、多様な性のあり方について、深められたことと思います。

「特別活動の研究」におけるテーマとしてとり上げたのは、集団づくりの前提としての「個」の多様性を、人権としてどう受け止め、課題があるとすれば、その現状にどのように向き合い、実践として作り出していくかを意識しておいて欲しいと考えているからです。もちろん、わずか80分で答えが出せるほど簡単なテーマではありません。自覚的にじっくりと、問いPc020124_r
続けていくことが、求められるのです。

  今回の感想文には、かなり自分自身と他者との関係性について綴ってくれたものが多かったので、匿名で載せさせていただきます。しっかり読み込んで、自分の意見を磨いてみてください。

◆LGBTについて、まだまだ知らないこと、たくさんあると感じました。私自身、出会ったことがあまりなく、考える機会も少なかったのですが、カミングアウトしていないだけで、周りにはたくさんいるのかもしれないということを知って、もっと知って、理解したいと思いました。理解がないと、とてもつらい悩みだと感じました。
 日本や沖縄でも、このような講演を増やしたり、検討していく必要があるのかなと思いました。何よりも、相手の気持ちを理解したい、理解しようとい思う気持ちが大切だと感じました。
※本当ですね。子供たちと共に学んでいくことができるように、又吉さん自身が、しっくりと学んでいってくれることを期待しています。

◆今日、初めて当事者の話を聞きました。LGBT =セクマイだと思っていたので、そうじゃない、LGBTは、セクマイの一つということを知って驚きました。別の授業では、「理解する」という表現を好まない人もいると聞きました。「知る」ことはできるけど、「理解する」のはその人でないとできないという感じでした。そのことについて、と思っているのか少し気になりました。このような話を聞くたびに、「マジョリティ」に差があって、その延長線上に「マイノリティ」がいるのではと思います。「マジョリティ」とか「マイノリティ」とかそういう区別みたいのがなくなったら、生きやすくなるのかなとふと思いました。
※多数派、少数派…しかし、量的には違いはあっても、個が集合しているとすれば、個の人権として考えていけないといけませんよね。学び続けていこう。「マイノリティ」も、ひとまとまりではなく多様なのです。

◆私は、ほかの講義でも、LGBTの講演を受けさせていただいた。そこでも実際に、LGBTの方々が、自分の経験や思いなどを話して下さった。それもあって、ある程度知識を持って今回は話しを聞いていたが、実際当事者の方の立場になって考えることを、自分はなかなかできていないと思った。
 カミングアウトレターを読んだ後、今の自分の状況で、カミングアウトできるかと考えたときに、どちらが(カミングアウトできるかどうか)わからないというのが正直なところだった。知識を頭に入れることも大切ではあるが、当事者意識を持ってLGBTの方々が抱えている問題に取り組むことの重要性を改めて理解した。また考えていきたい。
※分かったつもりになることが一番よくありません。当事者にはなれないということをまず自覚し、真剣に考える立場に立つことが大切だと思います。

◆LGBTについては結構学んできましたが、いつも当事者意識で考えることまではできていなかったなと思いました。家族や友人など周りの人が認めて、受けるいてくれるなら、私はカミングアウトするだろうなと思いました。でも、LGBTの人たちが、自由にリスクなくカミングアウトできる日はまだ遠いだろうなと思います。LGBTの方々の苦悩や葛藤のすべてを理解することは難しくても、カミングアウトしてくれる方が、周り(私だけかも知れませんが)の人は配慮しやすいし、助かると思います。あくまで個人の意見です。
※本人とも周りとの関係性が問われますよね。学校においては、今講義でテーマにしている「集団」がキーワードです。

◆私にとってLGBTは、普通で、でも、その人たちが生きづらさを感じている社会というのは変えていかなければならない。私はまだまだLGBTの方々が、法的な面でマイナスを背負っていることなど、詳しく知らないので、知らなければならないと感じた。私は、LGBTとか問題でなく、普通の社会、法的にも整備されて、みんな同等の人間として扱われ、議論の余地さえないような社会にしたいと思う。
※そうですね。それは教育によってしか実現できない社会です。じっくり、しっかり考えていこう。

◆LGBTQの方は、左利きの人と同じくらいの割合で存在するという統計を見て、今まで自分があった人の中でも隠していた人はたくさんいたのだと感じた。そう考えると、無意識のうちに何も知らない自分がその人を傷つけたことがあるかもしれないと思い、ゾッとした。カミングアウトという点で、私は身近にカミングアウトしている人がいるので、自分もできると思った。なので、最初に言う人、周りに理解がない状態で言う人はとても勇気のいることだと分かった。もし、自分の周りにカミングアウトしたい人がいたときに、その人が安心してカミングアウトできるような存在でありたいと思った。
※そういう関係を持っているあなたは、すてきだね。友達も幸福だと思いますよ。

◆社会的少数派について、家族でよく話すことがあったが、性的少数派についてあまり話すことがなかった。今日の講演で、自分がカミングアウトをする立場、受ける立場となっての、心境や言動について深く考えることができた。
 どのような立場の人々でも、生活しやすい社会になるように、自分のできること、次の世代の人たちに教えることを考えていきたいです。
※その姿勢が、これから求められていくのです。しっくりと学び続けていて下さいね。

◆LGBTの知識は、あまりなく、今日はとてもいい勉強になりました。今日の講義の中でずっと考えていたのが、もし自分がカミングアウトするとしたら、長年一緒にいた親友になら話せるかなと思ったけど、親や兄弟には絶対言えないと思いました。理由としては、受け入れてもらえないのが怖いと思ったからです。でも、このような活動を通して、社会が変わっていけばカミングアウトできるかなと思いました。これから少しずつLGBTについて勉強していかなければいけないなと感じた。
※「LGBT」について考えるということは、人としてどう生きていくか、「人権」をどう大切に生きていかということです。答えはすぐには出せませんが、求め続けて生きることが、勉強していくことです。頑張りましょう!

◆「性の問題は、対岸のことではない」という言葉が印象的でした。お話しを聞いていると、性にかかわることは本当に生活全体のことだなと思いました。一人一人がどのくらいのグラデーションなのかは違うし、日によっても違うしっていうのは自分自身もそうなので、すごくわかるなと思いました。
 私の身のまわりには、LGBTQの子たちも何人かいて、親友もよりセクシャルなので、このようなことにすごく興味があります。もっと学んで、知識をつけていくことが、みんなが生きやすい社会になる一歩だと思います。
※その通りですね。生きやすく、みんなが幸せになれる社会。そのための教育をどう作り出していくか、考えていきましょう。

Pc020127_r◆自分の中の固定概念とか、社会の風潮等で、“男は男”“女は女”が好きと決めつけはよくないと強く思った。自分は、LGBTの方に会ったことはなかったけど、カミングアウできていないだけで、周りの友達にもいるのかもと思うと、自分の言動で傷つけてしまったこともあるかもしれないし、今後も気を配ろうと思った。
 もっと認められる社会になってほしいと感じました。
※そのために、どう自分が生きるのか、子供たちにどのように接していくのかが問われるのですね。考え続けていきましょう。

◆まさにこの日、妹が大学試験に落ちたという話を聞き、私も落胆していたが、宮城さんの話の中で、「大学に行った方が、結婚した方が幸せだというのはきめつけです。」という言葉から、LGBTに対しても、無意識な価値観が実はあったのではないかと感じていた。そう考えてみると、自分の価値観を疑うということが、大切だったりするんじゃないかと、どこかはっとさせられていた。まだまだ世界では、誰かの枠組みだけで生きて行く人、生きづらさを抱えた人がいる。リンゴの木を植えるというのは、「社会は少しずつしか変えていくしかない」というメッセージかあったのかもしれない。
※教師として生きていくことも、「リンゴの木を植える」仕事だと思いますよ。そこで何を子供たちに伝えていくか…ですね。

◆ほかの講義でも、LGBTQについて学ぶことはありました。でも、LGBTについてここまで分かりやすい説明はなかったので、やっともやもやがなくなりました。自分が教師になって、生徒がカミングアウトしてくれた時、自分には何ができるか、そしてアウティングは絶対にしないようにしないといけないなと思いました。
※生徒がカミングアウトしないことの方が多いのです。だから、カミングアウトしなくても、その子の存在を傷つけないような配慮が必要なのです!考えていきましょう。

◆日本人の、7.6 %、左利きの人の割合と同じぐらいの割合でLGBTの人がいることに驚きました。カミングアウトをして、気持ち的に楽になったと話を聞いて、理解すること、受け入れることを、対策をしてあげるということが大切なのだと思いました。特に教員になるときに、このことはもっと考えなければならないなと思いました。
 この世に同じ人は一人もいなくて、LGBTの人も一つの個性を持った人だと考えてみたら、みんな受け入れやすくなるなと思いました。とても良い講義でした。ありがとうございました。
※自分の個性も、周りの人たちの個性もすべて、人権をもった存在なのですよね。

◆教職の授業で、LGBTについて知るきっかけが多くなったと感じる。今日、お話を聞いた方(当事者の方)は、最初、先生にカミングアウトしたと言っていました。実際、もし私が、教師の立場だとしたが、受け入れることはできる。けど、そのあと…って考えると、対応が難しいと感じる。
 もし、私が当事者だとしたら、友人、兄弟には言えるが、おそらく親には言えないだろうなって考えてしまいました。そう考えると、カミングアウトするという勇気はすごいと改めて感じた。
※「勇気」にどう連帯して生きていくのかが大切ですね。じっくり学び、考えていことが必要。頑張ろう!

Pc020120_r◆実際の当事者の方の話を聞ける機会はあまりないので、今日の講義を受けられてとてもよかったです。自分に直接関係ない周りの人がLGBTだったときは、全然受け入れられるが、実際に自分に好意をもってくれた人がいた場合は、ちゃんとそのとも関係を続けられるか少し不安になりました。教員になってから、生徒にカミングアウトされたときの対応は、どうしようなど、色々考えなければならないと思いました。
※考えなければならないことが山ほどありますね。前向きに考えていくことが求められます。頑張りましょう。

◆私の知り合いに、ゲイトランスジェンダーがいます。ゲイの友達は、今でも仲よくしています。カミングアウトするときは、これでもかってぐらいオープンにしていました。そのおかげか、周りのみんなもいじめだったり、離れていくということもなく、今までどおりの関係のままです。個人的には、オープンにしてくれたほうが、のちの関係を保つためにも良いと思っていますが、カミングアウトするしないは、本人の自由というのもあり、難しいところだと感じました。
※友達は、その周りの友達との関係性が良かったからカミングできたのかもしれませんね。そういう関係を作っていくことが、教師の役割にもなってきます。

◆もしも、自分がLGBTの方々と同じ境遇だった場合、友達や母親にはカミングアウトできると思ったけど、父には言えないと思った。
 今日の講演では、これまで知らなかったことをたくさん知ることができました。自分の勝手な決めつけだけで、人に接しないようにして、知らずに他人を傷つけるようなことはないように気をつけていこうと思いました。
※多様な性、人生があるということであり、多数派、少数派ではなく、一人ひとりの人権、存在が認められる社会でありたいですね。

◆自分の近くには、たくさんLGBTの人がいます。私は、特にそれを特別だと感じたことはなく、普通に接していました。でも、もしかしたらその人たちを傷つけることを言ったりしていなかったかな…と思ったりしました。身近な人としていたりすると、理解しやすい課題ですが、やはり授業の話題として取り上げると、難しいなと思う部分が多かったです。また、この課題については否定する人も肯定する人もいると思います。この世界によるどんな課題・問題も「お互いの正しさを押しつけ合う」ことでできてしまっているのではと思った授業でした。
※まずは、「心情」と「人権」とは分けて考える必要があると思います。認め合えるかどうか …。

◆私は、LGBTは受け入れられるし、またそれを普通だと思っているけど、社会的にはそれがまだまだ困難である(特に法律とか!)ことが、具体的に分かって、LGBTはまだまだ生きづらい世の中なんだなーと、その人たちのために何ができるのかなと思いました。もし私が、そのような立場でカミングアウトするなら、そして親にそれが理解されないなら、私だったら縁切って、どちらかを遠いところに行くかなとか思いました。
「多様性を認め合う力」ってとても大事だとそう思います。
※どうすることが多様性を認め合うことにつながっていくと思いますか ? 子供たちと共に学ぶことが、やはり大切ですよね。

◆私たちのような世代の人たちは、LGBTの話題に触れる機会が、昔よりかなり多くて、LGBTに対する理解もある程度は柔軟になりつつあるのかなとみんなの反応を見て思いました。
 でも、自分がどんなにLGBTの人を受け入れる、寄り添おうとしても、ジェンダーというステレオタイプが頭を必ずよぎってしまいます。
※ここを冷静に見つめ、乗り越えていくことが求められるのかと思います。

◆LGBTについての話は何度か講義で学んできましたが、今日はとても詳しく聞くことができたと思います。「多様性を認め合う力」という言葉が、LGBTに限らず、人種、身体的のハンディキャップの問題にも言えると思い心に残りました。
※その通りですね。多様性を認め、生きていくこと。他人事として考えるのではなく、自分の生き方とも結びつけて、ともにより良く生きられるよう考えていくことが大切です。

◆今日のワークショップは、現代社会に生きる私たちにとってより身近な話題だと感じた。私自身、小・中・高では、LGBTを持って生れた人(もしくはカミングアウトしていない人)に会ったことはなかったが、大学に入ってからはよく出会うようになった。私は、身も心も女性として生まれ、好きな人は男性ですが、LGBTに対しては、「それを認める・認めない」あるいは、良い・悪いの判断をつけること自体、違うことだと考えています。だって、みんな同じ命だもん。そんな認識を持って、人と接することが当たり前の社会を作っていきたいと感じた。
※その当たり前を作っていくために、子供たちに何をどう伝えていくか! 考えていきましょう。

◆私は幼いころからピアノを習っていて、中学生の時、そのことをからかって、よく「おかま」と言われていたことを思い出しました。普段仲よくしている人から、「おかま」といわれることが本当に嫌で、自分の認識している性と違うことを言われるのは、本当に不本意なことだなと感じました。
※どの立場であってもね。しっかりと生き方について考えていきたいですね。

◆LGBTの当事者の方から、このような話しを聞けてとても良い機会になりました。私の周りにも、何人かLGBTの友人がいますが、初めてカミングアウトされた時は、マイナスの感情というより、ただ驚きという感じでした。でも、それから別に正直どうでも良くて(今までと変わらないし …)、誰を好きになるのも自由でしょ!と、LGBTを理解したふうに思っていましたが、今回、自分の将来を親になって子供がLGBTだったら、どんな言葉を子供にかけられるのかなと考えました。そうなると「他人事」ではないし、自分のLGBTへの理解はまだまだ浅はかなものだと思い直すことができました。
※生きていくことは、様々な人と出会い、物事と出合い、自分を問い直していくことでしょう。自分事としてこれからも学んでいきましょう。

◆性(生)について、LGBTの知識について、浅はかだったと感じた。当事者の苦悩やなんかも考えたこともなかった。このことを学ぶことで、広い視野を持って接することができるのではないかと感じた。けど、マジョリティー側から立って理解して「あげる」っていう上からものを考えるのも違うと思った。そういう人がいるのが当たり前、普通なんだということなんだということを意識していきたいと思いました。
※「当たり前」という世界をどう作り出していけるか、教師としてどう子供たちに接していけるか…ですね。

◆那覇市が、「レインボー那覇宣言」という差別・偏見をなくす都市を目指す宣言をしていたと、今日初めて知った。自分たちのグループで、LGBTを受け入れるという話しが出たときに、「受け入れるか受け入れないかも自由ではないか」という意見が出て、また私たちが教員になった時に、子供たちにLGBTを受け入れなさいというのは違っていて、伝えるのが難しいと感じました。というが、そもそも受け入れるというのはマジョリティーがマイノリティーに対して、上からの態度のようでおかしいという意見も出て、「性」について考えると、とても難しい問題だなと感じました。
※「自由」ということ自体が問われなければならないでしょう。受け入れるかどうかではなく、認められる認められないか。まずは人権として認めることは必要ではなかろうか?

Pc020117_r◆LGBTの話は、大学生になって聞く機会が多くなり…考えが深まれば深まるほど…なんかよくわからなくなってきてしまっています。
 マジョリティーがマイノリティーを「受け入れる」という言い方も、上から目線の感じがするけど、マイノリティーの人は「受け入れてほしい」という表現をする人もいますよね。子供たちに、将来何と伝えればいいのでしょうか…?
 今のところ、「知っていることが大切」と伝えるしかないかなと思っています。
※教室には、7.6(13)%のLGBTの子がいるとすれば、その配慮も具体的に必要となりますね。

◆グループワークで、愛する・愛さないが自由なら、マイノリティーの人たちを受け入れる・受け入れないも自由なのでは、という話しが出た。教師になって、生徒に「受け入れなさい」と教えるのは違うのではと思ったので、マイノリティーの人たちがいるという事実を伝えることはできても、そのあとのことは何と言って授業を進めればいいのか、疑問だねという話しになった。
 こういう性の授業は、やっぱり伝え方とかが難しいなと、改めて思った。
※「人権」がキーワードになると思いますね。やはり…。「自由」ということについても、思考してみる必要があるでしょう。

◆映像や「リンゴの木」を見て思ったことは、LGBTの人達は、家族なり、親友なり、近しい人を頼りにすること。悩みを打ち明けるということは、本人だけじゃ抱えきれないから、人を頼ったということ。
 身近な人がつきはなしてしまうと、本人たちは本当によりどころがなくなってしまうので、身近な人達は、どんな結論を出すにせよ、必ず性に向き合う努力はすべきだと思った。
※人間とは、頼り合い、支え合って生きていくのです。そういう関係性を,教室の集団作りとしてやっていきたいですね。

◆LGBTの人は、左利きの人と同じくらいいるってことに、おどろいた。
 この先、LGBTの人たちをあたりまえのように受け入れる時代がくると思うので、今までは少し避けていた部分もあるが、これからはちゃんと向き合えるように、しっかりと知識をつけていきたい。
 高校の時のクラスメイトに、体は女だけど、心が男という人がいた。当時は、少し受け入れがたくて避けていた。今日の講義を受けて、LGBTのビデオを見て、あのときはひどいことをしていたんだと思った。
 成人式までには、手術して、体も男にすると言っていたので、久しぶりに会って話したい。いろいろあやまりたいと思った。
 LGBTがあたりまえになりつつある今、私たちの考え方、接し方しだいで、LGBTの人たちを傷つけることもあると思う。そんな時に、手をさしのべられるようになれたらいいと思う。
※やはり、主体的に考え、接近していかなければ,見えてこない世界がありますよね。
 自分のこれまでの振り返りを通して、これからの「生き方」を見つめることができましたね。やはり、こうした学びの場が、子どもたちにもしっかりと準備されることが求められていると思います。これからの学び、積み重ねていきましょう。

cake 4班の授業スタート活動「うちなーぐちクイズ」

Photo_2

【うちなーぐちクイズの正解】

Pc020108_r①おばあちゃん、ひざの調子はどうですか?身体に気をつけてね!

・ひざ=ちんし
・調子=あんべー
・身体=どぅ

②おばあちゃん、中味汁とジューシー好きですか?
 私はとっても好きです!

・好き=しち、じょーぐぅー
・~ですか?=やみせーが?
・とっても=いっぺー

Pc020109_r③おばあちゃん、もっている物は重くないですか?
 私、力持ちだから持ちますよ!

・もっている物=むっちょーし
・重く=うむくぅー
・~ないですか?=ねぇーんなぁ ー?
・力持ち=ぐてー

④竹富島(八重山諸島の一つ)
ストーリー:昔、竹富島にクヤマという美人がいた。ある役人が彼女に求婚したが、クヤマは島の人と結婚した方が将来のためになると言って断った。このゆんたは、当時権力を握っていた役人への反抗心を込めたものだと言われている。
*一説です。

2016年12月 2日 (金)

2016年度後期「特別活動に関する研究」通信№9~優れた中学校の教育実践に学ぶ~制野俊弘の“いのち”と向き合う教育2

 一週間のご無沙汰でした。先週は、鹿児島からつれあいがやって来ましたので、沖縄本島を少し回ってみました。海中道路を走って伊計島へ行ったり、残波岬の灯台を見たり。そうそう、HくんとMくんの出演した琉球芸能研究クラブの定期公演には感動!。素晴らしい舞踊と演奏に、贅沢な時間を過ごすことができました。誘ってくれたHくんに、感謝。

 さて、今週は一応、論文を書いて提出したので、気分的に楽になりました。締め切りのある仕事を抱えていると、やはり、生活が重たいですね(笑)。みなさん、頑張りましょう。

 さて、今号は、①授業の感想文、②Hさんのコメント返しに関する感想、③4班の授業スタート活動に関する感想…の三本立てです。 

◆前時の授業の主な流れ

1.授業スタート活動(進行:4班)
  (1)班ごとに出席&コンディションチェック
 (2)4班「名言」の主は誰?
2.ワーク1:Hさんへのコメントへのコメント
3.前時の振り返り(特活通信№8)と今日の授業の位置づけ
4.制野実践をみんなで読み解く,読み深める
5.グループでの学びを全体で共有する
6..感想文を書く

pencil 前時の授業の感想文

Pb250092_r  制野実践の話し合い
 グループで、制野実践について様々な視点からの意見が出て、話し合いはとても面白かったです。
 私たちのグループでは、制野実践の優れた点として、「タイミング」ダと思いました。大人は、大きな悲しい事も、早く心の中で整理できます。しかし、子どもにとっては、彼らの家族、学校が社会のすべてであるため、この悲しみを自分の中で整理できないまま、心の中にしまい込んで思春期を終えてしまうと思いました。だから、制野先生は、彼らが中3という子どもと大人の境にいる時期、震災から少し時間が経ち、冷静になれているタイミングでこの実践を行ったのではないかと感じました。例えば、大きなけがをしたとき、痛いし、見たくないから!とすぐ絆創膏をはってしまっては、ケガはきれいに治らず、むしろ悪化します。それよりは、少し痛いけれど、きちんと洗って、消毒して傷と向き合う方が一番早く治ります。制野実践は、あの生徒たちにとって、心のうみを取り除く、心の治療であったのではないかなーと思います。
※逆に言うと、あの時期まで、子どもたちはずっと悲しみとともに生きてきたということであり、それを仲間にはき出させる作業が、どうしても必要だと考えたのでしょう。そういう意味でのタイミングですね。

 制野さんの取り組みは、とても素晴らしい実践だと改めて感じた。中でも、リーダー格の女生徒との面談が一番重要だと思った。その女性との体験をシェアするだけでなく、その子の心の傷を癒やしてあげることが必要であると思った。自分のグループや他のグループの発表で、そのことは挙げられなかったが、重要だと感じた。
※つらさや苦しみ、悲しみを共有することで、たとえ現実は代わらなくても、現実を受け止める自分自身が変わることができる。そこに、教師として丁寧に関わっていく姿を、制野さんから学び取って欲しいと思います。大切な視点です。

  当事者意識を持つには
 東日本大震災を入口にして、命について考える上で大切なことというのは、「どこまで当事者意識を持てるのか」ということにあるのかなと思った。それを前提とした時に、じゃあなぜ私たちは、当事者意識を持てない人が多いのだろうという疑問が生まれた。
 僕自身の考えでは、おそらく「自分は小さい頃から大事に育てられた」という意識がないからだと思った。班の中で、アフリカに住んだときに、感じたことなどの話を聴く中で、新しい視点が持てたことから、話し合いによって共有していく、自分の考を更新していくことの大切さを学んだと思う。
※友と学ぶという世界は、自分の考えを「更新」する世界なのでしょうね。いい表現です。
 実は、制野さん自身、生徒の思いを引き取る中で、「当事者意識を持っていない自分に気づいた」という発言をしています。

    感想
 今日は、「制野実践」ついてどう思うかを、グループ内で話し合った。最初、私は「トラウマに下手に踏み込んでも、また心に傷を負うので難しい問題だ」という意見を言っていたが、先生の「教師として生徒の悩みにどのように向き合っていくのか」という言葉で、考えを改めさせられた。
 生徒の悩みに大小なんかなくて、踏み込んだら傷つくかも知れないというのは、何も震災で傷ついている子たちに限った話ではなく、これはどこの教育現場でも起こりうるような事なのだと思った。
 どう向き合えば、傷つけずに済むのかという答えは未だ出ないけど、少なくとも見て見ぬふりはせず、力になれることなら力を貸してあげることができるような、そんな教師になりたいと思った。
※その通り。そこが大切なのです。子どもの命とどう向き合うか!

Pb250096_r 何を題材にして取り組むか、それを話して理解しようとするクラスの雰囲気か、どんだけリスクのあることなのかを、先生が理解してやるかが重要だと思う。先週の感想で、自分は、震災に触れずに感想を書いていました。自分が思っていること、悩んでいることなどを話したりするのは、難しい。でも、一人一人が表に見せている自分ではない自分がいるということを、先生が分かっていることが大切で、それも含めて受け止めることが必要だと思う。震災という大きな題材じゃなくても、一人一人と話す(授業ではなく)時間が大切だと思う。
※ここを分かって欲しかったのです。気づいてくれてありがとう。子どもとどう向き合っていくか、表面的なつながりで満足しないで、子どもの悲しみ、苦しみに深く向き合い、関われる教師や大人になって欲しいのです。願いです。

  今日の感想
 制野実践ついて、深く考えることができました。制野さんの実践は、「命の授業」という題をしていますが、命の大切さを学ぶだけの授業ではなかったのだなと感じました。リスクが大きいという声も多く聞こえましたが、それを責任を持って踏み込む力というのは、すごく大切なことだと感じました。
 制野実践を受けたことが、大人になってあの体験をできて良かったと思っていたらいいなと思います。通らなくても、素通りできるところも、あえてほじくる覚悟という言葉が心に残りました。
※そういう子どもに向き合おうという姿勢、覚悟が大切だと思います。

  今日の感想
 今日は、4班のクイズの後、Hさんの歌うことへのコメントからでした。私は、その生徒と教員の一対一の対応を考えていましたが、学級全体を通しての対応がいくつかあり、とても参考になりました。アンケートを採って、「みんなならどうする?」と投げかけるのは、生徒同士が意見を尊重し、受け入れあうことにつながっていると思いました。制野実践とも通して見えることは、教員と児童・生徒との信頼関係が、特別活動に必要だということです。信頼しているからこそ、話してみようという気持ちになるし、この人の話を聞く、考えようにつながると思います。
 制野実戦で学ぶところが多々ありますが、私は、「命は大切なもの、粗末にしてはだめ」というきれいごとでしめくくらない、ある意味ドロドロとした「命」を垣間見せたことではないかと思いました。
※子どもの背負う楽しみを、教室の仲間とともに共有し、感情を触れ合わせること…なかなか難しく、大きな課題ですが、真に生きる力を育てるためには、その取り組み、教師としての姿勢が必要だと思います。

  実践の再検討
 クラス全体の意見を聞くと、制野さんの実践について批判や賛同するものが様々あった。その中でも特に多く、また印象に残っているのが、「先生と生徒の信頼関係があるからこそ成り立つ授業」だということだ。確かにその通りである。信頼もなくこんなことをしては、プライバシーにずかずかはいりこんでくる侵入者(言い過ぎかもしれないが)となってしまう。ゆえに、この授業自体も大切だが、そこに至るまでの過程がさらに重要だ。生徒一人一人に呼び掛け、気持ちを引き出す。これを地道に、そして相手の気持ちに配慮して行う。こうしたつながりを経て、ようやく授業が完成するわけである。ここの部分を、いかに時間をかけてできるのかが、制野さんのような授業ができるかどうかにかかっている。
※そうですね。制野氏は、かなり丁寧に子どもとの関係を創り上げていきます。教師の前に人間的誠実さをもって生きる姿が、子どもの心を解放させていくのだと思います。

◆Hさんのコメント返しに関する感想

Pb250098_r・今日のHさんも発表は、とてもすばらしい時間でした。今回のHさんの意見に対して、どちらかというとHさんにとっては、耳が痛いコメントが多かったと思います。それをみんなの前に、出て、しかも自分の口で発表することは、とても苦しいことだったと思います。それなのに、みんなの前に堂々と立ち、まとめた内容を、自分の考えを織り交ぜながら発表し、これは違うと感じた意見に対しては、しっかりと理論を立てて自分の意見を述べていました。その姿にとても感動しました。そのHさんの発表を受けて、私が感じたことは、一つの意見には必ず根深い原因・理由、経験があって、まずそれを知らなくてはならないということです。私は、Hさんの「うたがきらい」という意見ばかりを見て、なぜ歌が嫌いなのか、なにがそうさせたのかにはあまり視点を置いていませんでした。そんな人がいうアドバイスなんて、Hさんのような悩みを持っている人にとっては、「そんなのわかってるよ!」と更に傷を深める結果になる…本当に反省しました。Hさん、先生、そしてみんなさん、貴重な経験ありがとうございます。

・Hさんの発表の中、私のコメントもあったが、私のHさんへのコメントは、結構きつめに書いた。なぜなら、私も人前で歌うことが嫌いだ。が、中・高で、吹奏楽部に入っていたこともあり、周り(クラスメート)には、歌が歌える人だと思われていた。しかし、私はオンチで、プラスリズム感もない。だから、中・高でのコンプレックスから、人前で歌うことが苦手になった。それでも、私は歌唱コンクールでもリーダーをさせられたり、部活でもハモりを歌ったりと、苦手でもしないといけない状況で過ごしてきたから、それを畑中さんにも押しつけててしまったなと発表を聞いて反省した。Hさんが、このコメントをした人たち(私のような)は、どうやって生徒に言うのか気になったと言っており、私もそこまで考えずにコメントしていたなと思った。これを踏まえて、私の新しい意見として、(いろいろな人のコメントを聞いて)「先生も苦手だけど、一緒に頑張ろう!」と言ったり、アンケートを取るのもよいと思った。私は、今までそんなことをしてもらったことがないから、歌が苦手なまま現在に来てしまったけれど、先生と一緒に頑張ることや、教室の環境づくりがしっかりしていれば、少しは私も変われていたのかなと思った。

Pb250097_r・Hさんの経験を聞いて、歌を嫌いになったことが本当に惜しいと感じました。私は、音楽教育専修として、歌うことはとても楽しく、みんなが好きになってほしいと思っているので、「歌」が悪者になってしまっていて悲しいです。Hさんの周りの友達や担任の先生、そして音楽の先生が、Hさんの辛さを分かってあげられていたら、きっと今も歌を好きになれたのだろうと思うと口惜しいです。

・Hさんのコメントは全体的にすごく納得できました。コメントの内容も、実にさまざまで、具体的な提案や小売りと漠然とした理想、ユーモアがあるものなど、自分自身、良い!も良く分からない!も違うと思う!ものがたくさんありました。(Hさんのプリントの中で)
 今回の授業を聞いたらまた違うコメントができるような気がしました。だから、もし教師になったら、こういう時にほかの先生の意見を聞くと良いなと改めて思いました。

・私も、委員長を結構やらされることがありました。ですので、とても共感できました。中1・2の時、Hさんの思いを理解できる人がいたら、きっと変わっていただろうと思いました。

・Hさん、お疲れ様です。人の前に立って話しをすることに臆さない(私からはそう見えました)姿勢、とても素敵でした。とてもしっかりした人なのだろうというのが、節々から伺えました。

・Hさんへのコメントへのコメント。一つのコメントからクラス全体を巻き込んで、その人の抱える問題について考えさせる授業が、先生が小学校で実践したMさんとSさんのやつとかぶった。

Pb250094_r・Hさんの歌を嫌いになった理由を聞いた時、とても衝撃を受け、その体験だと嫌いになるのも納得しました。

・Hさんの考えや気持ちはもちろん、みんなの考えも聞けて、こういう授業もよいと感じました。

4班の名言クイズの感想

Pb250082_r ・名言を言った人が、全員知っている人だったので、ハァ~?とならずにすんだ点が良かったと思いました。

・4班さん、お疲れ様です!自分は本が好きなので、張り切りました。でも、本が好きじゃない人もいると思います。が、有名人の言葉とかもあって、その人たちでも楽しめる内容でよかったなと思います。

・授業スタート活動をしてみて、みんなが笑ってくれたりしたので、やってて楽しかった。スポーツ選手の名言は、やる気が出たり、人生を変えたりするような言葉なので、みんなにも響いたらいいなと思った。

Pb250084_r・本だとか、人の名前だとか全く知りませんでしたが、今日で覚えました。

・4班の授業スタート企画は、時間もきっちりてパワーポイントも用意していて、準備がよくて楽しめました。ゲームの内容も面白かったです。

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本日の1枚

  • ウォーキングで見つけたもの 2017
 /05/11
    日々の教育実践、わたしのくらしの中から、最も心に残った場面を切り取って紹介していこうと思います。

初めてみた光景・風景・撮っと景

  • もみじのたね
    世の中便利になりました。これまでは、びっくりするようなシーンに出合っても、言葉でしか伝えられないことが多かったのですが、持ち歩く携帯電話でパチリと写しておけば、画像を見ながら話せます。 このアルバムは、わたしが出合った初めての風景を紹介したいと思います。あくまで、わたしが初めて見た風景ですので、「知ってるよ」ということもたくさんあるかも知れませんが…。

お薦め教育本

  • ‘人間と性’教育研究協議会編: 新版 人間の性の教育 全6巻
    子どもたちの事実を見つめ、そのニーズに応える性教育の実践。「どこでもだれでも取り組める性教育」をめざして、理論と実践を分かりやすくまとめてある。
  • 種村エイ子: 「死」を学ぶ子どもたち
    種村先生の出前「いのち」の授業。光栄にも、執筆協力させていただいております。
  • 金森俊朗: いのちの教科書
    わたしの目標とする教師の一人・金森俊朗さん。実践構想の土台の広さ、子どもを見つめる視点の豊かさと確かさ…。教師として生きるものに、エネルギーを与えてくれます。
  • 金森俊朗: 希望の教室
    金森先生の実践づくりの発想・方法が、具体的な授業実践を通して学べる。

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